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暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜  作者: パラレル・ゲーマー
第五部・歴史の地雷原編

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第55話 水神様、歴史以上の包囲網に胸を痛める

 慶長十九年、旧暦十月。


 江戸城の自室で、俺は『水土御用・秋の収穫後始末』『各村の蔵の空き容量確認台帳』『干し場不足の改善案』などの書類を黙々と書いていた。


 筆を動かす手は止めない。


 ……止めれば、耳の奥で鳴り響く『軍靴の足音』に押し潰されそうになるからだ。


 そこへ、竹千代兄上がふすまを開けて入ってきた。


 その顔は、いつも以上に硬く、冷たい。


「……兄上。戦、決まったんですね」


 俺が筆を置いて問うと、竹千代は静かに頷いた。


「ああ。片桐且元が大坂を去った。……大御所様は、諸大名へ出陣を命じられた」


 俺は、小さく息を吐いた。


「……止まりませんでしたか」


「止まる段階は、すでに過ぎた。豊臣は己で橋を落とし、大御所様はそれを待っていたかのように見限られた」


 俺は、机の隅に積まれた『大豊作の報告書』に視線を落とした。


「俺が泥まみれになって増やした米も、使われるんですよね」


「使われる。東海道や中山道の宿駅には、すでに膨大な兵糧が運び込まれつつある」


「ですよね……」


 竹千代は、決して俺を慰めようとはしなかった。


 ただ、天下の事実だけを淡々と口にする。


「米は、民を生かす。だが、兵も生かす。……それは、お前が田んぼに足を踏み入れた時から、最初から分かっていたことだ」


「分かってましたけど。でも、いざ目の前に『戦争』が来ると、やっぱりキツいですよ」


 *


 竹千代が去った後、俺は一人で端末を開き、史実との『差分』を確認した。


 青白いログが、無慈悲に展開される。


『大坂冬の陣:開戦ルート確定』


『徳川方動員:史実比増加傾向』


『東国・親藩・譜代参戦意欲:急上昇』


『兵糧余力:史実比大幅上昇』


『民心:徳川側圧倒的優勢』


『水神信仰による徳川正統性補強:顕著』


『豊臣方孤立度:史実比上昇』


『大坂城包囲圧力:史実比大幅上昇』


「……史実より、包囲網が厚い?」


 俺が絶句していると、KAMI様が音もなく空間に現れた。


『そうね。あんたの影響よ』


「俺の……?」


『ええ。あんたが、二年連続で大豊作を出した。しかも、徳川の支配地や、徳川に近い場所を中心にね。民草から見れば、徳川の世になって初めて、こんなに米が腹いっぱい食えるようになったのよ』


「それは……」


『さらに、あんたは『水神の若君』として世間に広まっている。水を治め、田を豊かにし、米を増やし、禁裏の帝にまでその実務を認められた。……今の民の中には、こう思う者が確実に増えているわ』


 KAMI様は、恐ろしいほどの冷淡さで、世間の空気を代弁した。


『徳川には、水神の確かな加護がある。その徳川の世を乱そうとする豊臣は、神仏の敵ではないのか。ならば、徳川が豊臣を討つのは、私怨ではなく、天下を整えるための正しい戦ではないのか──とね』


「……俺が。俺のやった田んぼが……豊臣を、神仏の敵にしたんですか」


 俺は、息ができなくなりそうだった。


『あんたが直接そう言ったわけじゃない。でもね。人間は、自分たちが納得できる『分かりやすい物語』を、勝手に作る生き物なのよ』


 *


 俺の机には、各地から集められた報告や、村方の噂の断片が積まれている。


 東国の村の百姓は言う。


「水神様のおかげで、今年も米が腹いっぱい取れた! 徳川様の世は豊かじゃ。その徳川様に逆らって戦を起こそうとする大坂の者どもは、何を考えておるのか!」


 寺社の僧は言う。


「水神の若君が田を豊かにし、大御所様は神仏への供養も手厚く整えておられる。方広寺の鐘の件は、豊臣が言葉を誤ったに違いない。……徳川にこそ、天の理があるのではないか」


 商人たちは計算する。


「勝ち馬は、間違いなく徳川だ。米も、兵も、街道の継立も、全て完璧に整っている。大坂城は確かに強いが、今回は徳川の包囲が分厚すぎる」


 俺は、それらの報告を見て、胸が締め付けられるほど苦しくなった。


「俺は……豊臣を悪魔にするために、泥にまみれて田んぼをやったんじゃない……。飢える人を、少しでも減らしたかっただけなのに……!」


『知ってるわよ』


 KAMI様が、静かに言う。


『でも、民は単純なの。豊作は吉兆。吉兆をもたらした徳川は正しい。徳川に逆らう者は悪い。……そういう単純な白黒の話は、どんな真実よりも強いのよ』


「……最悪だ」


 *


 さらに、俺の『水神の加護』と『大豊作の米』は、徳川一門や諸大名たちの間に、歴史以上の『参戦意欲』を生み出していた。


 徳川一門の者は言う。


「今年の大豊作は、まさに出陣のために天が大御所様へ与え給うた米である!」


 譜代の将は奮い立つ。


「大御所様の御名を裂いた豊臣を討ち果たし、水神の若君の米で腹を満たす! これこそが武士の忠義ぞ!」


 外様の地方大名たちは、冷徹に空気を読む。


「ここで少しでも出陣に遅れれば、徳川への忠誠を疑われる。勝ち馬の列に、絶対に取り残されるな!」


 若い武士たちは、野心に目を血走らせる。


「大坂攻めは、疑いようのない勝ち戦だ! これが、立身出世のための武功を立てる、戦国最後の機会だぞ!」


『見えてる完璧な勝ち戦には、放っておいても人が集まるのよ』


 KAMI様が、嘆息するように言う。


『史実の大坂冬の陣でも徳川は二十万の大軍だったけど……今回は、兵糧の不安がない分、さらに諸大名の足並みが綺麗に揃っているわね』


「……俺のせいで?」


『一部はね。全部じゃないわ。大坂が自ら詰んでいく流れは元々あった。でも、あんたは確実に……徳川側へ、最強の『民心』と『兵糧』を足してしまった』


「最悪のバフじゃないですか……」


 俺は、頭を抱えて机に崩れ落ちた。


 *


「兄上」


 俺は、出陣の準備で忙殺されている竹千代の部屋へ行き、単刀直入に問うた。


「これ、史実より……いえ、思っていた以上に、ものすごく大きな戦になっていませんか」


「その可能性はあるな」


「……私が、米を増やしたから」


「それだけではない」


「水神信仰なんていうふざけた神話が、徳川を『正しい側』に見せているから」


「それもある」


「じゃあ、俺は……俺のやったことは……」


「国松」


 竹千代が、俺の言葉を鋭く遮った。


「お前は、泥にまみれて米を増やした。多くの民を飢えから遠ざけた。寺社を守り、救荒作物を増やし、水を淀みなく整えた。……それは、絶対に間違いではない」


「でも! その結果で、人を殺す戦の規模が大きくなるなら……」


「弱い徳川と強い豊臣が中途半端に戦えば、戦は泥沼化して長引く」


 竹千代は、次期将軍としての冷徹な大局観で、俺を真っ向から見据えた。


「兵糧の足りない軍が戦えば、腹をすかせた兵は必ず周囲の民から略奪する。水のない陣が戦えば、あっという間に疫病が出る。……お前が整えたものは、戦を大きくするだけではない。『戦の無秩序』を抑え込む力にもなるのだ」


「戦の、無秩序……」


「お前の増やした米は、確かに兵を動かす。だが、それは『兵が民から奪うことを減らす米』でもある。それを忘れるな」


 俺は、何も言い返せず、ただ黙り込んだ。


 *


 夜。


 俺は一人、暗い自室で落ち込んでいた。


「……俺は、自分が死ぬのが嫌だったんだ。徳川の子供に生まれて、歴史通りに進めば暗殺されるかもしれないから。死にたくなくて、役に立つアピールのために水土御用を進めた。……民を豊かにすれば、徳川の中で確かな居場所ができると思った。……でも、その結果が、歴史以上の大軍の動員なら。俺のやったことは、結局駄目だったのかな……」


 俺がポツリと弱音を吐くと、KAMI様が現れた。


 いつもの軽い調子ではなく、少しだけ静かな声だった。


『馬鹿ね』


「……馬鹿って」


『人は死ぬわ。それが常識よ。江戸時代だろうと、令和だろうと、どこの世界だろうと同じ。あんたが何をどう頑張ろうが、この世の全員を救うなんて、絶対に無理なのよ』


「でも、俺の影響で、史実より死ぬ人が増えるかもしれない……!」


『あのね。あんたの影響で『救われた人』も確実にいるわ。これは間違いない事実よ』


 KAMI様は、俺の目を真っ直ぐに見て言った。


『大雪でも飢えずに済んだ子供。切り干し大根で冬を越せる老人。手洗いで疫病を避けられた村。水札で水争いをせずに済んだ農民。……そういう人間を、あんたはもう、数え切れないほど大量に救っているのよ』


「でも、戦で……」


『戦で死ぬ人はいる。あんたがいなくても、死ぬ人はいた。あんたがいたから、死に方や数が変わる人もいる。……そこまで全部、ひっくるめて『自分の罪』にするのは、ただの傲慢よ』


「傲慢……」


『そう。あんたは神じゃない。水神様って周囲から呼ばれているだけの、泥と帳面にまみれた元社畜でしょ』


「……相変わらず、ひどい言い方だなぁ」


『いい? 少しだけ、自分の前世を忘れなさい。歴史を上から見下ろす『観測者』としてじゃなく。この時代に生きる、一人の人間として、この歴史を見なさい』


「一個人として……」


『あんたは今、徳川国松よ。生きたいなら生きなさい。助けたいなら助けなさい。でも……歴史全体の責任者みたいな顔をして、全てを背負い込むのはやめなさい』


 *


 俺は、実際の戦場には出ない。


 しかし、次々と舞い込む報告や地図、そして情報網を通じて、徳川の包囲網がどれほどの規模になっているかを知った。


 東海道、中山道。


 美濃、尾張、近江。


 大和方面、河内方面。


 淀川の水運、船手衆。


 無数の諸大名の軍勢が、まるで巨大な津波のように大坂へと集結していく。


 史実よりも、動員が恐ろしいほど滑らかだった。


 西国大名の起請文による迷いの排除。


 豊作による兵糧の万全の手当て。


 水神信仰による徳川正統性の強化。


 ……大坂側に同情する者もいるにはいるが、この圧倒的な大軍を前にしては、表立って動くことなど誰にもできなかった。


「……多すぎる」


 俺は、大坂城の周囲が徳川方の赤い印で真っ赤に埋め尽くされた地図を見て、震え声で呟いた。


『歴史以上に、包囲が厚いわね』


「この状況で……大坂は本当に戦うんですか」


『さあ? そこは、歴史が激しく揺れているわ』


「……『夏の陣』は、あるんですか?」


『分からないわ』


 KAMI様は、残酷な真実を口にした。


『史実では冬の陣で和議を結び、堀を埋められて、夏の陣で滅亡。……でも今回は、冬の陣の時点での包囲の圧が全く違う。大坂方が完全にビビって、早期降伏する可能性だって十分にある』


「じゃあ……歴史が変わるかもしれない」


『ええ。あんたが望んだかどうかは別としてね』


 *


 俺は、KAMI様に縋るように聞いた。


「未来はどうなるんですか。KAMI様でも分からないんですか?」


『分岐が爆発的に増えたわ。観測して、結果が出ないと確定しない。史実通りのルートもある。早期降伏もある。冬の陣だけで豊臣が完全降伏する可能性も、逆に追い詰められて暴発し、全く形を変えた夏の陣が来る可能性もあるわ』


「……怖いですね」


『歴史って、そういうものよ。あんたが前世で知っている歴史は、もう完全な『正解の台本』じゃない。ただの『参考資料』に落ちたわ』


「……攻略wikiが、古いバージョンのまま更新されなくなった感じですか」


『そう。しかもパッチノートの配布は一切なし』


「最悪だ……」


 俺は、乾いた笑いを漏らすしかなかった。


 *


 俺は、戦そのものを止めることはできない。


 だが、今の俺にできることは確実にある。


 兵糧管理の混乱を減らし、末端の兵が民から無理な徴発を行うのを防ぐ。


 陣中の水場と衛生状態を管理し、疫病を防ぐ。


 戦場周辺の避難路を確保し、寺社や文化財を保護する。


 大坂周辺の民間人のための逃げ道を作り、戦後の飢饉対策の準備を始める。


「俺は、戦そのものは止められない。でも……戦の周辺で巻き込まれて死ぬ人は、減らせるかもしれない」


『それでいいのよ』


「俺は神じゃない。歴史の責任者でもない。……徳川国松として、できることだけをやります」


『ようやく、少しだけ賢くなったわね』


「褒め方が相変わらずひどい」


 *


 地図の上で、大坂城を囲む徳川軍の赤い印が、さらに増えていく。


『大坂冬の陣:開戦直前』


『徳川軍包囲圧力:史実比大幅上昇』


『兵糧余力:史実比上昇』


『民心:徳川側優勢』


『豊臣側士気:強硬派高/現実派不安増大』


『冬の陣結果:未確定』


『夏の陣発生確率:激しく変動中』


『歴史安定性:低下』


「……夏の陣が、あるかどうかも分からない、か……」


『歴史が変わるって、そういうことよ』


 大坂城は、まだ燃えていない。


 だが、その周りには、史実以上に分厚い徳川の軍勢が、静かに、だが確実に集まりつつあった。


 その中には、俺が泥にまみれて増やした米を食う兵がいる。


 俺の名を、水神の加護として信じて疑わない民がいる。


 徳川の世こそが豊かだと信じ、豊臣を古い時代の火種だと冷たく見る者たちがいる。


 胸が痛い。


 けれど、KAMI様の言う通りだ。


 俺は歴史そのものの責任者ではない。


 俺はただ、徳川国松として、この時代を生きているだけだ。


 ならば、できることを泥臭くやるしかない。


 戦を止められぬなら、戦の周りで死ぬ人を減らす。


 燃えるものを減らす。


 飢える者を減らす。


 黄金の田から生まれた米は、今や大坂を囲む兵たちの腹を満たしている。


 そして歴史は、俺の知るものとは少し違う形で……後戻りできない場所へと、粛々と進み始めていた。



最後までお付き合いいただき感謝します。


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KAMI様の言うように国松君がやれる範囲の事をやるしかないなあ。
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