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本日のお題 19 (「アクセサリ」 しっとりした作品)

こひらわかさんの本日のお題は「アクセサリ」、しっとりした作品を創作しましょう。補助要素は「夜」です。 #njdai http://shindanmaker.com/75905


「与えようとばかりして、もらおうとしなかった。何と愚かな、間違った、誇張された、高慢な、短気な恋愛ではなかったか。ただ相手に与えるだけではいけない。相手からももらわなくては。」

(byゴッホ)



「与えて、受け取れ。」

(byプロフェッショナル・仕事の流儀  サッカー選手:本田圭祐)







 祖母が死んだ日に、私は彼女が大切な時だけ身に着けていたパールのネックレスを譲られた。

 日がな一日、居間の介護用車椅子や、介護用ベッドで微睡む米寿の祖母は、年なりの認知症を患い、ゆらゆらと現実と夢との境を行き来していた。

 死の間際は専ら夢の世界に多くいたようで、孫の私のこともヘルパーさんだと思っていたようだ。


 そんな祖母の若かりし頃の話を、遺品として譲られたパールのネックレスの由来として私は母から聞いたのだ。

 今年で還暦を迎える母は、私にそのアクセサリを渡してくれたあと、ぽつりぽつりと話し始めた。

「お祖母ちゃんが死ぬ間際にね、突然脳の神経回路が繋がったかのようにしゃきっとしちゃってね、『菜々美は今、苦しい恋愛をしているようだから、私を反面教師にしなさい』って言って、これを渡すように頼まれたの」

「そうだったの。知らなかったわ」

 少しばかり驚きながら、私は自身の手の中にあるアクセサリを見つめた。

 祖母はもう随分前に、夢の世界の住人になったのだとばかり思っていたから。

 母は続けてこう言った。

「お母さん、正直、あなたのしていることは受け入れられなかったわ。あなたがしてきたことも、ほめられることじゃないって思っていた。でもそれは、よく考えてみたら私自身が母に対して思っていた感情の投影であった部分も大いにあったのだと思うわ。今ならわかる気がするの。だってあなたとあなたのお祖母ちゃん、とってもよく似ているもの。容姿も、性格も、そして、その人生さえも」

 そうして私は、祖母と私との人生をリンクさせることとなるのだ。







 ――夜の帳が降りた頃。

 念入りに入浴を済ませた私は、全身へ丹念にまろい香りのするボディクリームを塗ると、サテンの黒いタイトドレスに身を包み、化粧を施し、髪を結い、最後にパールのアクセサリを身に着けショールを羽織り、予約待機させていたタクシーに乗り込んだ。

 今日は、別れの日。

 明日海外移住し結婚する彼とその彼女が私を最後の晩餐に招待してくれたのだ。

 彼の未来の奥様になる彼女は、彼と同じ方向を向き、彼を盛り立て、支えられる才媛だ。

 そしてその人は私の憧れの人で理想の女性そのものでもあったのだ。

 眩しいぐらいに輝く彼女には無上の信頼を。

 眩暈がするほど魅力的な彼には無償の奉仕を。

 2番目でもいいなんて、今までの私であったら考えもしなかったが、彼と、そして彼の隣に立つに相応しい彼女に出会ってから、その考えはあえなく溶かされてしまったのだ。

 バイセクシャルという言葉があるが、私にとっての二人は、私の深くて暗い、ぽっかりと開いた穴を補完してくれるかけがえのない存在であったことは確かだった。

 彼と彼女に認められたいと、私は背筋を伸ばして凛とした大人の女性を演じた。

 程なくして二人は私を認め、頼り、信頼し、敬いすらしてくれた。

 二人が私を介してどんどん親密さを増していくのが、少しばかり妬けて、しかしそれ以上にとても心地が良かった。

 二人が愛を交感する様を見るたびに、まるで上質の快楽を与えられているかのような感覚さえも抱いた。

 ああ、しかしそれは、私の完全なる傲慢な、自己満足の産物に過ぎなかったのだ。



 私は、自分が悪女だと思ったことも、魔性の女だと思ったことも一度もない。

 ただ私は、私自身が愛する対象にこの深く熱い、箍の外れた愛情を注ぎたかっただけなのだ。

 私が注いだ愛情は、輝いていた二人をゆっくりと浸食していった。

 きっかけはほんの些細なことだったかもしれない。

 たとえば、手作りの夕食のメニューの味が、お互いが考えていたものと少し違ったとか。

 たとえば、抱き合った時の息遣いの違いだとか。

 たとえば、一番辛い時に思い出すのは一体誰であったのか。



 最後の晩餐に向かった私を待っていたのは、狂おしいほどの二人の視線だった。

 それはまさに「愛を希う飢えた哀れな人間」そのものであった。

 晩餐の合間に彼女が提案する。

「ねえ、お願い、私の一番大切な親友のあなたならわかってくれるはずよ。一緒に海を、空を越えましょう」

 彼が続けざまに言う。

「彼女ともよく話し合って決めたんだ。ねえ、僕たちはもうすでに三人一緒で一つの存在なのだよ。今の僕たちに、君を欠くことは到底考えられない。君に懇願するよ。三人で、一緒に暮らそう」







「それで、お祖母ちゃんは結局今のお祖父ちゃんを選んだのでしょう? お祖母ちゃんが自身の愛を惜しげもなく注いだ彼らからそこまで乞われていたのに、なぜなの?」

 気が付くと、私は身を乗り出し、両手を握り締めてその話を聞いていた。

 母は、普段は反応の薄い私がそのような体勢をとっていたことに、困ったような表情をした。

「なぜって、私は母が父と結婚した経緯は、見合いだったとしか聞いていないわ。私にも反抗期があったけれど、その頃母からその話を聞かされて、私は母のことがますます嫌いになったわ。だからなのかもしれない、母にそっくりなあなたに対して、時々嫌な錯覚をするときがあるのは」

「お母さんは、私のことが好きではないのだと思っていたけれど」

「そんなことないわ。むしろ、羨ましくすらあったわ。『女』として生きるあなたを見て、私も、そういう深い恋愛がしてみたいと思ったものだもの」

 でも、と母は言葉を続けた。

「ねえ、あなたも若いときのお祖母ちゃんのように『他人の中にいる自分』を愛していないかしら? それは本当の愛なの? 相手から返ってくるものは、果たして相手からのもの? それとも、あなた自身が与えたものの反映?」

 その台詞は、静かに急速に私の中に浸透していった。

 焦りからか、それとも今までの自身の概念を壊される恐れからか、私は矢継ぎ早に口を開いた。

「でも、それの何がいけないの? 人は皆自分自身を愛せなければ他人を愛することはできないわ」

 しかし母は、ゆっくりと首を横に振った。

「けれどあなたには、お祖母ちゃんと同じ、ぽっかり空いた暗い大きな穴があるでしょう? ねえ菜々美、それは何なの? もしかしたら、あなたはただ単に、あなた自身の深い欲望を、相手に投影しているに過ぎないのではないの?」

「私自身の、欲望?」

「ええ。根源的な欲求から高次元の欲求までいろいろよ。それを投影された相手は、とても快いと思うわ。溢れんばかりの愛情と錯覚してしまうもの。でもそれは単にあなたが自身の欲望を相手に与え続けているだけ。ではあなたは、相手から、何を受け取ったの?」

「私は……」



 ……私は、一体相手から何を受け取ったのか。









 ――空港へ見送りには行かなかった。

 彼らとはもう金輪際会うこともないだろうと思ったからだ。

 母から祖母の話を聞いてから、あんなに溢れ出していた自身の「想い」は、まるで枯渇したかのように治まってしまった。

 図らずも、最後の晩餐の前に聞けて良かった。

 そうでなければ私はこの、奇妙で、爛れた関係を海と空を越えてずるずると続けてしまっていただろうから。

 きっと、私の今までの「行動」だけを見れば確実に最低最悪な女の部類に入るのだろうと思った。

「散々与えるだけ与えておいて、相手に暗く大きな深い穴を穿ち、去る女」であったからだ。



 世間ではちょうど宇宙で「暗黒物資」の存在が確認されるかもしれないという話が話題になっていた。

 見えないが、確かにそこにあるもの。

 最後までわからないまま、私は私の犠牲者を二人、この海の向こう、空の向こうへ送り出す。

 ねえお祖母ちゃん、お祖母ちゃんもこんな気持ちだったの?

 ずっと苦しかった?

 死ぬ間際まで懺悔をしていたの?

 ごめんね、私も、途中まで同じ轍を踏んでしまったわ。

 いいえ、もしかしたら全く同じ道を歩んだのかもしれないわね。



 都心の展望台から、満天の星空と、その向こうに潜む大いなる闇を見つめながら、私は自身の胸元で柔らかな光を放つパールのアクセサリに祈った。


「皆にとって、いいえ、少なくとも彼らにとってどうかこの夜が安らかでありますように。心からの懺悔と、そして私の命そのものであった愛と欲望を捧げます」



【了】



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