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本日のお題 9 (「眠り」 現代もの)

こひらわかさんの本日のお題は「眠り」、やさしい作品を創作しましょう。補助要素は「職場」です。 #njdai http://shindanmaker.com/75905

 深夜。

 仕事を終えて、外で夕飯も済ませて帰ってきた私は、シャワーを浴びて身支度を整えると、自分の部屋の隣のインターホンを押して、中にいる人物を呼び出した。

 出てきたのは、黒いTシャツにゆったりとしたジャージ姿の、背の高く体格の良い男だった。

 目つきの鋭い、どう見てもその筋の人のように見える彼は、私を一瞥すると、ふいと背を向けて部屋に戻っていった。

 私は勝手知ったる我が家といった様子で、彼の部屋に入る。

 いつものように彼の寝室に直行すると、すでに彼はベッドに腰掛けていた。

 私は彼の横に座ると、上掛けをめくってするするとベッドの中に入る。

 私の後に、彼は静かな獣のような動きでベッドの中に入ってきた。

 お互いが向き合う状態で密着すると、彼は私の体に腕を回した。

 そのあと彼は私の脚の間に自分の脚を割り入れ、私の頭の上に顎を乗せると、ふう、と、大きなため息を一つついた。

 そうして体勢が整うと、彼は深い呼吸で眠り始めたのであった。


 ――この奇妙な関係が始まったのは、深夜、彼と私がマンションの部屋の前で変な出会い方をしたことが発端だ。


 その日、珍しく酔って帰ってきた私は、部屋のドアを開けようと四苦八苦していた。

 鍵を差込みガチャガチャとドアノブを回すが、一向に開く気配はない。

「あれ、開かないわね、何で?」

 泥酔はしていなかったが、そのドアが、よもや隣の部屋のものだとは気付かなかったのだ。

 すると、ドアが内側から開いた。

「え? 何で? 空き巣?」

 そう思ったのもつかの間、目の前に現れた人物に私の酔いは吹っ飛んだ。

「ひっ!?」

 短く息を呑むと同時に、私はその人物によって部屋の中に引きずり込まれ、床に引き倒された。

 顔を見るまでもなく、その人が隣に住むその筋の人のような威圧感を持つ隣人であることがわかったからだ。

 しかも相手は酒臭かった。

 暴行、強姦、監禁、ありとあらゆる身の危険が脳裏を駆け巡る。

 そのまま私は玄関の前の廊下で、押し倒されてぎゅうと抱き締められているのだ。

 それはともすれば痛いぐらいの強さで、私は恐怖から小刻みに震えながら、ただひたすらその腕の中から開放されるのを待っていた。

 どれぐらい経っただろう。

 すうすうと、自分の耳元で寝息が聞こえてきた。

「え?」

 腕の拘束は決して緩むことはなかったが、間違いなく、その相手は寝ているのだ。

 私は混乱した。

 背中は痛いわ、上に乗っている人物は重いわ、逃げ出せないわで、この状況をどうしようか決めかねていたのだ。

 相手が寝ている隙を狙って腕を外そうと思うのだが、密着して押し潰されているためなかなかそれは叶わない。

「お願い、どいて」

 もぞもぞと体を動かすも、スカートはずり上がってくるし、着衣が乱れるだけで何の解決にもならなかった。

 盛大に泣きたくなったが、それを堪えて何とかしようと思っていたのに、酔いと疲れのせいと、上に乗っている男の体温のせいで、段々と眠たくなってきた。

「駄目、駄目よ……」

 そう思いながら、私は意識を手放したのだった。



 ――次の日。

 起きると見覚えのないベッドの上で寝ていた。

 隣には温かい体が。

 さらさらと手触りのよいシーツは身に良く馴染んだが、私はそれどころではなかった。

 がばりと身を起こし、しかしふらりと眩暈を覚える。

 とりあえず、着衣に必要以上の乱れはないようだ。

 まずは安堵し、しかし眩暈と二日酔いのせいで頭を抱えている私の背後から、声がかかった。


「起きたのか」


 朝の、少し掠れたような声がとてもセクシーで、私は不覚にもぞくりと身を震わせた。

 相手はきっと私の仕草を恐怖から来るものだと思ったことだろう。

 そっと首を巡らすと、その相手が意外にすっきりした顔をしてこちらを見つめていた。

「昨日はその、助かった」

「え?」

 首を傾げる私に、男はむくりと起き上がると、私を驚かせないようにとの配慮なのか、それとも生来の動きなのか、獣のようにしなやかにベッドから下りた。

 彼は部屋を横切り、デスクの引き出しを開けると、一枚の小さな紙を手に持ってこちらにやってきた。

 私は彼から渡されたその紙に目を通した。

 それは名刺だった。

 名刺には名の通った会社名が書かれていた。

 彼の名前は「佐伯亮介」といい、肩書きは営業部長だった。

「これ……」

「済まなかった」

 名刺から顔を上げると、目の前で、彼が深く頭を下げていた。

「あ、あの……?」

「酔った勢いとはいえ、君を家の中に連れ込んで、あまつさえ一夜を共にするとは。償いはする」

「あの、一夜って、でも私達、何にもありませんでしたよね?」

「それと一つ頼まれてもらいたい」

「はい?」

 頭を上げた彼の瞳は不思議な光を帯びていた。


「突然だが、私の、愛人になってはくれないだろうか」


「……は、はいい?」

「愛人と言っても、体の関係は求めない。だが、君の体が必要なんだ」

「体?」

 ぽかんとする私をよそに、佐伯さんは話し始めた。

「私は今まで酷い不眠症に悩まされていてね。精神内科に通って薬を処方してもらっていたが、一向に良くなる気配がない。今まではその処方された精神安定剤と睡眠薬を飲んでごまかしていたが、さすがに昨日は耐えかねた。付き合っていた彼女に『精神内科に通うような不甲斐ない男はいらない』と別れを告げられたのだよ。そのため昨日は薬を飲まずに深酒をしていたんだ。そのときに君が現れた。最初は彼女が戻ってきたのかと思っていた。だが、朝になって目を開けると腕の中にいたのは彼女ではなく君だった。焦ったよ。だが、不思議なことに、今まで眠れなかった夜が、薬を飲まずともすっきりと眠れ、目覚めることが出来たんだ」

 そう言うと佐伯さんは私の前で腰を下ろして片膝をついた。

 その姿はまるで、騎士が目覚めた姫に忠誠を誓うかのようだった。

「愛人という言葉が嫌ならばこう言おう、私と契約を結んでほしい。君とはビジネスパートナーとしてやっていきたいと思っている。それなりの報酬は弾む。どうか、人助けだと思って受け入れてはくれないだろうか」


 ――そうして、その日から、隣の部屋が私の第二の職場になったのだ。



 私の「勤務時間」は、私が仕事から帰ってきてから次の日彼が出勤するまでである。

 お互い帰宅時間が遅いのでそれほどタイムラグはないし、朝は販売職の私が13時出勤のため、それほど慌てることはない。

 たまに時間が合わないときや、仕事などの用事で家に帰れないときは必ず連絡をくれるので、待ち呆けることもなかった。

 寝ると言っても本当に一緒に寝るだけで、私は彼の体の良い抱き枕状態になるだけだった。

 お互い、極めてビジネスライクにことを運んでいると思っていた。

 時々、彼の腕の中で守られているような、愛されているような錯覚をすることはあっても、それは所詮錯覚なのだと、私は自分に言い聞かせていたのだ。


 佐伯さんの仕事は順調のようで、いつもなら寝室へ直行するはずが、週末の今日は珍しくリビングに通された。

 抱えていた大きな案件の成功を祝して、二人でシャンパンを開けたのだ。

 そのときに、私は彼に告白された。

 目の前に指輪の入ったケースを出され、私は困惑した。

 だって、好意を持っているのは今まで自分だけだと、そしてそれは自分の錯覚だと思っていたのだから。

 それに、私はなぜだか傷付いた。

 私はこのまま女としてではなく、彼の睡眠薬代わりとして扱われるのかと。

 彼に対して私はこう言った。

「このお申し出は、ありがたいのですけれど、私はお受け出来ません」

 彼は目を見開いた。

「なぜ?」

「私は、あなたとはビジネスパートナーだからです。これはそれを超えています」

 しかし「今日はもう失礼します」と言い、席を立とうとした私の手を性急に掴んだのは佐伯さんだった。

「佐伯さん……」

 彼の表情は鋭かった。

 今まで見たことのない、獲物を狙うような瞳で、佐伯さんは私を見据えていた。

「どうやら、君は私の気持ちを全く理解していないらしい」

「え?」

「私は、最早君なしではいられないのだよ。君は私にとって唯一無二の、かけがえのない存在なんだ。実は、君以外の人で試したこともある。だが、ほかの誰も、君の代わりにはならなかった」

 そう言うと佐伯さんは私をいとも簡単に抱き上げた。

「きゃっ!?」

 そのまま寝室に入ると、佐伯さんはいつも寝ているベッドの上に私を横たえた。

「ここ最近はよく、早く起きては君の寝顔を見つめていたんだ。私の腕の中で、無防備な姿を見せる君を愛しいと思わなかったら嘘になる」

「や、やめてください、離して……」

「私はね、本当に欲しいものは絶対に逃さない主義なんだ。覚悟しておきなさい」

 そう言うと彼は私の了承も得ずに愛撫を始めた。

 それはまるで大きな獣に愛でられているような、そんな錯覚さえ起こした。

 ろくな抵抗も出来ないまま、その夜私は佐伯さんに体を開かれてしまった。



 それからの日々は散々だった。

 佐伯さんは私を本格的に「狩り」の対象としてみてきたし、私は私でそんな彼を受け入れられないとかたくなに拒否をする日々が続いた。

 しかし契約上、一緒に寝ることを避けるわけにはいかなかったので、私にとっては本当に心臓に悪い日々が続いたのである。


 そうしてそう遠くない日に、佐伯さんにほだされてしまう自分がいることを、私は予想していたのだった。



【了】


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