本日のお題 2 (似非海外ロマンス小説風味です)
こひらわかさんの本日のお題は「収納」、泣きたくなる作品を創作しましょう。補助要素は「自宅」です。 #njdai http://shindanmaker.com/75905
「エイダ、私が死んだら、あなたに贈り物をあげる」
母のベティが死んだのは、エイダが18のときだった。
自宅に帰ると、彼女はグレーのカウチで眠るように死んでいたのだ。
それだけが母にとっての救いだったと、エイダは思う。
母子家庭であったため、葬儀は簡素なものだった。
母・ベティが残してくれたものは、たっぷりの愛情と、エイダの美しい容姿だった。
エイダはカレッジを奨学金で卒業した後、アルバイトでやっていたモデルの道に進んだ。
そこそこ売れた自負はある。
実際、奨学金を返済でき、慎ましくはあるが充実した日々を過ごしていたのだから。
だが、いつしか旬を過ぎたモデルは仕事が減り、周囲からの関心も薄れてくる。
エイダは進むべき道を見失い、しかしまだお金のために華やかなその世界にしがみつかざるを得なかったのだ。
いつかは踏ん切りをつけなくてはいけないと、彼女は焦っていた。
特定の恋人はいないが、支援を申し出れば愛人という契約と引き換えに快く金を出してくれる相手はいる。
だがそれは自分にとって、積み上げてきたなけなしのキャリアを汚すことと同義だった。
その日は特に疲れていた。
さらに自宅に帰るととんでもない事態に陥っていたのだ。
部屋の電気をつけると、ぐちゃりと、床に物が散乱していた。
空き巣に入られたのだ。
エイダはぞっと身を震わせると、うんざりしながら警察に電話した。
しばらくして部屋に二人の警官がやってくる。
その一人に、エイダは見覚えがあった。
割とがっしりとした体型だが、鈍重さは微塵もなく、かじりつきたくなるような首の上には、笑うと意外に可愛らしい顔が乗っかっている。
黒髪短髪の彼は、エイダを見て少しばかり目を丸くしたようだった。
「エイダ・バートン」
つかの間、二人は視線を交し合った。
エイダはぱちりと瞬きをすると、彼に向かって思わず指をさした。
「あなた、クライド? クライド・ケージ?」
クライド・ケージはエイダのハイスクールでの同級生だった。
彼が何かを言おうと口を開きかけたとき。
「お? クライド、お前彼女と知り合いなの?」
彼の相棒であろう、やや目尻の垂れた愛嬌のある警官が、栗色の癖毛をいじると、何か考えたようにしてはっと眉毛を上げた。
「ああそうだ、あんた、一度『ヴァニティ』で表紙を飾ったことがあるだろう?」
そう言うと、にやっとその彼は笑った。
雑誌『ヴァニティ』は、際どいポーズもとるグラビア雑誌である。
「なんだクライド、モデルと知り合いなら、俺にも紹介してくれよ。俺はアドルフ・ブレイク。今はこいつの相棒をやっている。よろしくな」
そう言って気安くエイダに手を差し出したが。
その手をぱしりとクライドが払った。
「彼女はお前が思っているような人じゃない」
そう言うと、クライドはエイダを背中に庇うようにしてアドルフとエイダの間に立った。
そうなのだ。
ぶっきらぼうだが、いつでも誠実なクライドは、人の本質を見抜く。
彼はそのまま腰に手を当てると、アドルフに視線をやった。
「彼女はお前のような男と付き合うような女性じゃない。現場検証に入るぞ」
そう言ってクライドは渋るアドルフを連れ、現場検証に入った。
盗られたものは大して無かったが、唯一母の形見のネックレスがケースから抜き取られていたことがエイダを青ざめさせた。
あれは母との思い出の品だったのに。
18年間の母とのささやかだが大切な思い出が、がらがらと崩れていくようだった。
その場でへたり込むようなことは無かったが、今まで当たり前にあったものが無くなると、手元に無い分だけ余計にそのものの大切さがわかるのだ。
エイダは出来るだけ気丈に見えるように笑顔を浮かべると、二人の警官に言った。
「被害届は出すわ。二人とも、来てくれてありがとう。これ以上やることが無ければ今日はもう帰ってもらえるかしら?」
そのエイダを見たクライドは眉根を寄せた。
「エイダ、今日はホテルに泊まったほうがいい。空き巣は常習化するから。君の身が大切だ」
ああ、彼は何と真摯なのだろう。
でも、それでもその言葉は警官であるが故なのね、と、エイダはどこか寂しさを抱きながら思った。
「いいのよ、もともと、たいした物は持っていなかったのだから」
「じゃあエイダ、俺んとこに来るかい?」
「え?」
アドルフがすっとエイダに身を寄せた。
「俺、あんたのことタイプだぜ?」
そう言って至近距離で甘い笑顔を浮かべるアドルフを見たエイダはふう、とため息をついた。
「アドルフ、慰めてくれてありがとう。でも、大丈夫だから」
「俺は同情で言ったわけじゃないぜ。仕事中で無かったら、あんたを口説きたくてたまらないんだけれど」
彼の言葉にエイダとクライドが同時に顔をしかめた。
「あの……?」
「アドルフ、彼女をそう言う対象にみるな」
今度はアドルフが顔をしかめた。
「何だよクライド、お前、エイダに気があるのか?」
そう言われたクライドはわずかに怯んだ。
「俺は、ただ……市民を守るのが俺達の仕事だ」
「それじゃ答えになってないね」
エイダを挟んで、二人の男が睨み合った。
「俺はたとえお前がライバルでも容赦はしないぜ?」
「お前がエイダを幸せに出来るとは思えない」
「はん、じゃあ誰がエイダを『幸せ』にするって言うんだ? お前かよ?」
「俺かどうかは問題じゃない。だが、お前にだけはエイダを渡すわけにはいかない」
「『渡す』って、クライドお前、まるでエイダがお前のものみたいなそぶりじゃないか」
ばちばちと、火花でも散りそうな勢いである。
「なあエイダ、俺を選べよ。最高に幸せにしてやるから」
垂れ目のアドルフが蕩けるような甘い笑顔でエイダに囁く。
「エイダ、俺が必ず守るから、だから、今だけは傍にいてくれないか?」
精悍な表情になったクライドが、大きな手でエイダの手を取る。
エイダは繋がれた片方の手の温もりには気付かないように、そっと自分の心の中に、得体の知れない気持ちを収納した。
彼女は泣きたくなった。
もう、今日は厄日なのかしら。
仕事は上手くいかないわ、空き巣には入られるわ、その上、こんな物騒な警官二人に好意を寄せられるわ、散々だ。
しかしエイダは心のどこかでこうも思っていた。
「ママ、これがママの言っていた贈り物?」
どこかでくすりと、母の笑う声が聞こえた気がした。
【了】