セミの抜け殻が落ちる音
その家に嫁いで、最初の夏だった。私のお腹には、来年の春に生まれてくる、初めての子が宿っていた。夫も義母も、目を細めて喜んでくれた。
その夏、私は気づいた。庭の古い木から、セミの声が、まるでしないのだ。近所の木という木が、うるさいほど鳴きしきる真夏に、この家の庭だけが、しんと静まっている。まるで、そこだけ夏が来ていないように。
代わりに、夜になると、別の音が聞こえた。
カサッ。
乾いた、小さな音。庭のほうから、一定の間隔で、規則正しく響いてくる。窓から覗くと、木の根元に、セミの抜け殻がいくつも落ちていた。空っぽの、茶色い殻。それが夜通し、一つ、また一つと、枝から地面へ落ちていく音だった。
鳴きもしないセミが、ただ、殻だけを落としている。
私は、その数を数えるようになった。理由は、自分でもわからない。眠れない夜に、カサッ、カサッ、と数えていると、朝までにちょうど、決まった数だけ落ちるのだと気づいた。多くも、少なくもない。毎晩、きっかり同じ数。
やがて、お盆が来た。仏壇の前に、義母が古い過去帳を出して、見台に広げていた。この家で亡くなった人の名が、代々、筆で書き連ねてある帳面だという。線香の煙のなか、私はそのページを、何の気なしに、一枚、また一枚とめくった。
いつのまにか、記された名の数を、数えていた。夜ごと、庭で数えるのと、同じように。
過去帳に連なる名の数と、あの抜け殻の落ちる数は——寸分たがわず、同じだった。
背筋が冷えた。偶然だと思おうとした。けれど、その夏の終わり、私は気づいてしまった。
落ちる音が、一つ、増えていたのだ。
カサッ、カサッ、と数えると、いつもの数の、最後にもう一つ。今年はまだ、この家から、誰も亡くなってなどいないのに。過去帳の名は、増えていないのに。抜け殻だけが、一つ、多く落ちる。
私は、庭の木を見上げた。鳴かないセミたちが、夏の終わりに、次の殻を、静かに準備している。
まだ、過去帳に名の載っていない、一つ分の殻を。
その、増えた一つが、何を数えたものなのか。考えないように、した。どうか、お腹のこの子のことだけは、と、腹に手を当てて祈った。
けれど、その子は、春を待たずに、私の腹の中で、動かなくなった。
余分に落ちていた、あの一つ。あれは、この子が死ぬという、合図だったのだ。庭のセミは、私よりも、この子自身よりも、ずっと先に、それを知っていた。まだ過去帳に名の載ることもない、小さな一つ分の殻を——あの夏の終わりから、ずっと、落とし続けていたのだ。




