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暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜  作者: パラレル・ゲーマー
第五部・歴史の地雷原編

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第59話 禁裏、大坂冬の陣の終わりを聞く

 慶長十九年、冬。


 大坂での大戦の足音は、ほど近い京の都にも、重く冷たい震動として伝わってきていた。


 禁裏周辺の公家屋敷は、表向きは静まり返っていたが、内側は全く落ち着かなかった。


「……大坂は、もはや完全に囲まれたそうにござる」


「徳川方は、天下の諸大名を総動員したとか。東国も、西国も、外様も、ことごとく大坂を囲んだと聞く」


「それでは……豊臣は、いよいよ滅びるのではないか」


 公家たちの囁き声には、深い憂いと焦りが混じっていた。


 朝廷から見れば、豊臣家はかつて禁裏の修復、寺社の造営、朝廷への莫大な献金などで、決して少なくない「恩」がある家だ。太閤秀吉の威光は、都の公卿たちの記憶にまだ色濃く残っている。


 だが、今や天下の実権を完全に握っているのは、圧倒的な大軍を大坂へ送り込んだ徳川家である。


「豊臣家には、確かに恩がある」


 一人の公家が、扇を握りしめながら苦しげに言った。


「されど今、ここで豊臣を庇うような言葉を出せば……それは直ちに、徳川への『敵対』と取られかねぬ。禁裏が、武家の血生臭い争いに巻き込まれることだけは、何としても避けねばならぬ」


「左様。方広寺の鐘の件も、ただの文言とはいえ、徳川があれほどまでに大問題とした以上、こちらから軽々に口を挟むことはできませぬ」


 現実を重んじる公家が、冷たく同意する。


 鐘の銘文という『言葉』が、巨大な戦の火種になったのだ。


 言葉を間違えれば、都が再び火の海になる。公家たちは、極限の緊張の中で「沈黙」を選ぶことしかできなかった。


 *


 御簾の奥。


 若き主上──後の世に後水尾天皇と呼ばれる御方は、ただ静かに、大坂からの戦の報を待っておられた。


 帝は、直接「豊臣を助けたい」とは決して口になさらなかった。


 だが、豊臣が朝廷に尽くしてきた歴史も、公家衆の抱える恩義も、全て理解しておられた。


「豊臣家は、禁裏にも寺社にも、少なからぬ功を積んだ家である」


 帝の静かな御言葉に、周囲に控える公卿たちが深く頭を下げる。


「はっ。太閤秀吉公以来、朝廷も多くの恩を受けております」


「……されど」


 帝の御声が、少しだけ沈んだ。


「いま、天下の政を真に担うは、徳川である」


 その一言で、朝廷の置かれたあまりにも苦しい立場が明確に示された。


「御意にございます」


 現実派の公家が進み出る。


「ここで禁裏が、大御所様に対して公然と豊臣助命を願い出れば、徳川は間違いなく『朝廷が豊臣に肩入れした』と見るやもしれませぬ。……それは、朝廷そのものを危うくいたします」


「しかし、何も申さぬまま豊臣が滅びれば、我らは恩ある家を冷酷に見捨てたことになりませぬか……!」


 豊臣寄りの公家が、たまらず声を震わせる。


 重苦しい沈黙が落ちた。


「言葉を出せば、大いなる火となる」


 帝が、静かに、だが深く重いお声で仰った。


「されど、言葉を出さねば、深き悔いとなる。……まこと、難しき時よ」


 それは、天下の中心にいながら、己の言葉一つで兵火を呼ぶかもしれないという、頂点に立つ者のみが知る孤独な苦しみであった。


 *


 そこへ、京都所司代・板倉勝重からの急報が届いた。


 報告役の武士が、慌ただしい足取りで控えの間へ入り、御簾の前に平伏する。


「申し上げます! 大坂より、決着の報にございます!」


 公家たちが、一斉に扇を握りしめ、息を詰めた。


 誰もが、悲惨な『豊臣滅亡』の報を覚悟していた。


「徳川方、圧倒的勝利。……大坂方、和議を受諾いたしました」


 場が、小さくざわめく。


「やはり、そうか……」


 豊臣寄りの公家が、絶望に顔を伏せた。


 そのざわめきを縫うように、帝が静かに問われた。


「……秀頼は。淀殿は」


 短く、だが最も重い問い。


 報告役は、少しだけ声を張り上げて答えた。


「……助命されたとのことにございます」


 一瞬、座敷の空気が完全に止まった。


「助命……?」


「秀頼卿が、生き残られたのか!?」


「淀殿もか?」


 公家たちが、信じられないというように互いの顔を見合わせる。


「はっ」


 報告役が詳細を告げる。


「大坂城は公儀へ召し上げられ、摂津・河内・和泉の豊かな所領は没収。豊臣家は、江戸に近き常陸方面へと国替えとなる見込みにございます」


「……!」


「されど。秀頼公、淀殿、そして大野治長ら主要家臣の命は取られず。牢人衆も武装を解いて城を出ることで助命。……豊臣家は、一大名として存続を許されるとのことにございます」


 完璧な沈黙。


 そして。


 公卿たちの間から、深々と、安堵の息が漏れ出た。


 *


 帝は、しばらくの間、静かに目を閉じて沈黙しておられた。


 やがて、わずかに目を開け、ゆっくりと仰った。


「……そうか。命は、助かったか」


 その御言葉の響きに、公家たちも深く頭を垂れた。


「こちらは、何もできませなんだ……」


 豊臣寄りの公家が、声を震わせて涙を拭う。


「どちらにも味方できず、ただ報を待つしかなかった。……それでも。命が助かったのであれば、これに勝る喜びはありませぬ」


「徳川が、豊臣をただ力で滅ぼすことなく、一大名として残したことは……天下に残る怨みを、大きく和らげる道でもございましょうな」


 現実派の公家が、家康の冷徹な、しかし血を流しすぎない政治判断を評価する。


「豊臣は、天下の中心ではなくなった」


 帝が、静かに事の結末を総括された。


「されど、武家の世において、武家として生き残ることができたなら……それもまた、良しとしよう」


 朝廷の視点では、豊臣が天下人の格から一大名へと落とされたことは、確かに痛ましいことだ。


 しかし、凄惨な滅亡ではなく『生存』という結末であったなら。それ以上のことを、もはや今の朝廷が望むことはできなかった。


 *


「もし、禁裏より助命の御沙汰を一つでも出しておれば……」


 豊臣寄りの公家が、ぽつりと後悔を口にする。


「それは危うい」


 別の公家がすぐに制した。


「徳川がすでに全国の兵を動かしている中で、禁裏が豊臣助命を公然と願えば、徳川はそれを『禁裏の豊臣への肩入れ』と見たやもしれぬ」


「左様。今の徳川は、天下の全武家を完全に背後に従えております。そこへ禁裏が不用意に豊臣を庇えば……朝廷そのものが、武家の血生臭い争いに直接巻き込まれかねませんでした」


 現実派の公家が、苦渋の決断だったことを強調する。


 帝は、その言葉を聞き、静かに目を伏せられた。


「言葉を出さぬことにも、責はある。……されど、言葉を出せば、より多くの火を招くこともある。徳川が、自らの政として命を取らなんだこと。まずはそれを、深く良しとするほかあるまい」


 *


 報告は、戦後処理の詳細へと移る。


「大坂城は公儀のものとなり、豊臣の城ではなくなりました。堀や櫓は改められ、今後は徳川の城、あるいは公儀直轄の要として整えられる見込みにございます」


「大坂城が……豊臣の城ではなくなるか」


「太閤殿下の威光の象徴が、ついに完全に徳川の御手へ……」


「これで、名実ともに、天下は徳川へ移ったのだな」


 公家たちが、一つの時代の完全な終わりを実感して呟く。


「城は、武家の『家』の象徴である。豊臣が城を失ったことは、まこと重かろう」


 帝が、同情を込めて仰る。


「されど、城を失ってでも『命を残す道』を選んだのであれば……若き秀頼もまた、己の家を懸命に守ろうとしたのであろうな」


 それは、若き天下人の苦渋の決断に対する、最大級の評価の御言葉であった。


 *


「徳川は……苛烈ではありますが、ただ殺し、滅ぼすだけの政ではありませぬな」


 現実派の公家が、感心したように言う。


「豊臣を一大名へ落とし、公儀の秩序の中に組み込む。これは、ただ殺すよりもある意味で恐ろしいが……天下を治める手としては、あまりにも巧みでござる」


「巧みだからこそ、寂しいのだ」


 豊臣寄りの公家が嘆息する。


「豊臣が、もう天下の家ではなくなったことを、これ以上ない形で、誰の目にも明らかにしてしまった」


「武家の世は、武家の理で進む」


 帝が、威厳あるお声で締めくくられた。


「朝廷は、その荒々しき波に呑まれず。……されど、民と天下の安寧を、ただひたすらに祈るのみである」


 *


 重い空気が少し落ち着いたところで、公家の一人が報告書をめくりながら、ふと不思議そうな声を上げた。


「ところで……大御所家康公は、いまだ大坂の地に留まっておられるようにございますが」


「戦後の裁定と、大坂の差配を整えておるのか」


 帝が問われると、報告役の武士が、少しだけ困惑したような顔で答えた。


「はっ。それもございますが……その、少々変わった報が、同時に届いておりまして」


「変わった報?」


 公家たちが怪訝な顔をする。


「大御所様は、竹千代君、国松君らとともに……大坂城下の『水脈』を、直に調べておられるとのこと」


 場が、一瞬だけ止まった。


「……水脈?」


「はい。国松君が、大坂の地にて、井戸に適した場所を次々と言い当て、指差した場所から実際に清水が湧き出たとのことにございます」


「ほう……。大坂でも、水神の働きをなされたか」


 報告役は、さらに言葉を続けた。


「さらに……大坂城下にて、国松君が『温泉』を掘り当てられたとか」


 座敷が、どっとざわめいた。


「温泉!?」


「大坂でか!?」


「水だけでなく、湯まで見つけられたというのか……!?」


 それまで重苦しかった空気が、一気に、そして不思議なほど和やかに緩んだ。


 *


 帝の口元に、小さく、柔らかな微笑みが浮かんだ。


「ほほ……そうか。戦の終わった直後の大坂で、国松君は水神として働いておるか」


 公家たちも、先ほどまでの極度の緊張から解放され、口々に笑い合う。


「まこと、あの若君はどこへ行っても、水と土のことばかりでございますな」


「豊臣の旧都を、戦の傷跡ではなく、水と湯で整えようとなされるとは……」


「それは、まこと立派な、人の生を慈しむ働きにございます」


「戦の後、まず湧いたのが『血』ではなく『湯』であるなら……」


 帝が、優しく目を細めて仰った。


「それは、まこと、よきことよ」


 *


 公家の一人が、つい本音を漏らした。


「それほどの水神の御力ならば……いずれ、京にもお越しいただけぬものでございましょうか。京にも古き水路や、涸れた井戸、寺社の池など、水に悩む地が多くございますれば」


「禁裏御料にも、田法だけでなく水土の見立てをいただければ、どれほど助かりましょう」


 別の公家も乗っかる。


 帝も、少しだけ関心を示された。


「国松君が京の寺社を巡れば、古き水の流れも、いくらか整うやもしれぬな」


 だが、その御言葉に、公家たちが少しだけ慌てた。


「しゅ、主上。……それ以上は!」


「分かっておる。こちらから、無理を申してはならぬ」


 帝は、静かに首を振られた。


「国松君は、まだ元服もしておらぬ童である。いくら水神と呼ばれても、武家の政の渦中におる若君である。……こちらから『京へ来よ』と強く望めば、それは徳川への命令のように響いてしまう」


「御意にございます」


 現実派の公家が同意する。


「徳川の若君を、禁裏が呼びつけたとあっては、江戸も駿府も、容易には受け取れませぬ」


「いずれ、時が整えばよい」


 帝が、遥か東の空を想うように仰った。


「徳川より、正式な挨拶があるならば。……その時に、よき形で迎えればよい」


 *


 大坂冬の陣は、冬の寒さの残るうちに終わった。


 豊臣は、天下の家ではなくなった。だが、命は残った。


 朝廷は、何もできなかった。


 ただ、言葉を選び、沈黙を選び、祈ることしかできなかった。


 それでも、滅亡ではなく『存続』という報は、御簾の内に静かな、そして深い安堵をもたらした。


 そして同時に。


 もう一つの報が、京の都へ届いた。


 大坂で、水神の若君が水を見つけ、湯を湧かせている。


 戦に勝った徳川は、ただ城を奪い、血を流すだけではない。


 水を整え、湯を開き、傷ついた町を生かそうとしている。


 その事実は、都の者たちに、徳川の世がただの武断の世ではないことを、静かに、だが強烈に印象づけた。


 帝は、御簾の奥で小さく仰った。


「いずれ、京にも来る日があろう。……その時は、無理に呼ぶのではなく、よき形で迎えたいものよ」


 京の冬風は冷たい。


 だが、その冷たい風の中に……遠い大坂から湧き上がる温かな湯気の噂が、かすかに混じり始めていた。



最後までお付き合いいただき感謝します。


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おっ、官位フラグが。
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