本日のお題 20 (「キス」 ふわふわした作品)
こひらわかさんの本日のお題は「キス」、ふわふわした作品を創作しましょう。補助要素は「駅」です。 #njdai http://shindanmaker.com/75905
ふわ‐ふわ〔ふはふは〕※辞書から意味の一部を抜粋
1 軽いものが揺れ動いたり、浮いて漂ったりするさま。
2 心が落ち着かないで、うわついているさま。
3 柔らかくふくらんでいるさま。
僕は今まで「日本人の路チュー」はみっともなく見苦しいものだと思っていた。
恋は盲目とは言うが、老いも若きも単にドラマみたいなシチュエーションに酔っている迷惑極まりない行為を行っているに過ぎないと思っていた。
確かに一部の人間はそのようなものもいるだろう。
ところがいざ当事者になってみると、もはや場所なんざ関係なくなってしまうのだということを実感した。
何せ相手のことが愛おしくて愛おしくて仕方がなくなってしまうのだ。
現在僕の妻は妊娠しており、ようやく安定期に入ったところである。
その妻に付き添って定期検診を受けに行く道すがらの駅前で、彼女が僕の方に目をやり、にこにこ笑うのに気付いた。
「どうしたの?」
そう聞いた僕に、妻はこう答えた。
「うん、なんかねえ、私、優太君と結婚して良かったなあってしみじみ思っちゃって。だって、優太君、私のことを本当に大切にしてくれるでしょう? 普通の男性ならここまで献身的に尽くしてくれないもの」
マタニティワンピースを着て、自身の下腹部をそっと撫でる妻が、本当に愛おしい。
シフォン素材のベージュのワンピースは、春の温かい風に吹かれて、裾がふわふわと舞っている。
春だからなのか、それとも自身の愛する存在から愛を返してもらったからなのか、僕はここがどこかも忘れて妻の頬に思わずキスをした。
妻は一瞬きょとんとしたような表情になると、少しばかり頬を赤らめた。
「なあに? 優太君ったら珍しいわね。いつもなら私がする方なのに。それにここ、駅前よ? 優太君、前にそういうのあんまり好きじゃないって言っていたと思うけれど、いいの?」
「うん、いいんだよ」
目の前に世界で一番愛おしい存在がいて、その人が笑って、照れてくれている、そんな瞬間を幸せと呼ばずして何というのだろう。
二人であまり人気のないホームのベンチに座ると、肩を寄せ合って自然とお互いを見つめあった。
「ねえ優太君、ここでキス、出来る?」
僕の耳元で囁くように言う彼女の瞳は潤み、頬は薔薇色に上気している。
そして彼女の中には、僕たちの子供がいる、そのことに至福を感じた僕は彼女の柔らかい頬に手を添えると、ゆっくりと唇を合わせた。
そのとき乗車予定の電車が到着する旨のアナウンスが流れ、僕と妻は思わず我に返った。
「あ……ごめんね優太君、つい……」
顔をふいとそむける彼女の耳は真っ赤だ。
ああ、何と愛おしいのだろう。
この溢れ出す気持ちは、ふわふわと、僕たちを包み、そうして春の風と共にほかの人たちにもお裾分けしてあげたいぐらいに止まらなかったのだった。
【了】




