本日のお題 6 (「漫画」 苦い作品 その2)
こひらわかさんの本日のお題は「漫画」、苦い作品を創作しましょう。補助要素は「部屋」です。 #njdai http://shindanmaker.com/75905
隣のマンションに住んでいた隼人は、私の幼馴染だ。
小さいころからよく私の部屋に遊びに来ており、思春期が訪れてもそれは変わらなかった。
学力もさほど変わらなかった私達は同じ高校に進んだが、その関係がどこか変わったのは、隼人が、私が高校で親友になった美少女の志穂に好意を抱いてからだった。
幼馴染であるという立場を利用し、隼人は私と志穂がいるところに積極的に現れるようになった。
その際、隼人はほかの男子に目をつけられないようにするためか、必ず友人の正吾君も連れてやって来た。
私と志穂、隼人と正吾君。
この四人のことは学年でも有名になり、イケメン二人と美少女と仲が良いという私は、周囲から羨ましがられて、そのことでちょっぴり悦に入っていたのである。
そんな私達の間を繋いでいたのは主に漫画だった。
少年誌に載っている海洋冒険漫画やらバスケ漫画、男子でも読めそうな少女漫画やヒストリカル漫画、それらの単行本を、私達は仲間内で回し読みをしていた。
たまにネタ用の漫画を回し読みしては、四人で「これはないわー」「あ、ありえなすぎる」などと批評して、時には腹を抱えて爆笑していた。
楽しかった。
いつまでも、この関係が続けばいいと思っていた。
けれど最近、隼人が志穂を見つめる瞳が、時々狂おしいほどの熱を帯びることに気が付いた。
それは隼人が近々引越しをすることに起因していると思っていた。
わかるわよ、だって私、隼人の幼馴染だもの。
ところが、志穂の心はどうやら正吾君に傾いているようだった。
これは良くないと思った私は、機会を窺い、二人をくっつけることにした。
あるとき私は志穂から相談を受けた。
「ねえ梨奈、梨奈は正吾君のこと、どう思う?」
来た、と思った。
「どうって、まあ、普通に格好良いんじゃない? それにあのお馬鹿な隼人の親友にもかかわらず人徳あると思うわ」
「そう、梨奈、あのね実は私……」
そのとき、私の脳裏に浮かんでいたのは隼人の笑顔だった。
志穂の言葉を遮り、私は早口でまくし立てた。
「ああ志穂! それと私言い忘れていたことがあったの! 私ね、前から正吾君のことが好きだったんだ!」
「えっ?」
驚く志穂。
それもそうだろう。
今まで私は誰か特定の異性を好きな素振りなど微塵も見せたことが無かったのだから。
「だからお願い志穂、正吾君と私の仲を取り持つの、協力してくれないかな?」
「う、うん……」
思えば私は子供だった。
幼かった。
自分がそう言えば、それで事は全て丸く収まるのだと思っていたのだから。
正吾君の気持ちも考えず、志穂の気持ちを踏みにじり、そして、隼人の気持ちを優先したつもりになっていたのだ。
我ながら、良いことをしたと思っていた。
そんな私の部屋に、隼人はやってきた。
部屋に入るなり、隼人は私を睨み付けた。
「梨奈、どういうつもりだよ」
「どうって、何が?」
「志穂ちゃんが泣いていた。『私は正吾君が好き、でも、親友の梨奈の気持ちを考えると何も言えない。こんなこと、隼人君にしか話せない』って」
「そう……」
意外だった。
志穂が隼人にこんな相談を持ちかけるなんて。
「隼人、良かったじゃん。志穂を慰めてあげなよ。そうしたら、志穂はほだされてきっと隼人のことを好きになるよ。引っ越す前のいい思い出になるじゃん」
「お前、最低だな」
「え?」
きょとんとする私に、隼人は吐き捨てた。
「人の気持ちは漫画みたいに簡単じゃねえんだよ。お前、自分が良いことしたとでも思ってるつもりかも知れないけれど、こっちからしたらいい迷惑なんだよ。お前が出しゃばるとろくなことが無いから」
「……はあ?」
私は傷付いた。
何で?
私は隼人のために一肌脱いだつもりだったのに。
それを何でこんなに悪し様に言われなくちゃいけないのか。
「あ、あんたこそいきなり何よ? 何で私がそう言う風に言われなくちゃいけないのよ?」
「お前、俺のこと好きなくせに何で正吾が好きとか嘘付いているんだよ」
「はあ? 別に私、あんたのことなんか好きでも何とも無いし」
それは嘘ではなかった。
隼人のことは憎からず思っていたが、恋愛対象かと言われると「うん」とは言い辛かった。
「俺、引っ越すんだぜ」
「知ってるよ」
「引っ越す前に俺、志穂ちゃんに告白するつもりだった。でもお前がややこしいことにしてくれたから、もう俺、志穂ちゃんに告白する機会を失ったよ」
「何それ、それって私のせいなの?」
「お前さあ、昔からそういうところあったよな、偽善者ぶっていらんことして、そのくせ自己陶酔するところ」
今まで仲間だと、味方だと思っていた隼人から投げつけられた酷い言葉に、私は衝撃を受けていた。
「は、隼人だって意気地なしじゃん。せっかく私がチャンス作ったのに、どうして自分から告白しないのよ」
「正吾と俺、どちらも志穂ちゃんのことが好きだったんだ」
「え……」
「俺がいなくなったら、志穂ちゃんのことは正吾に託すつもりだった。だけど、お前が割り込んだからこの関係はぎくしゃくしてしまった。志穂ちゃん、もう正吾のことは諦めるって。俺達の計画、よくも邪魔してくれたな」
隼人はそう言うと「じゃあ、俺、もう帰るから」という言葉を残して、部屋を後にした。
それからは散々だった。
隼人が引っ越した後、私と志穂と正吾君との仲はぎくしゃくし、私の存在は学年中に「親友の恋を引き裂いた偽善者女」と認識されて距離を置かれることとなったのだ。
私は、親友も、友人も、幼馴染も、学年の評判もいっぺんに失ってしまったのだ。
今、私は一人寂しく昼食を食べている。
苦い思いと後悔の気持ちを噛み締めながら。
誰が悪いのか、何がいけなかったのか。
それは今の私にとってはどうでも良かった。
過去の栄光にすがりつきながら、私は惨めになっていく。
ああ、現実は、漫画のようには上手くいかない。
あの楽しかった日々は、もう決して戻っては来ないのだ。
【了】