本日のお題 13 (「アトラクション」 似非現代ファンタジー)
こひらわかさんの本日のお題は「アトラクション」、ドキドキする作品を創作しましょう。補助要素は「お隣さん」です。 #njdai http://shindanmaker.com/75905
アトラクション[attraction]
(1)客集めのために、主な催し物に添える出し物。余興。
(2)人をひきつける力。
水曜日の仕事終わりに、尾崎真弓はアパートのお隣さんで2歳年上の友人、田中友里と近場の居酒屋で夕飯をとることとなった。
と言うのも、友里から「ちょっと話したいことがあるから今日の夕飯一緒に食べよう」とメールが入っていたためである。
他愛のない話をしながら夕飯を食べてひと心地ついた頃、友里は周囲を確認した後、瞳を輝かせながらずずっと身を乗り出して一枚のカードを真弓に渡したのだ。
そのカードにはこう書いてあった。
【会員制クラブ『Wild Beast』】
それを見た真弓は首を傾げた。
「会員制クラブ?」
訝しげな表情の真弓には構わず、友里は興奮した面持ちで、だが声を潜めて喋り始めた。
「そうなの! んで、そこの余興が凄いの! 金曜の夜は、一部の従業員が特殊メイクで獣人になりきるのよ! あたし今までそういうコスプレ系って敬遠していたんだけれど、そこのクラブのクオリティーってハリウッドとか劇団四季レベルだったわけなのよ! しかも、その従業員は厳しい審査を通過した美男とのこと。これは真弓ちゃんも行かないわけにはいかないでしょ!?」
いきなりの話に真弓はぽかんとした。
しかしその表情に構わず友里は話し続ける。
「でね、ここからが本題なんだけれど、このクラブに入店するのには条件があるのよ。まずは一人以上の会員と一緒に来店すること、これはあたしがすでに一般会員になっているからクリア。次にドレスコードは正装、これも何とかなる。そして最後に、プレミアム会員になりたいものは金曜の入店時に長髪で20歳以上の処女を連れてくること、……これが真弓ちゃんに是非頼みたいところなのよ」
「長い髪の……」
「慎み深く『清い女性』とでも言っておきましょうか。まあ、コンセプトとして、獣に捧げられる生贄というか……ああ、ユニコーンの伝説ってあるでしょ? 処女にしか懐かないってやつ。店側の余興、『処女は獣を惹きつける』ってやつに必要なのよね。店の用意したサクラじゃなく、会員自らが生贄という素人さんを連れてくるってところが面白いのよ。あ、言っておくけれどこのクラブはいかがわしいカルト宗教でも、うさんくさい自己啓発セミナーでもないのよ。ちゃんとした大人の遊び場なので、その点は安心してね。高い壷買わされたり洗脳されたり薬打たれたり売られたりお金巻き上げられたりするところじゃないからね。ただコンセプト的に20歳以上の分別のある大人でないと入店できない仕組みになっているのだけれど」
そう言うと友里は両手をぎゅっと組んでうるうるとした瞳で真弓を見た。
「真弓ちゃん、お願い、どうか今週の金曜日に一緒にお店までついて来て?」
「友里さん……」
真弓は困り顔をした。
友里は派手好きで、家賃の安いアパートに住んでいる代わりに、衣服や遊びにお金を沢山使っている。
対して真弓は良く言えば堅実、悪く言えば地味だ。
一見正反対に見える二人は、お隣さんであるということと、酒好きであるという点で馬が合い、たまにご飯を食べに行ったり、主に友里の恋愛相談を真弓が聞いたりするという付き合い方をしていた。
その際真弓には男性経験が全くないことは、友里はすでに承知済みである。
「でも、処女かどうかなんて見た目でわかるわけがないのだから、友里さんのほかの友人の中から長い髪の人を誘えば良かったんじゃないかしら」
「それが、なぜかわかるらしいのよ。入店時に黒服に止められている男性と長い髪の女性を見かけたことがあるの。ちなみにその男性はその場で会員資格を剥奪されていたわ」
「それって何だか薄気味悪くはありませんか? 友里さんは安全と言うけれど、そのクラブ、裏社会とつながっていたりして」
眉を顰めた真弓の事を見た友里はにやりと笑った。
「こまけえこたぁいいのよ。要はあたしがプレミアム会員になれればいいんだから」
「友里さん、友人からの忠告ですけれど、遊ぶのも程々にしてくださいね。いくら友里さんがスーパー営業ウーマンで、しがないパート事務員の私なんかより何倍も稼いでいるといっても、お金には限りがあるのだし」
「はいはい、ありがたい忠告ですこと。でも、あたしは太く短く生きたいのよ。遊べるうちに遊ばにゃ損だわ。んで、真弓ちゃんには絶対迷惑かけないから。ただ来てくれるだけでいいのよ。美味いもん食って、楽しく遊んで帰ってくれればいいのだから。お金はあたしが出すから心配しないで。服も靴もメイクも、全部あたしにまかせて!」
そう言って友里はどんと自身の胸を叩いた。
「あの、プレミアム会員ってそんなに良いものなんですか?」
真弓が聞くと、友里はにっこりと笑った。
「ええ。プレミアム会員には月に一度、満月の夜に海外旅行に行けるらしいのよ。多分、専用のチャーター機なんかを使って行く弾丸旅行のようなものなのでしょうけれど、行ってきた人達は皆口を揃えてこう言うの。『今まで行ったどの海外旅行よりもスリリングでエキサイティングだった』ってね。内情がわからないだけに、物凄く興味をそそられるわ。ちなみに今日は満月、上手くいけばその場で秘密の海外旅行に参加出来るかもね!」
夢見るような瞳でその話をする友里を、真弓はやれやれといった体で見守った。
「わかりました。でも、一度だけですよ?」
「わぁ! 真弓ちゃんありがとーう!」
こうして真弓は友里に連れられてクラブへと足を運ぶこととなったのである。
「これが仕上がりですが、お客様、どうですか?」
そう言われて改めて鏡を見た真弓は驚いた。
「な、何か、自分が自分じゃないみたいです……」
ここは都心にあるスパ兼美容室である。
金曜日、会社帰りに友里と待ち合わせた真弓は、クラブへ行く前に友里に連れられてここに寄った。
スパで軽くシャワーを浴びて、メイクを落として身奇麗になった2人は、そのまま美容室に行き「変身」したのである。
今真弓は完成したパーティーメイクと、ドレスを着た自分を見て呆然としているところだ。
彼女が着ているのは膝丈のシャンパンゴールドのドレスである。
ドレスのスカート部分は斜めにアンシンメトリーのフリル状になっている。
ホルターネックは取り外し可能なタイプであるが、今回はそのままつけておくのだそうだ。
ドレスの背中は編み上げになっているため、真弓の体に合わせて調節がなされている。
髪の毛はゆるく巻いて自然に垂らした。
靴やアクセサリーも全てサイズはぴったりである。
隣で仕上がり具合を見ながら、友里は満足げに頷く。
「服と小物はレンタルだから後で返しに行かなくちゃいけないけれど、有名芸能人も結構衣装をレンタルする人が多いのだし、『借り物の服を着ている』ってことをあんまり気にしない方が良いわよ。それと真弓ちゃんは自分のことを地味と思っているようだけれど、化粧映えする顔なのでメイクのし甲斐があるわよね。そのまま黙っていたら清楚系お嬢様よ」
真弓はぱちぱちと瞬きをしながらぽつりと呟いた。
「私つけまつげなんて初めてつけました。今までもっと若い子達がするものだと思っていたので」
「あら、私なんかつけま二枚重ねよ。目力って大切よね~」
そう言いながら、友里も準備が終わったようだ。
こちらは体にぴったりとフィットした膝丈のマーメイドドレスで、友里の均整の取れたボディを強調している。
大胆に肩を出しているが、その上に上着を着るのでそれほど目立たなくなっている。
高いヒールを見事に履きこなす友里を見て真弓は感心した。
「友里さん、格好良いです!」
友里はアップにした髪の毛の具合を鏡で確かめながら、「ありがとね」とウィンクした。
「さあ、これで準備完了よ! あー、楽しみだわ」
「はい、何だか私もドキドキしてきました」
二人は店を出ると、近場でタクシーを拾い、そのままクラブへと向かったのであった。
そこは、都心の繁華街から一歩引いた、隠れ家的ビルの地下だった。
らせん状の大きな大理石調の階段を下りていくと、これまた大きい重厚な扉があった。
その前にはガタイのよい黒服が立っている。
友里はバッグから会員カードを取り出し、黒服に渡した。
黒服は会員カードをチェックした後に、真弓のほうをちらりと見た。
そのあと彼は、真弓に向かってにこっと微笑んだのである。
「どうぞお入りください」
黒服が扉を開ける。
友里は自信たっぷりに、真弓は気後れしつつ、笑顔をくれた黒服にぺこりと頭を下げながら扉をくぐった。
扉の向こうには深い青の絨毯が敷き詰められた廊下が続いており、その奥が店内に入る本当の扉であるようだった。
扉の手前には受付があり、ここで貴重品以外の荷物を預け、料金を払う。
友里と真弓は持参したポーチに荷物を移した。
真弓が財布からお金を出そうとすると、友里がさっと体を前に出し、一万円を払ってしまった。
「友里さん、せめてこれぐらいは……」
「誘ったのはあたしなんだから、全部任せて頂戴」
その扉の前にも黒服が待っていて、扉を開けてくれた。
ここでも、真弓は黒服に笑顔を向けられた。
「あの人達、私がその、まだ経験がないってことが何でわかるのかしら」
「不思議よね。でも、これで私もプレミアム会員になれるのだから真弓ちゃんさまさまよ」
いよいよ入室したのだが、部屋の中は、品の良いつくりとなっていた。
適度に落とされた照明、対して天井できらきらと光を反射する豪華なシャンデリア、ふかふかの革張りのソファ、こじゃれたBGM、バーカウンターでは、数人の男女が酒を注文している。
二人の前に黒服がすかさず現れ、友里と真弓を席へと案内する。
ソファに座った友里はさっそく黒服に注文を頼んだ。
「シャンパンとサラダ、それとお勧めの一品を」
「かしこまりました」
黒服が去っていくと、真弓は肩を竦めながら小声で友里に話しかけた。
「友里さん、私心臓バクバクいってます」
「照明とBGM、それにここにいる人達の気配が落ち着いているから、じきに慣れるわよ。さあ、まずは腹ごしらえしちゃいましょう」
程なくして水が、次にシャンパンと鯛のカルパッチョがやってきた。
メインは子羊のローストだった。
それらを食べ終わり、ひと心地つくと、友里はポーチから携帯を出し、時間を確認すると電源を切った。
「これから余興が始まると思うけど、あらかじめ電源を切るようにアナウンスがあると思うわ。その前にとっとと切っちゃいましょう」
「はい」
真弓は言われたとおりに電源を切った。
しばらくするとマイクを持った司会者が現れて、これから行う余興のアナウンスを始めた。
内容は基本的に映画館や演奏会、舞台での注意事項と同じである。
「撮影はNGなのが残念だけれど、余興は会員だけの特典だものね」
友里はそう言うときらきらと瞳を輝かせた。
「さあ、いよいよ始まるわよー!」
次に司会者がテーマについてのアナウンスを始めた。
「これから登場する面々は、この世界のものではございません。果てのない時を越えた先にある別の世界『エーデン』から『門』を通ってやってきた種族です。偶然にもその世界の名はこの世界の言語・ヘブライ語で『喜び』を意味するものだと知り、『門』が開かれた運命というものを感じています。その世界では今女性が不足しており、種族の子を産んでくれる聖なる女性を探しているのです。そしてその女性とは、この世界ではまだ男の精気を得ていない女性がもっとも相応しいとわかりました。それではこれから登場する種族の男性が、世界の救世主となる清らかな女性を今宵皆様の中から見事見つけ出しましょう! 皆様、今宵一夜の夢をどうぞご堪能ください!」
そのアナウンスとともに、部屋の照明が一気にぎりぎりまで絞られた。
品の良い客層のためか、ざわざわとするようなことはなかったが、それでも、緊張と、不安と、興奮が伝わってくる。
するとスポットライトが部屋の端に当たった。
それはまるで結婚式場で新郎が出てくるときのような雰囲気を醸し出していた。
ざわっと場内がざわめく。
登場したのはひとりの男性だった。
彼はほかの黒服と同じスーツを着用しているが、問題はそこではなかった。
「か、顔が……」
首から上が黒狼の顔だったのだ。
被り物をしているにしては毛の艶、瞳の輝きが精巧である。
ぱっと、別の方角にもライトがつく。
その場にいたのは、今度はギリシャ神もかくやと思わせるような美麗な男性だった。
彼の顔は人のものであるが、ただ、彼の頭の上にはぴんと立った狐の耳がある。
「え、狐耳? コスプレ?」
また別の方角に当たるスポットライト。
今度はナルキッソスよりも美しい美少年が現れた。
妖艶とも言える彼の頭にも、ぴんと立った兎の耳が付いていた。
最後に当たったスポットライトの光の中に立っていたのは、雄々しい獅子の首を持った男性であった。
「彼らには、それぞれの種族の特徴を出現させて登場してもらいました。普段は彼らの特徴は表には出てこず、望むときに出現させることが出来るのです」
「良く出来ていますね……」
真弓は驚きながらもやっとそれだけを言った。
「ね、面白いアトラクションでしょ?」
友里はさっきから狐の男性のほうばかり見ている。
「あの人、この前見たときから『これだ!』って思っちゃったのよね~! もう好み、モロ好みよ! プレミアム会員の得点には、海外旅行で好きな黒服とデートできるっていうものがあるのよ。あたし絶対あの人を選ぶわ」
それが本当の目的だったのか、と真弓は心の中で思った。
それにしても何と大掛かりな余興なのだろう。
四人の黒服は、ソファの合間を縫って女性達を検分し始めた。
あるものはすっと女性の頬に手を添えたり、またあるものは女性の手を取りそこに口づけをしたりと、軽いスキンシップも含まれるようである。
客の男性はそんな黒服に嫉妬するどころか、事の成り行きを面白そうに見つめている。
四人の黒服は、極めて優雅に客の間を回っていった。
誰もが、特に女性は、もしかしたら自分のもとに彼らがやってきてくれるのではないかと思うのである。
そうこうしている内に、友里と真弓の席にも黒服達がやってきた。
まずは兎耳の美少年が、真弓の傍へやってきてにっこりと微笑んだ。
彼が去った後、黒狼がやってきて、失礼のない程度に近づくとすんすんと鼻を動かした。
黒狼の後ろからは悠々と獅子が歩いてきて、真弓の手を取り、そこに口付けをした。
最後にやってきたのは狐耳の美青年である。
「きゃあ!」
友里が興奮して両手で自身の口を押さえる。
そんな友里に対し、美青年はふわりと美しく微笑むと、今度は真弓の方を向いた。
三人の黒服達の行動により、かあっと頬が熱くなっている真弓は、その潤んだ瞳のまま美青年を見つめた。
彼は少しばかり驚いたような表情をすると、妖艶な笑みを浮かべて一言。
「あなたは美しい」
その言葉を残して、美青年は去っていった。
「……っはあ! 眼福だったわ~」
いつの間にか息を詰めていたのだろう、友里がはあはあと息を整える。
「良かったわね、真弓ちゃん! あの人から『美しい』って言われて」
「は、はい……」
夢見心地の2人であったが、四人の黒服達はいつの間にか司会者の下に集まっていた。
「それでは、本日選ばれた、救世主の乙女を紹介しましょう!」
その掛け声とともに、また照明が暗くなり、ドラムロールとともに幾つものスポットライトが8の字を描く。
緊張の一瞬。
「最初の女性は、この方です!」
ジャン! という音とともに、とある席の女性がスポットライトを浴びる。
「きゃあ!!」
まるで国民的美少女コンテストで選ばれたかのような喜びようである。
彼女に対する拍手が巻き起こる。
「続いて選ばれたのはこの方です!」
今度は堂々とした態度の美人が選ばれた。
「えっ、あの人も処女?」
「高嶺の花は意外に処女が多いのよ」
「それでは、本日最後の乙女を選びます。最後に選ばれた方はこの方です!」
ジャン!!
その音とともに、真弓に盛大なスポットライトが当てられた。
「あ、あの……」
おずおずとしながらも、真弓は周囲の拍手に答えてぺこりぺこりと頭を下げた。
「それでは皆さん引き続き、今宵の夢をお楽しみください」
司会者の声に合わせて登場したのは、色々な獣の特徴を現した、沢山の美男と数人の美女だった。
彼らが加わったことにより、室内がより華やかになる。
男性客も女性客も一夜の夢を堪能している。
こうして夢は、あっという間に過ぎていった。
いつの間にか退出の時間である。
満足げな顔をした友里と、ぼんやりとなった真弓は、退出の際に黒服から呼び止められた。
「お客様、プレミアム会員のお手続きがございますので、少々お待ちください」
こうして友里と真弓はそれぞれ違った物語を歩むことになるのだが、それはまた別のお話である。
【了】




