はじめてのりんしたいけん
序章的な。
いえ、プロローグとは違うのです。
よくわからないけど。
――もしも。
もしも彼が持つ光がとても強く、大きなものならば。
もしも彼女が持つ光がとても弱く、小さなものならば。
そこに問題はあるのだろうか。
気にするべきは、その光があなたを照らしてくれているかどうか、だ。
誰かがそんなことを言っていた。
もしかしたら、本で読んだのかもしれない。漫画やゲームの受け売りではないことも否定は出来ない。
そんな程度の、あやふやな認識。大して重要な言葉でもない。
――でも。
今にも消えてしまいそうなあの弱々しい光は、俺を照らしていたのだろうか。
轟音。衝撃。また轟音。
ぶつかるコンクリートの破片による痛みが、否応なしにこれが現実であることを告げている。
「厄日にも限度ってもんがあるだろ……」
そう、厄日。
今朝少年が見たニュースでやっていた。射手座、12位。
屈託のない可愛らしい笑顔で他人の不幸を告げる若手キャスター曰く、『今日は思いがけないトラブルに遭うでしょう』。
占いなんて信じない少年は、ラッキーアイテムである赤チェックの服など着ていない。
当然だ。小林宗吾。彼は一介の高校生であり、学校指定の紺のブレザーを着ることが義務付けられているのだから。
それで、このザマである。
頬を掠めるコンクリートを砕く威力を持った剛腕。目があった瞬間身体が強張る濁った灰色の眼孔。心の根本から恐怖を沸き上がらせる叫び声。
宗吾がこの化け物と遭遇してから既に10分以上経っていた。
人を容易く叩き潰せるモンスター。本来ならとっくに彼の命も刈り取られていてもおかしくない。
それを妨げているのは、少年の襟首を掴んで走る少女の存在。
まるで絵に描いたような忍者のように、屋根から屋根へと跳び跳ねていく。その度に宗吾の首は締め付けられているが、命には代えられないため黙っている。殆ど気を失いかけているせいもあるが。
「リフふフタタたあぁァアァ」
意味を成しているのか成していないのか。少なくとも彼には理解出来ない言葉の羅列を化け物は繰り返し吠える。
唾液を撒き散らし、曇った瞳は少年を捉えて離さない。
産み出される恐怖は四肢も、視線さえも動かすことを許さない。
風音が聴覚を支配する中に、弦楽器の音色にも似た軋みが響く。
無機質な鋼の身体。光沢を持ち、しなやかに伸びる身体。
破壊を纏い振り上げられた腕の矛先は、宗吾を庇う少女に向けられる。
再び、轟音。
一軒家の二階部分は打ち砕かれ、衝撃が周囲に粉塵を撒き散らす。
「レベル持ち、か。……世界破りも始まってる」
服に着いた埃を払い、僅かに頬を伝う汗を拭った少女が小さく呟く。
既のところで一撃を回避した少女は、そのまま粉塵に紛れて距離を取っていた。
「大丈夫?」
「……お陰様で、首以外は大丈夫です」
少女の視線の先で少年は咳き込む。
返答の通り、首に若干とは言えない痛みに似た違和感があった。息をする際に掠れた音も鳴っている。
「あの化け物は撒いたのか? ていうか、そろそろ説明してくれよ。今なら何言われても信じられる自信がある」
「説明はここを無事離れられたらする。ドールはあなたの位置が大体わかるから」
「おっけ、また楽しい楽しい空中遊泳の始ま……ん?」
再出発の言葉に「首持つかな」と首を回し始めた宗吾の動きがふと止まる。
少女の言う『ドール』と、あの化け物をイコールで結ぶ。ならば、と浮かんだ疑問は中々言葉にならない。
「ん、あれ? あいつ、俺の位置がわかるの?」
「ええ」
「あはっ、ごめん。やっぱ信じたくない」
なんという罰ゲーム。
鬼が自分の場所を常に把握できるかくれんぼなんて聞いた事がない、と少年は天を仰ぐ。神様に不平を呟こうとしたのだけれど。
見えた。空から降ってくる化け物。 少女はまだ気付いていない。少年は反応が追い付かない。
それは危機。
――ズン、と重く間抜けな音。
ドールと呼ばれた巨漢は二人の脇に降り立った。不意を付かれた少女は動き出しが遅れて。
「しまっ――!」
瞬間。金属の拳が少女を打ち付ける。
ちなみに、少女は
「美少女と言えるほどではないけれど、少なくともクラスメイトよりは可愛い。背が小さいというのもポイントが高い。でもアイドルほどではなく、そこら辺に居そうな顔」レベルです。(小林宗吾談)
次の更新は3月までに、を予定しています。
ps.最後の一文はどうやったらページ内に収まるのか……(携帯)