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暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜  作者: パラレル・ゲーマー
第三部・真面目に水神する編

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第22話 水神様、明ですべて解決しようとして怒られる

 慶長十七年、旧暦十二月下旬。


 江戸の空は低く、凍てつくような冬の木枯らしが城の瓦屋根を叩いていた。


 農閑期の静寂の中、俺は自室の文机に突っ伏し、懐から引っ張り出した端末の青白い画面を延々と睨みつけていた。


『高リスク知識:疱瘡予防/封印中』


『食料基盤改善:継続』


『医療基盤整備:未着手』


『羅馬法王通話構想:条件未達』


『外海経路:準備段階』


『推奨:低リスク知識・物資調達による土台形成』


「……食料も、医療も、外海の知識も、翻訳用の語学力も、全部足りない」


 俺は呻き声を上げた。


「『疱瘡予防』なんていう劇薬をいつか安全に出すためには、日本の医療レベルと食料生産力そのものを一段階引き上げなきゃならない。でも、俺の前世の薄っぺらい知識だけじゃ限界があるし、国内の寂れた寺社ノードをポチポチ再起動するだけじゃ、とてもじゃないが追いつかないぞ……」


 羅馬への道は、伊達の船が出てから先の長い仕込みだ。


 教皇庁に通話札を届け、向こうと話せるようになるとしても、それは今すぐではない。


 だが、明の書物や薬種なら、唐船や商人の流れを使えば、今すぐ調べ始められるかもしれない。


「じゃあ……この時代、このご近所で、一番まとまった知識と物資と文明力を持っている『チート国家』はどこだ……?」


 俺の脳裏で、世界史の知識がパズルのように組み合わさった。


「……明だ!!」


 俺は弾かれたように立ち上がった。


「そうだ! この時代の東アジア最強の知識チート国家、明国があるじゃないか! 漢方の医書、高度な農書、正確な暦、貴重な薬種、それに絹、砂糖、陶磁器……全部揃ってる!」


 俺のテンションが、一気に限界突破した。


「ローマ教皇より先に、明じゃん!! 明と真っ正面からガッツリ貿易すれば、食料も医療も技術不足も、だいたい全部一発で解決するのでは!?」


 その瞬間、端末の画面がピカッと赤く光った。


『警告:明国公式国交/外交難度【高】』


「知ってたけど、今それ言うな! 俺の希望の光に水を差すな!」


     *


 翌朝。


 俺は朝餉もそこそこに、竹千代兄上の部屋に飛び込んだ。


「兄上! 明です!」


「朝から唐突すぎる。また何かおかしな知恵でも出たか」


「疱瘡予防の知識をいつか安全に世に出すには、食料と医療の圧倒的な土台が要ります! そこで、明の農書と医書と薬種です!」


 俺は身振りを交えて熱弁を振るった。


「同じ漢字文化圏ですから、南蛮の言葉よりはるかに扱いやすいですし、羅馬よりずっと近いです! 公儀として明と正式に国交を結び、大々的に貿易しましょう! これで日ノ本の問題はだいたい解決します!」


 竹千代は、筆を持ったまま無言で俺の熱弁を聞き流していた。


 そして、一息ついた後、静かに、ひどく冷たい声で言った。


「……大御所様に、今の言葉をそのまま言ってみろ」


「えっ? ……怒られませんか?」


「間違いなく怒られるだろうな」


「止めてくださいよ!」


「止めても、お前はどうせどこかで同じことを言う。ならば、傷が浅いうちに大御所様の御前で完膚なきまでに叩き潰されておけ」


「兄上、教育方針が荒すぎます!」


     *


 というわけで、俺はその日の午後、家康公と秀忠父上の御前に引きずり出されることになった。


 出席者は俺、竹千代、家康、秀忠の四人のみ。


 前回の「歴史改変」の重い報告会よりは、少し実務的な空気だ。


 俺は、竹千代の冷ややかな視線を背中に浴びながら、朝と同じ熱量でプレゼンを切り出した。


「大御所様、父上! 将来、命を救う知識を広めるためには、食料と医療の強固な基盤が必要です! そのために、明の農書、医書、薬種、そして暦書を、公儀の力で大々的に取り寄せたいのです! 明と国を挙げて貿易できれば、我々の抱える問題のかなりの部分が解決するはずです!」


 俺が言い終わった、次の瞬間だった。


「無理じゃ」


 家康は、瞬き一つせず、即答で一刀両断した。


「……えー。やっぱり、そうですよね」


 俺がシュンと縮こまると、横で竹千代が小さく息を吐いた。


(大御所様も、国松の極端な飛躍の扱いにすっかり慣れてこられたな……)


 そんな兄上の呆れた心の声が聞こえたような気がした。


     *


「よいか、国松。明と正面から国交を結び、こちらの好きなように物を買うなど、そう簡単な話ではない」


 家康は、天下人としての冷徹な「国際政治の現実」を、七歳の小童に叩き込んできた。


「あの太閤殿下が起こした、朝鮮出兵の血の記憶が、明にとっても我らにとっても、未だ生々しく残っておるのだぞ。明から見れば、日ノ本は最も警戒すべき危険な武の国よ。過去の倭寇の記憶もある」


 秀忠も、重々しく言葉を継ぐ。


「明の側にも、海を封じる面子や内情がある。こちらから正式な使節を出せば、今度は格式や、属国として頭を下げるのかという『国威』の問題になる。下手に頭を下げれば日ノ本の中が荒れ、下手に強く出れば、再び戦の火種になる」


 俺は、だんだんと自分の身体が小さくなっていくのを感じた。


「……国際関係って、めちゃくちゃ重いですね」


「それを、お前は一言で『明と貿易しましょう! 全部解決!』と屈託なく言うから、こちらの胃が痛くなるのだ」


 秀忠が、心底疲れた顔でこめかみを押さえた。


「親子ですね、父上。私も知識チートの重さで常に胃が痛いです」


「……」


 秀忠は何か言いかけ、結局、少し気まずそうに目を逸らした。


     *


 だが、家康は俺の提案を完全否定したわけではなかった。


「だがな、国松。そなたが『何故それを欲しているか』はよく分かる」


「……分かっていただけますか!」


「農書、医書、薬種、暦書。いずれも、天下の民を養い、命を救う強固な土台となる。明の数千年の知恵の蓄積は、確かに日ノ本にとって喉から手が出るほど大きい」


 家康は、にやりと笑みを深めた。


「だからこそ、国と国で正面から馬鹿正直にぶつかるのではなく、裏の『商いの流れ』で拾い上げるのだ」


「……商いの、流れ?」


「そうだ。唐人の船、長崎、平戸、堺、京都の豪商たち、そして海を渡る朱印船。正面の巨大な門が固く閉じておるのならば、水面下で物が流れる『水路』を探せばよい」


 家康の言葉に、俺はハッとした。


「また、水路の話に戻った……!」


 竹千代が、横で静かに補足した。


「商いもまた、水と同じなのだ。流れを握り、必要なものを引き込み、不要なものを堰き止める。それが政だ」


「兄上、相変わらず例えが上手すぎますね」


     *


「では、欲しいものを分類しよう」


 竹千代が、俺の前に半紙を広げ、筆を手にした。


【低リスク・優先して集めるもの】


「農書、水利の記録、作物の栽培法、飢饉への備えの書」


 俺が言うと、竹千代が書き込む。


【中リスク・慎重に扱うもの】


「医書、漢方薬、薬種。それから……暦書や、一部の航海術の知識。あとは生糸や絹織物、砂糖などの唐物ですかね」


【高リスク・厳禁または監視すべきもの】


「硝石。それから火器の作り方。兵法書。築城術。大規模な鉱山や製鉄の書……それと、宗教を煽動するような文書ですね」


 竹千代の分類表を見て、俺は感嘆した。


「すごい。あれだけ漠然としていた『明の知識が欲しい』が、分類された途端に一気に現実的な調達計画になりましたね」


「最初から、このように分類して私のところへ持ってこい」


 秀忠の厳しいツッコミに、俺は「すみません」と小さくなった。


 その時、俺はうっかり小声で呟いてしまった。


「……火薬の原料になる硝石も、公儀でガッツリ管理できるなら、土木とかで少しは欲しいところですけどねぇ……」


 瞬間。


 懐の端末の画面が、物理的に布を貫通するほどの真っ赤な光を放った。


『【警告】軍事転用リスク【高】』


『大名間の軍事均衡を不可逆的に変動させるリスクあり』


『推奨:現段階での開示・調達は絶対非推奨』


 同時に、家康、秀忠、竹千代の三人の視線が、氷の刃のように俺に突き刺さった。


「国松」


「国松」


「国松」


 三人から同時に名前を呼ばれ、俺は文字通り縮み上がった。


「い、今のなしで!!」


「なしにはならぬ。はっきりと聞こえたぞ」


 家康が言う。


「じゃあ、封印で!!」


「最初からそうしろ」


 竹千代が冷たく切り捨てた。


(俺の口の軽さ、本当に命取りだな……!)


     *


 俺は必死に取り繕いながら、真意を説明した。


「わ、私が欲しいのは、決して戦のための物ではございません! 疱瘡予防をいつか出すための医療の基盤。増えた人を食わせるための農業の基盤。飢饉に耐えるための備蓄と薬。……そのために必要な明の知恵だけなのです!」


 家康は、鋭い視線を少しだけ和らげ、深く頷いた。


「分かっておる。だからこそ、許す」


「……許す?」


「明と正面から国交を結ぶという世迷言は許さぬ。だが、唐物と漢籍を、商人の流れを通じて集めることは許そう」


「ただし、全ては公儀の厳重な管理下においてだ」


 秀忠が続ける。


「国松単独の、お小遣いでの買い物ではないからな」


 竹千代も釘を刺す。


「……明の巨大通販で気軽にポチるみたいにはいかないか」


「巨大通販?」


「異国の、何でも届く巨大な商店の比喩にございます」


「……明ではないのだな?」


「はい」


     *


 家康は、具体的な調達の網を張るよう命じた。


「長崎奉行筋へ探りを入れよ。平戸の唐船、南蛮船の荷も調べさせよ。堺や京都の豪商たちに、漢籍と薬種の在庫を吐き出させよ。朱印船の者どもから、海を渡って流れてくる物資の目録を出させよ」


 家康の言葉は、次々と巨大な組織を動かしていく。


「生糸、薬種、農書、医書は分けて報告させよ。硝石、兵法、火器に関わるものは別枠で厳重に監視しろ。異国の宗教文書が紛れ込んでおれば、天海か竹千代を通して即座に封印じゃ」


 俺は目を輝かせた。


「おおっ! 唐物調達の巨大ネットワーク構築ですね!」


「言い方は相変わらず軽いが、そういうことじゃ」


「ただし」


 秀忠が冷や水を浴びせる。


「銀を無闇に垂れ流すな。生糸や薬種は確かに喉から手が出るほど欲しいが、日ノ本の銀が外へ流出するのをいかに抑えるかも、極めて重要な政だ」


「……経済も、政治なんですね」


「当然だ」


 竹千代が即答した。


     *


 俺たちが方針を固めていると、隣の部屋で控えていた半兵衛が呼ばれた。


「若君、私が欲しい物の目録を帳面に整えましょう」


 半兵衛が、勢いよく筆を走らせて表題を書こうとする。


『水神様御所望唐物并明国万物調達之覚』


「半兵衛! 万物調達とか書くな! めちゃくちゃ怪しい密輸組織の闇のリストみたいになるだろ!」


「では、いかがいたしましょうか」


「『唐物・漢籍・薬種調達候補覚』! これでいい!」


「最初からそれにしろ」


 竹千代が呆れる。


「では、国松様の御発案であることは、例によって欄外に小さく……」


「書くな!」


「事実でございますゆえ」


 半兵衛は、俺の制止を華麗にスルーして米粒のような文字を書き添えた。


     *


 俺は、半兵衛が書き出した調達候補リストを、こっそりと端末の「歴史影響予測」に照らし合わせた。


『農書:影響度【低〜中】。推奨:国内の試験地に限定しての翻案・実践』


「よし、農業知識はいける」


『医書:影響度【中】。推奨:既存の医師・薬師との共同確認。警告:文化・体質の違いによる誤用で死亡リスクあり』


「やっぱり、医療は翻訳ミスや勘違いが一番怖いな。慎重にいこう」


『暦書:影響度【中〜高】。警告:国内の暦権威、朝廷の陰陽道・儀礼と衝突する危険あり』


「うわ、暦も地雷か。これはもっと後……星見のノードとかを見つけてからじゃないと手を出せないな」


『生糸・絹織物:経済影響【中】。警告:国内の銀流出、および奢侈品化に注意』


「経済アラートまで出るのかよ、この端末……」


『硝石:【高リスク】。監視対象』


「見なかったことにしよう」


「見ろ」


 背後から竹千代の声がした。


「見ろ。監視しろ。だが、絶対に使うな」


「兄上、チェックが厳しすぎます」


     *


「よいか、国松」


 家康が、最後に全てをまとめるように言った。


「明を正面から求めるな。唐物の流れを握れ。欲しいものを細かく分けよ。危険なものは固く封じよ。……そして、商人を使え。だが、決して商人に握られるな」


「商人に握られるな、ですか」


「そうだ。知識も物も、それを手に入れる『道』を他人に握られてしまえば、こちらが永久に振り回されることになる」


 家康は、ニヤリと笑った。


「水路と同じじゃ。流れは見よ。だが、流れに流されるな」


「大御所様のたとえ話、毎回強すぎますね……」


「そなたが『水』の話なら、一番理解が早いからじゃ」


(大御所様、本当に国松の扱いに慣れてこられたな……)


 竹千代の心の声が、またしても聞こえた気がした。


     *


「唐物の『流れ』を直に掴むなら……」


 俺は、端末のマップの端を思い浮かべた。


「近郊の道祖神ノードの次は、やはり『港湾』や『船着き場』のノードを見に行く必要がありますね。船着場、荷揚げの様子、潮の流れ、そして流通の拠点……」


「よかろう。だが、まずは江戸近郊で済ませよ」


 家康が言う。


「いきなり『長崎や平戸まで行きたい』などと言うなよ」


 秀忠が釘を刺す。


「……言おうと思ってました」


 三人の冷たい視線が、再び俺に突き刺さる。


「今のなしで」


「なしにはならぬ」


 竹千代が切り捨てた。


     *


「国松」


 秀忠が、不意に父親としての真剣な顔で俺を見た。


「明も、南蛮も、海の向こうの異国も、全ては危険な海だ。そなたの望むものが『米と薬』であっても、それを運んでくる商人の望みは『金』であり、あるいは『宗門』であり、国を乗っ取る『力』やもしれぬ」


「……はい」


「人の欲を、決して甘く見るな」


「肝に銘じます」


 現将軍からの、重すぎる現実の警告だった。


     *


 帰り道。


 江戸城の廊下を歩きながら、俺は竹千代に言った。


「兄上。明ですべて解決! とは、いきませんでしたね」


「当然だ。世の中、そんなに都合よくはできておらぬ」


「でも、唐物と漢籍の調達ルート構築は許可されましたよ」


 竹千代は、足を止めて俺を見た。


「国松。許可されたのは『欲しいものを安全に調べること』だ。お前が商人に金をばらまいて買い漁る許可が出たわけではないぞ」


「……また、果てしない『準備段階』ですか」


「準備が一番大事なのだ」


「兄上が、どんどん冷徹なプロジェクト管理者っぽくなってますね」


「誰のせいだと思っている」


     *


 夜。


 自室で端末を開くと、新しいタスクが追加されていた。


『唐物・漢籍・薬種調達候補覚:作成』


『明国公式国交:非推奨』


『唐船・朱印船・商人経由の調達:推奨』


『農書収集:低〜中リスク(段階的検証)』


『医書・薬種収集:中リスク(専門家連携)』


『硝石・兵法・火器:高リスク監視対象』


『港湾ノード調査:推奨』


「結局、また地味な目録作成と、現場調査かよ……」


 画面の上に、KAMI様からのポップアップが飛んできた。


『KAMI:チートで一発解決! なんて魔法に頼るより、地味な調達計画とリスク管理を積み重ねる方が、文明ってのは長持ちするのよ』


「明と貿易して、全部一発で解決したかった……」


『KAMI:国際関係と歴史の重みを舐めすぎね』


「はい、反省してます」


 明は、確かに東アジア最大の知識の宝庫だった。


 だが、その宝庫の扉は、俺が思っていたよりもずっと重く、複雑で、血の記憶と面子と商人の欲で固く閉ざされていた。


 正面から無理やりこじ開けるのではなく、まずは流れてくるものを水際で見極める。


 唐船、商人、港、書物、そして薬種。


 水と同じだ。


 流れを知らずに無闇に手を突っ込めば、濁流に飲み込まれて死ぬ。


「……まずは、地道な唐物の目録作りからだな」


 端末には、相変わらず地味で冷たい青文字が浮かんでいた。


『適切な初期対応です』


「チートなのに、やることがずっと裏方の事務仕事なんだよなぁ……」


 俺の愚痴は、冬の冷たい夜空へと吸い込まれていった。

最後までお付き合いいただき感謝します。


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― 新着の感想 ―
大変だけど、とりあえず問答無用で切腹は無くなったぽいね。
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