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さよなら井上くん

閲覧ありがとうございます。

プロローグ的なお話です。


 ゲームは好きだ。今までも色んなゲームをやってきた。

 現実とは違う世界、違う法則で広がる物語。いつだってワクワクしながら先に進んだものだった。

 最近ではどんどんゲームも進化している。グラフィックは実写かと思えるものもあるし、効果音だって臨場感がハンパない。


 だから、目の前で高橋くんと武田くんが潰された時に思ったのは、人が潰れる音ってのはさすがに再現出来なかったんだなってことだった。

 感覚的にはよくある『グチャ』でも『グシャ』でもなく破裂音。続いて固いものが砕ける音。最後に液体が飛び散る音だ。


 ショックはなかった。

 別に高橋くんが貸した2000円を返さないからとか、密かに想いを寄せていた菊池さんを武田くんにとられたからとか、そういうことじゃない。

 あまりに突然で、何が起こったのか分からなかったからだ。


 俺の気持ちを知らずに菊池さんとのデートを話す武田くん。俺の気持ちを知っていてチラチラとこちらを見ながら苦笑いを浮かべる高橋くん。

 数瞬前までは確かにこの2人が俺の前を歩いていた。


 それなのに、菊池さんが選んだ桃色のワンピースが如何に可愛かったか力説する武田くんの声が聞こえない。

 それなのに、なんとか話をそらそうと昨日の晩御飯が思い出せない話をする高橋くんの声が聞こえない。

 聞こえるのは、鈍く輝く黒色の腕から垂れた二人の血肉が、アスファルトにぶつかる音だけだ。


 地面に広がった2人を挟むようにして俺の向かいに立つソイツは、どうみても人ではなかった。いや、地球上の生物ですらないのではないか。

 西洋の甲冑を着たような金属質の体躯はゆうに2mを超している。細身の人型ではあるが、剥き出しの歯は鋭く尖っている。 感情を感じさせない灰色の双瞳が俺をじっと見つめている。

 俺は言葉もなくその視線を返すしかなかった。


 そのままどれくらい時間が経ったのか。 酸っぱいようなエグいような臓物の匂いが辺りに広がる中、夕焼けを背に人外の化物が口を開いた。

 粘っこい音を立てながら唾液が糸を引く。


「みみミみツケけたタタタ」


 耳障りな音が飛び込んできて、図らずも体が跳ねた。

 止まっていた空間を揺らす化物の声。

 それまで心の奥で蠢くだけだった感情が溢れて心を覆い尽くす。尚も勢いの収まらないそれは、容赦なく吹き零れた。


 コワイ。


 膝が震え、全身から嫌な汗が吹き出だした。自分の喉が何かを叫び続けるが、直ぐに胃から込み上げてきたもので塞がった。

 膝をついてアスファルトに撒き散らす。胃液すらも出なくなり、それでもまだえづく。喉の奥で血の味がした。

 涙で視界が滲み、荒い息を吐くたびに喉が痛んだ。

 再び襲ってくる恐怖に噛み合わない歯がカチカチと音をたてる。

 指先に伝わるぬるりとした感触は高橋くん、武田くんどちらのものかもわからなかった。


 視界の隅で、千切れ飛んだのだろう高橋くんの腕時計を着けた腕が嫌な音を立てながら踏み潰される。

 化物が一歩こちらに踏み出したのだ。


「あ……あぁ」


 思うように動かない手足をばたつかせ、這いずるように後退する。

 そんな俺を嘲笑うかのように、化物はゆっくりと近付いてくる。



 ゲームは好きだ。今までも色んなゲームをやってきた。

 現実とは違う世界、違う法則で広がる物語。いつだってワクワクしながら先に進んだものだった。

 窮地に陥った主人公が不思議な力に目覚めたり、可憐な美少女が助けに来てくれたり。そんな展開は王道だけど、燃える。


 状況条件はバッチリなんだけどな。

 この後に及んで、はっきり冴えてきた頭が導きだした今の状況は、まさしく絶対絶命。

 到底コイツからは逃げられないし、勝てるわけもないことは蹴飛ばした足から伝わる痛みが教えてくれている。

 今まさに降り下ろさんという無機質な左腕が、数秒後には俺の頭を砕くだろう。

 武田くんや高橋くんと同じ音を立てて、同じ末路を追うことになる。


 ふと浮かぶのは、菊池さんの顔。昔から大好きな幼馴染みでお隣さんで、武田くんの彼女。あぁ、もう元彼女か。


 ホントに可愛いなぁ、もう。こんな事ならもっと早くに告白すれば良かったよ。

 きっと俺は大好きな武田くんと共に死んだ幼馴染みとしてしか記憶に残らないだろうな。

 高橋くんなんてもっと哀れだ。大好きな武田くんと共に死んだ幼馴染みと、2人の話題によく上がっていた友達なんていう立ち位置になるのだから。


「ははっ」


 降り下ろされる死の塊を見つめながら、馬鹿な想像に思わず笑みが零れた。

 それにしても、死ぬ間際って世界が本当にスローモーションに――。



 結局、友人2人よりも小さな音を立てて井上は息絶えた。


 もし彼が世界に選ばれた勇者なら。特別な血を受け継ぐ救世主だったなら。


 だが、所詮彼は完全無欠な一般人で、普通に青春を謳歌するはずだったちょっぴり不幸な少年C。

 つまりその他大勢だったのだ。


「い、井上くーーん!」



次の更新は2月上旬予定です。


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