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本日のお題 7 (似非童話調異世界ファンタジー)

こひらわかさんの本日のお題は「薬」、なごやかな作品を創作しましょう。補助要素は「遠い場所」です。 #njdai http://shindanmaker.com/75905


 ここではないどこか遠い場所。


 その世界では、竜の鱗は万病に効く薬だという。

 しかし竜は、その世界では万物の王にして絶対不可侵の聖獣であった。


 賢王ラドスラフは不治の病に罹っていた。

 彼は長い銀紫の髪を背に垂らした、冴え渡る美貌の持ち主であった。

 種族の特長により容姿が衰えることのない彼が300年治めた自国ハルヴァートは繁栄を極めていた。

 だが隣国デメテルの女王アドリアナがラドスラフ亡き後、『ハルヴァートの至宝』と呼ばれる「先見の玉」を虎視眈々と狙っている情報を感知する。

 彼は自国の至宝を奪われるのを何よりも危惧していたのである。

 賢王ラドスラフは「武装巫女」を竜の鱗探索に派遣し、選ばれた巫女がオルガであった。

「武装巫女」とは一騎当千の魔力を持った巫女であり、各国に一人以上存在する。

 彼らを多く保持していることはすなわち国力の差を示すものでもあった。

 ハルヴァートには「武装巫女」は五十人おり、中でもオルガはまだ歳若く、未熟な巫女であった。

 なぜそんな彼女が選ばれたのか。

 それはひとえに魔力の差である。

 いまだ覚醒はしていないが、膨大な魔力を秘めたオルガは竜をも引き寄せると、ハルヴァートの重要人物は皆オルガの力に賭けていたのである。


 幾多の苦難を越え、ついにオルガは世界の果てにいる竜のもとに足を運んだ。

 高い山のその頂上、大きな休火山の火口に竜は鎮座していた。

 オルガは火口に入ると名乗りを上げた。

「誇り高き万物の王にして絶対不可侵の聖獣・シルヴェストルよ。私はハルヴァートの武装巫女、オルガである。わが願いを聞き届けたまえ」

 シルヴェストルはその大きな首をぐぐりと巡らすと、オルガの前に顔を近づけた。

 オルガはその竜の姿に圧倒された。

 美しい。

 そして何と雄々しいのだろうか。

 濃い緑の鱗はその一つ一つが宝石で出来ているかのように艶々と輝き、しかしその鱗はただの飾りなどではなく、マグマの中や深海をも泳げるほどの強い魔力と耐久性を誇っていた。


 シルヴェストルは地の底にまで響くような深い声で返答した。


「オルガよ。お前は私に何をよこす?」


 オルガはすっと息を飲み込むと、決意を秘めた瞳でこう言った。


「私のこの身をあなたに捧げます」


 それを聞いたシルヴェストルは空色の瞳をすっと細めた。

「ほう、お前は私にお前自身を渡すというのか。それがどういうことかわかっているのであろうな?」

「はい。私の秘めた魔力はどんな竜をも引き寄せるのです。それは忌まわしき廃竜も例外ではありませんでした。今まで、呪わしいと思っていたこの身を、祖国のために役立てることが出来るのは至上の誉れです」

 しばらく竜と巫女は見合った。

 先に口を開いたのは竜のほうだった。

「よろしい。お前の願いを聞き届ける代わりに、お前の身を貰い受ける」

「光栄です、シルヴェストルよ」


 ――それは、竜と巫女の婚礼であった。


 オルガは竜の鱗を自国ハルヴァートに持ち帰り、賢王ラドスラフは竜の鱗を身に受け、不治の病を治すことが出来た。

 事態は一件落着するかに見えた。

 しかし、隣国デメテルの女王アドリアナは、それを良く思わなかった。

 赤と青の月の下で、漆黒の髪を波打たせ、情人の上に跨りながら下僕に指示を出した。

「シルヴェストルを廃竜にしておしまい」


 その頃、シルヴェストルとオルガは火口から洞窟へと居を移した。

 移動の際、オルガは竜の背に乗り、空を飛行した。

 どんな鳥よりも、どんな竜よりも高く、速く天を翔けるシルヴェストルの背の上で、オルガは無邪気な子供のように微笑んだ。

 洞窟は思っていたよりも快適であった。

 月光クリスタルが青白く輝く洞窟の中で、竜と巫女は段々と互いの心を通わせ合っていた。

 デメテルの女王アドリアナが放つ刺客や、シルヴェストルを廃竜にしようと目論む邪な者達の思惑をかいくぐっていくうちに、シルヴェストルとオルガの絆はますます深まっていったのである。

 あるとき、青い月を眺めながら、シルヴェストルはぽつりと呟いた。

「なぜ私は人に生まれなかったのであろう」

 そばで寄り添うオルガが顔を上げる。

「シルヴェストル?」

「私のこの手では、お前を抱けない。私のこの牙はお前を傷付ける。もしもこの身が人であれば、お前と一つになることが出来たのに」

 それを聞いたオルガは瞳を潤ませながらこう答えた。

「私は、自分がなぜ竜に生まれなかったのかと思っているのです。ひ弱な人間の体を捨てて、力強く誇り高い竜になれれば、あるいはこの力も持て余さずに済んだのに」

 竜と巫女は青い月の下で見つめあった。


 竜と人、相容れない種族であるがゆえに惹かれあう存在。

 その心の隙を、デメテルの女王アドリアナは突くことにした。

 一度は姦計に嵌り、廃竜になりかけたシルヴェストルであったが、オルガの魔力と真実の愛、そしてハルヴァートの賢王ラドスラフの「先見の玉」の力と「武装巫女」達の活躍によって間一髪、難を逃れたのであった。

 今、万物の王であり絶対不可侵の聖獣であったシルヴェストルはただの竜になってしまった。

 その代わり、じわじわと死んでいく定めを受けたシルヴェストルとオルガは、竜珠と魔力を分け合うことによって、お互いがお互いを唯一無二の存在として認め合ったのであった。


 ――春である。


 ハルヴァートでは、今年も春祭が開かれている。

 色とりどりの無数の花々が舞い散り、国中が笑顔に溢れていた。

 それを小高い丘の上から静かに見守るものがあった。

 国中から溢れ出す喜びを身に受けながら、シルヴェストルとオルガは二人寄り添っている。

 彼らの間には小さな竜が五頭。

 竜珠を身に受けたオルガは半人半竜となったのだ。

 今、国はつかの間の和やかな一時を楽しんでいる。

 しかしまたいつかデメテルの女王アドリアナは動くだろう。

 さらに今度はシルヴェストルの鱗を求めて狩りに来る邪な輩が尽きぬことだろう。

 それでも今、一時の和やかな春を、彼らは謳歌しているのであった。



【了】

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