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暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜  作者: パラレル・ゲーマー
第三部・真面目に水神する編

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第25話 水神様、未来で秘密結社の始祖にされる

 慶長十七年、旧暦十二月末。


 永冷石と永熱石という、とんでもない異星文明アーティファクトのお披露目会から数日後。


 俺は江戸城の一室で、途方もない量の半紙と帳面の山に埋もれていた。


「……神仏ノードを巡回して、港まで見て、ついに奇跡の石が出てきたと思ったら、結局俺がやってるのって、ただの事務仕事じゃん……」


 俺の前にあるのは、大御所様と秀忠父上の命で作成を押し付けられた、「御異物改方おいぶつあらためかた」の初期の管理台帳だった。


 永冷石の保管記録。永熱石の保管記録。検分日時。立会人の署名。使用禁止事項。触れてよい者の役職。触れてはいけない者の範囲。保管箱の封印方法と、鍵の管理者。竹千代兄上の承認欄に、家康公・秀忠公の最終確認欄。そして、俺の独断による「増殖実験」の絶対禁止条項。


「これ、前世で見た工場の『危険物管理台帳』と完全に同じ構造だぞ……。江戸時代にISO認証でも取る気か?」


 俺が筆を放り投げて愚痴っていると、懐の端末がブルッと震えた。


『推奨:異物管理体制の早期整備』


『推奨:封蔵記録様式の全域統一』


『推奨:使用許可者・権限レベル一覧の作成』


『推奨:紛失時・異常時の対応手順の策定』


「……端末まで、完全に総務部とか管理部のノリなんだよなぁ!」


 俺の悲痛な叫びを他所に、ふすまが開いて竹千代兄上が静かに入ってきた。


「国松。文句を言うな」


「兄上……これ、本当に数えで七歳の子供にやらせる仕事ですか?」


「七つの子供が、火と冷を生む奇跡の石を『増やせる』などと、大御所様の前で口を滑らせるからだ」


「……返す言葉もございませぬ」


 俺は、ぐうの音も出ずに平伏した。


 竹千代は、俺が書きかけの半紙を手に取り、淡々と確認していく。


「『御異物改方』は、まず立派な名前より、実を伴う手順だ。何を異物と定義し呼ぶか。誰がそれを検分し、誰が封印するか。誰が使用の許可を出すか。……そして万が一、紛失・盗難に遭った場合、誰が腹を切って責を負うか。それを明確に決めねば、組織は動かぬ」


「……兄上、完全に冷徹な官僚の顔になってますよ」


「お前のせいだ」


「すみません」


     *


「でも、兄上」


 俺は、帳面の隅を指差してぼそりと言った。


「組織の表向きの名前は『御異物改方』でもいいですけど、やっぱり裏の名前は『八咫烏やたがらす』がいいなぁ……」


 竹千代は、冷たい目で俺を見下ろした。


「表に出す名ではないと言ったはずだ」


「表には出しません! あくまで、秘密結社の符牒です」


「秘密結社などという胡乱な言葉を使うな。これは公儀の厳正なる管理部署だ」


「御異物改方、裏の名は八咫烏……めちゃくちゃカッコいいじゃないですか」


「お前は、カッコよさで政をする気か」


 竹千代の正論パンチに、俺はしょんぼりと肩を落とした。


 だが、竹千代は俺が書いた「八咫烏候補」の文字を完全に墨で塗りつぶすことはしなかった。


「……だが」


 竹千代は、少しだけ声を落として言った。


「内々の符牒として残ることまでは、完全に否定はせぬ。表に出さぬ限りはな」


「兄上! そこは許してくれるんですね!」


「許したわけではない。現実の政において、呼びやすい名や象徴というものは、上の者が禁じても、現場で勝手に残るものだと言っているだけだ」


 兄のその実務家らしい諦観に、俺は少しだけ嬉しくなった。


     *


 竹千代が去った後、半兵衛が清書用の新しい帳面を持ってきた。


「若君、表題を書き入れまする」


『水神様、異天の秘器を封じ給う御始末覚』


「だから! 神話にするな!!」


 俺が本気で怒鳴ると、半兵衛はしょんぼりとして書き直した。


『奇物・異物封蔵仮台帳』


「よし、それでいい! 実に事務的で地味だ!」


 俺が安堵した隙を突き、半兵衛は欄外の端の端に、米粒よりも小さな字で書き添えた。


『八咫烏之始』


「……始まってない! まだ全然始まってないから!」


「今後の、後進の者たちのためにも、歴史の起点は記しておくべきかと」


「後って何だよ! 俺が死んだ後の話か!」


     *


 半兵衛も下がり、俺は再び一人で静かな部屋に残された。


 目の前には、まだ書きかけの台帳の山。


「……田んぼ、水路、祠、経蔵、港、そして奇跡の石……。全部、最後はこうやって地味な『帳面』に戻ってくるんだな」


 俺は、筆を転がして深く息を吐いた。


「チートを手に入れたはずなのに、俺に降ってくるのは万能の解決能力じゃなくて、『仕事を増やす理由』と『事務作業』ばっかりだ……」


 その時、俺の視界の端にポップアップが割り込んできた。


『KAMI:やっほー。事務仕事、楽しそうね』


 空間が小さく歪み、行灯の薄暗い光の中に、KAMI様がふわりと姿を現した。


 今日の彼女は、いつものゴスロリドレスではなく、現代風の少しダボッとした黒いパーカー姿だった。しかも、その両手には、どう見ても現代のファストフード店の包み紙に入ったハンバーガーと、氷の入った紙コップの飲み物が握られていた。


 俺は、そのハンバーガーから漂う強烈なジャンクフードの匂いに、完全に視線を釘付けにされた。


「……良いなぁ。ジャンクフード……ポテト……コーラ……」


 KAMI様は、パティを一口かじり、ふんふんと鼻を鳴らした。


「あげないわよ?」


「食べかけなんて要りませんよ……。でも、一口くらいなら……」


「ダメ。これはね、現代文明の勝利の味よ。肉、脂、塩、砂糖、そして小麦のパン。人類が欲望をこれでもかと挟み込んだ食べ物ね。粗食の江戸時代でこれを食べると、背徳感がスパイスになって最高なのよ」


「……江戸時代で毎日冷めた粗食を食ってる七歳児に見せびらかすの、性格悪すぎませんか?」


「私、自分が性格いいなんて一度も言ってないわよ」


「……それはそう」


     *


 KAMI様は、ハンバーガーを咀嚼しながら、唐突に話題を変えた。


「それで、結局『御異物改方』を公儀で設立することになったじゃない?」


「まだ俺が、一人で泣きながら仮の台帳を作ってるだけの段階ですけどね」


「まあ、そうね」


 KAMI様は、ストローでコーラをズズッと啜った。


「でも、あんた。あれで歴史変えたわよ」


 俺は、筆を持ったまま固まった。


「……へー。どういう風にですか?」


 KAMI様は、実に軽い口調で、とんでもない未来の歴史を語り始めた。


「まず、未来の日本の“表に出ない政府筋”では、その組織……あんたの希望通り、内々の符牒として『八咫烏』って呼ばれてるわね」


「おっ!」


 俺は思わず膝を叩いた。


「俺の厨二病ネーミング、生き残りじゃん! やったね!」


「もちろん、あんたが前世のネットで見たような『裏天皇が日本を影から牛耳ってる』みたいな、胡散臭い陰謀論の八咫烏じゃないわよ」


「分かってますよ。俺の作ったただの危険物管理部署ですからね」


「そう。未来における八咫烏は、表向きは存在しないけれど、政府公認の『異星文明テクノロジー・危険異物管理機関』って感じに育つわね」


 KAMI様は、ハンバーガーの包み紙をクシャッと丸めた。


「日本国内に点在する既存技術外の遺物、危険なアーティファクト、そして星間文明由来のゴミ……じゃなくて遺物を、勝手に私物化させず、かなり適切に管理・封印するようになるわ」


「今、完全にゴミって言いかけましたよね」


「現代の科学基準だと、ゴミみたいなものも多いのよ。でも、時代と使い方によっては国を滅ぼす宝になる。昨日も学んだでしょ?」


     *


 俺は、KAMI様の語る未来像に、少しワクワクし始めていた。


「すごい……。俺が欲しかった『危ないものを管理する組織』そのものじゃないですか。で、未来の八咫烏って、どんな風に暗躍するんですか? やっぱりロマンある秘密結社なんですよね?」


 KAMI様は、呆れたように肩をすくめた。


「あんたが思ってるより、ずっと地味よ。彼らは表の歴史にはほとんど出ない。江戸時代からずっと、ひたすら異物を拾って、記録して、封じて、保管庫にしまって、使う時の条件を厳密に決めるだけ」


「……」


「明治、大正、昭和、平成……そしてその先の時代まで、名前や所属を変えながら形は残るわ。神社仏閣の奥、古い蔵、唐物、南蛮の漂着物、戦国の遺物、隕石、怪しい金属板、謎の石……。そういうものを、人間の欲望で勝手に使わせないための、ただの『裏方の事務方』ね」


「……俺の今の人生と、全く同じじゃないですか」


「そうね。ほぼ、台帳管理と保管庫の鍵閉め、あとは口止めと根回しの組織よ」


「地味すぎる……!」


「でもね」


 KAMI様が、ニヤニヤと笑いながら顔を近づけてきた。


「その地味な八咫烏の内部では、あんた、めちゃくちゃ尊敬されてるわよ」


「……俺が?」


「ええ。偉大なる『始祖』としてね」


 俺はポカンとした。


「始祖……」


「そう。『初代・御異物改方創設者』。『水神公』。『異物封蔵の祖』。そして……『人類を星の遺物から守った童君』」


「ちょっと待って! 最後の一つ、明らかに属性盛りすぎでは!?」


「何百年も続く秘密結社の内部神話なんて、そんなものよ」


「ええええ……」


「しかもね」


 KAMI様は、わざとらしく居住まいを正し、低い声を作った。


「あんたの残した言葉が、彼らの絶対の『理念』として残ってるわ」


「へー。どんな言葉ですか?」


「聞きたい?」


「教えてください」


 KAMI様は、ゆっくりと、はっきりと口にした。


「『異星文明から、人類を守れ。……人類の欲から、異星文明の遺物を守れ。――未来を、守れ』」


 俺は、全身に鳥肌が立つのを感じた。


「……カッコいい……! めちゃくちゃカッコいい理念じゃないですか! 俺、そんなシビれること言うんですか!?」


「まだ言ってない言葉よ」


「……え?」


「未来のあんたが言うのよ。たぶんね」


     *


 その瞬間、俺の背筋に、熱狂とは違う「冷たいもの」が走った。


「……ちょっと待ってください」


 俺は真顔になった。


「……つまり。俺がそんな、人類がどうのこうのなんて大層な言葉を、本気で叫ばなきゃいけないような『絶望的な大事件』が、いつか必ず起こるってことですか?」


 KAMI様は、紙コップのコーラを再びズズッと啜り、小首を傾げた。


「さあ?」


「その『さあ?』が一番怖いんですよ!!」


「未来は固定じゃないわ。あんたが動いた時点で、枝分かれしてる。今見えてる八咫烏の未来も、このまま進んだ場合の『有力ルート』の一つに過ぎないわ」


「じゃあ、変えられる?」


「変えられるわよ」


 KAMI様は、少しだけ真面目な声になった。


「でも、あんたが『異物を管理して封印する』という最初の行動を起こしたこと自体が、もうかなり強い歴史の分岐点になったの。……ここから先の日本は、『変な未知の物を拾ったら、とりあえず使わずに隠して、細かく記録する国』になりやすいわ」


「……それって、人類にとって良いことなんですか?」


「少なくとも、得体の知れないテクノロジーを雑に使って、自滅して世界を吹き飛ばすよりは、ずっとマシね」


     *


「勘違いしないことね、国松」


 KAMI様が、冷たい声で釘を刺した。


「未来の八咫烏は、英雄組織じゃないわ。世界を救う正義の秘密結社でもない。……やることは、ただ拾う、記録する、隠す、使わせない、そして必要な時だけ厳格な条件で使う。ひどく退屈で、陰気で、誰からも感謝されない仕事よ」


「……完全に俺向きの仕事じゃないですか……」


「でしょ?」


「全然喜べない!」


「でもね」


 KAMI様は、少しだけ優しい目をした。


「そういう地味で退屈な組織があるから、歴史の『派手な破滅』が減るのよ」


「派手な破滅……」


「例えば、あの永熱石を、大名が勝手に量産して火薬の乾燥や冬の兵站に使う。永冷石を、商人が独占して薬と食料の流通を牛耳る。……あるいは、これから見つかる異星文明の別の遺物を、意味も分からずカルトの祭具として使う。……そういう人間の欲望の暴走を、裏で地味に止めるのが、八咫烏の役目よ」


 俺は、深く頷いた。


「……やっぱり、必要な組織だな」


     *


「でも……」


 俺は、少しだけワクワクした気持ちを隠しきれずに聞いた。


「未来の八咫烏って、表には出ないんですよね?」


「ええ。表向きはただの学術行政の一部署、財団法人、特殊研究所、保管庫、文化財管理機関……いろんな地味な名前に分かれて隠れてるわ。『八咫烏』なんて裏の名前を知っている人間は、内部でもごく一部の上層だけよ」


「おお……」


「でも、精神は確実に残ってる」


「精神?」


「未知を秘せ。記録せよ。使うな。守れ」


「地味だけど、最高にカッコいい」


「あんたらしいでしょ?」


「褒められてる気がしない」


 俺は、さっきKAMI様が言った「未来の俺の標語」を心の中で反芻した。


『異星文明から、人類を守れ』


『人類の欲から、異星文明の遺物を守れ』


『未来を、守れ』


「……これ、言葉だけ聞くとかっこいいけど。言うシチュエーションは、絶対にろくでもない絶望的な状況ですよね」


「ふふふ。見ものね」


「楽しむな!!」


「でも、いずれ歴史の分岐点で、絶対に必要な言葉になるわよ。……たぶんね」


「その『たぶん』が本当に怖い」


「未来の八咫烏がその言葉を大事にしてるってことは。少なくとも、その言葉で『誰かが破滅のボタンを押すのを踏みとどまった』ってことよ。誇りに思いなさいな」


 その言葉には、不思議な説得力があった。


     *


 KAMI様は、ハンバーガーの包み紙と紙コップを空中でポンと消し去った。


「じゃ、私は食べ終わったから行くわ」


「食べ終わったついでに、歴史改変の重すぎる話をポイ捨てしていくな!」


「あんたが一人で暇そうに事務仕事して愚痴ってたから、わざわざ励ましに来てあげたのよ?」


「励まし方が怖すぎるんだよ!」


「じゃあね。台帳、ちゃんと真面目に作りなさいよ」


「結局、そこかよ!」


 ふわりと、KAMI様の姿が虚空に溶けて消えた。


     *


 静寂が戻った部屋。


 俺は、再び半紙と筆に向かい合った。


 さっきまでの「面倒くさい」という愚痴は消え、少しだけ真剣な気持ちになっていた。


 俺は、御異物改方の仮台帳の冒頭、一番最初の余白に、筆を下ろした。


 未来の俺が言うらしいカッコいい名言ではない。


 今の、七歳の等身大の俺が言える、もっと拙く、泥臭い言葉。


『異物は、使う前に、まず必ず記すこと』


『記した後、使わずに済むならば、厳重に封ずること』


『どうしても使う時は、今の得だけでなく、必ず後の世の害を考えること』


「……これくらいなら、今の俺でも言える」


 俺が筆を置くと、端末の画面に青白い文字が浮かんだ。


『御異物改方・基本方針草案を確認』


『未来分岐:安定化傾向』


『八咫烏名称:内部符牒としての残存可能性、上昇』


「……残るのかよ、八咫烏」


 俺は、少しだけ苦笑した。


 俺は、未来で自分がどんな顔をして、どんな絶望的な事件の中で、あのカッコいい言葉を口にするのか知らない。


 ただ、今の俺にできるのは、目の前の二つの奇石を、誰かの欲望で勝手に使われないように、地味に記録して封印することだけだった。


 神仏ノードは、俺にしか直せない。


 だが、異物は、誰でも拾えてしまう。


 だからこそ、誰かが記録し、誰かが封じなければならないのだ。


「……未来を、守れ、か」


 まだ俺には早すぎるその言葉を、俺は小さく呟いて、帳面の一行目に、ただひたすらに事務的な保管記録を書き込み始めた。

最後までお付き合いいただき感謝します。


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― 新着の感想 ―
何故かSCP財団みたいな代物が出来てたな。
という事は、その内野良の陰陽師とか出て来るのだろうかワクワク。
これあの作品の過去話だったんですね。 そうか、江戸時代からトンデモに振り回される部署があるのか。
感想一覧
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