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暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜  作者: パラレル・ゲーマー
第二部・広がる勘違い編

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12/24

第12話 今年の稲、明らかに揃っている

 草祓い車の試作と運用、そして鉄不足に端を発する山林問題に頭を抱えてから、三週間余りが過ぎた。


 季節は初夏から盛夏へと移り変わり、梅雨の名残を含んでいた江戸近郊の空気は、いつの間にかじりじりとした夏の熱を帯びている。


 田植えの頃には水面に頼りなく揺れていた苗も、今ではしっかりと泥に根を張り、株を太らせ、田んぼ全体がむせ返るような青々とした緑の波で覆われていた。


「鉄だの山だの海外貿易だのと、風呂敷を広げすぎたな……」


 俺は、端末に羅列された【山林資源調査】【鍛冶効率調査】【対外取引候補リスト作成】といった重すぎるタスク一覧を見つめながら、自戒するように呟いた。


「今すぐあれこれ手を出すと、確実にキャパシティを越えて自滅する。兄上が言った通りだ。『まずは目の前の田を見よ』……今年の米がどうなるか、それが何よりの最優先事項だ」


 現在、俺が直接手を入れている「竹千代様・御試み田法」の進捗は以下の通りだ。


 草祓い車は、試験区画において三週間にわたり継続運用中。


 水札を用いた水番制度は、御料地と上下の村々の間で少しずつ定着し始めている。


 榎戸村の井戸は、半兵衛が定期的に水量の観測を行っている。


 そして、竹千代兄上に渡した「通話札」は、まだ一度も正式な運用をしていない。


 俺は、気持ちを切り替えるように端末を懐にしまい、半兵衛と与平を伴って御料地へと向かった。


     *


「……これは」


 御料地の田んぼに到着した俺は、目の前に広がる光景に思わず息を呑んだ。


 強烈な日差しと蝉時雨の中、風が吹き抜けるたびに、青い稲の波がざわりと揺れる。


 遠目から見ても、明らかに「違い」が分かった。


 俺たちが手塩にかけた試験区画の稲だけが、幾何学模様のように整然と列をなし、さらに背丈が見事なまでに均一に揃っているのだ。


 隣り合う従来通りの植え方をした区画も、決して育ちが悪いわけではない。だが、列が乱れ、株の太さや背丈にばらつきがあるため、田んぼの表面がどこかデコボコとして見える。


(現代なら当たり前に見える整った田んぼの風景が、この江戸初期の時代だと、明らかに異質な『文明の形』に見える……。ただ線を揃えて植えて、初期設定を少し変えただけなのに、これほど景色が変わるのか)


 その視覚的な美しさと規則性に、俺は得も言われぬ心地よさを感じていた。


「若君」


 畔に等間隔で立てられた竹札の前で、半兵衛が嬉々として帳面を開いた。


「此度も、各区画の育ち具合を細かに計ってまいりました」


 なお、ここで使っている甲乙丙丁戊己は、以前の種籾選びで使った区分とは別である。


 本田に移してから、改めて比較しやすいように分け直したものだ。


 最初は、種籾と植え方、水管理の差を見るための区画だった。そこへ、草祓い車が形になってから、正条植えを行った区画の一部にだけ後から草祓い車を入れ、追加の比較区画として扱うことにしたのである。


 甲。


 従来の種籾、従来の植え方、手作業での草取り。


 乙。


 塩水選のみ。良い種を選んだが、植え方は従来通り。


 丙。


 正条植えのみ。種の選別はしていないが、列は揃えた。


 丁。


 塩水選+正条植え。


 戊。


 塩水選+正条植え+水札による水管理。


 そして己。


 戊の区画の一部に、後から草祓い車を継続投入した「全部入り」区画である。


「報告せよ、半兵衛」


「はっ。まず、従来法の『甲』に比べ、『己』の区画は、苗の背丈のばらつきが明らかに小さくございます。一番高い株と低い株の差が、甲の半分以下に収まっております」


 半兵衛は、数字がびっしりと書き込まれた頁を指差した。


「また、草取りに要した刻も、正条植えと草祓い車を組み合わせた区画では、従来よりも一割強から二割近く短くなっております。加えて、塩水選を行った区画では、田植えの後に枯れてしまった弱い苗の数が、目に見えて少のうございます」


 俺は、半兵衛の淀みない報告に感動を覚えていた。


「半兵衛……お前、完全に研究者になってるな」


「けんきゅうしゃ……とは?」


「帳面と数字の鬼だ。感覚ではなく、事実を比べる達人だよ」


「……光栄に存じます」


 半兵衛は、少し誇らしげに胸を張った。


     *


 実際に、各区画の畔を歩きながら自分の目で確認していく。


「やはり、従来の『甲』は人が入ると苗を踏みやすいし、草も残りやすいな。水が深すぎる場所と浅すぎる場所のムラもある」


「はい。『乙』の塩水選区画は、苗そのものは力強いですが、配置が乱れているため、草取りの手間は甲と変わりませぬ。『丙』の正条植え区画は草取りはしやすうございますが、弱い苗が混ざっているため、株の太さにばらつきが見られます」


 半兵衛が的確に補足する。


「種が良くても配置が悪いと管理が辛いし、配置が良くても種が弱いと揃いきらない、か。……そして『丁』の塩水選+正条植えから、一段階景色が変わるな」


 苗が均等な強さで、均等な間隔で並んでいるため、日当たりと風通しが劇的に良くなっているのが分かる。


 さらに『戊』の水管理区画は、水量のムラがないため、葉の色が最も濃く健康的に見えた。


 そして、全部入りの『己』の区画。


 列の間に草祓い車を通し続けたため、雑草が最も少なく、株の太さも背丈も驚くほど均等に揃っている。


(技術って、一つだけじゃ駄目なんだ。種、植え方、水、道具、そしてそれを記録するシステム。これら全部が繋がって、初めて『農業の底上げ』という結果になるんだな)


 俺が深い満足感に浸っていると、それまで黙って稲の根元を観察していた与平が、静かに口を開いた。


「若君様。これは確かに、見事な育ち具合にございます。百姓を長年やっておりますが、これほど揃った田は見たことがございませぬ」


「そうだろう! これなら秋には――」


「……されど」


 与平は、俺の浮かれた言葉をピシャリと遮った。


「されど?」


「よく育った稲ほど、秋に穂が重くなれば、風で倒れやすうございます」


 与平の厳しい職人の目が、俺を真っ直ぐに射抜いた。


「今これほど美しく揃っていても、刈るまでは決して米ではございませぬ。風、虫、病、あるいは水の一度の乱れで、これまでの苦労が全てひっくり返るのが、田というものにございます」


 俺は、浮き足立っていた自分を恥じるように、小さく息を吐いた。


「……分かっている。台風、虫害、水不足、倒伏。いくらでも事故の種はある」


 与平は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに深く頷いた。


「そこまでご存じならば、よろしゅうございます。……老婆心ながら、出過ぎた真似を申しました」


「いや、助かる。知っているだけで、全てを防げるとは限らないからな」


 その時、懐の端末が「ブルッ」と短く震えた。


 こっそりと画面を覗き込む。


『稲生育観測:中間評価』


『塩水選区画:弱苗率低下』


『正条植え区画:作業導線改善』


『草祓い車区画:除草労力低下』


『総合評価:試験継続推奨』


『警告:収穫前の慢心・非推奨』


「……最後の一文、絶対に要らないだろ。KAMI様の性格の悪さが出てるぞ」


 俺が小声で毒づくと、画面にポップアップ通知が重なった。


『KAMI:慢心したら、秋の台風で全部倒れて泣くことになるわよ?』


(不吉な予言をするな! フラグになるだろ!)


『KAMI:農業ってそういうものでしょ。せいぜい気をお引き締めなさいな』


     *


「……よし。この中間結果、兄上に報告しよう」


 俺は、懐から木札――低機能版通話札を取り出した。


 急ぎの用事ではない。


 だが、竹千代は「遠出した時は報せよ」「失敗も隠すな」と言っていた。


 試験運用も兼ねて、ここで一度報告を入れておくべきだろう。


 周囲に人がいない場所まで少し離れ、俺は木札に向かって話しかけた。


「兄上。国松です。御料地より、田法の中間報告にございます」


 数秒の沈黙の後、木札から少しノイズの混じった、しかし紛れもない竹千代の声が響いた。


『……聞こえている。どうした、何かあったか』


「悪い知らせではありません。稲の育ちが、明らかに揃っております」


『……揃っている?』


「はい。目で見てはっきりと分かるほどに。特に、種を選び、まっすぐ植え、水と草を管理した区画は、従来の田とは明らかに育ちの良さが違います」


 木札の向こうで、竹千代が小さく息を呑む気配がした。


『……まことか。目に見えて違うのだな』


「はい、兄上。半兵衛の帳面でも、数字としてはっきりと差が出ております」


 声には出していないが、竹千代の喜びが伝わってくるようだった。


 だが、次期将軍たる彼は、すぐに感情を引き締めた冷徹な声を返してきた。


『……まだ喜ぶな。刈り入れまで見よ』


「はい。先ほど、与平にも全く同じことを釘を刺されたところです」


『ならば、その与平とやらの言うことをよく聞け』


「兄上、なんだか私への信用が低くありませんか?」


『当たり前だ。お前は少し成果が見えると、すぐに海外の密ぼ……いや、危険な次の厄介ごとを思いつくからな』


「……否定できません」


 竹千代は、小さく「ふっ」と笑い声を漏らした。


『よい報告だ。だが、浮かれるな。倒れた時、虫がついた時、失敗した時も、必ず同じように報せよ』


「はい、兄上」


 通話が切れた。


 電話札が、単なるオカルトアイテムから「兄弟の実務・情報共有ツール」として、確かに機能し始めた瞬間だった。


     *


 だが、俺の「これは科学的な技術の積み重ねだ」という意図とは裏腹に、村人たちの反応はやはり俺のコントロールを超えていた。


「見よ、若君様の区画だけ、稲が恐ろしいほど真っ直ぐに揃っておるぞ……」


「水神様の御田は、稲の背丈まで揃えて育つのか。まこと、神の御力は計り知れぬ……」


「草祓い車のおかげで腰が楽になったが、あれも若君様が授けてくださった神具だというではないか」


 俺は、聞こえてくる噂話に全力で訂正を入れた。


「違う! これは神仏の奇跡などではない! 良い種を塩水で選び、苗を等間隔に植え、水を記録し、草を早い段階で退かした、その当たり前の手間の結果だ! お前たちにも同じようにできる、理にかなった手順に過ぎない!」


 しかし、村人たちの瞳は、さらに信仰の度合いを深めてキラキラと輝き始めた。


「おお……。そのように尊き神の御業を、我らのような泥にまみれる百姓にも分け与えようとなさる……」


「やはり水神様は、どこまでも慈悲深き御方だ……!」


(再現性を説明すればするほど、それが『慈悲』に変換されて信仰心が厚くなるの、本気でやめてくれない!?)


 俺が天を仰いで絶望していると、横で半兵衛がシャシャッと筆を走らせた。


「若君。帳面に『再現性の高さは、神の慈悲と受け取られる』と記しておきまする」


「……それは記しておいていい。後学のための重要なバグ報告だ」


     *


「若君」


 半兵衛が、今日の中間報告を綺麗にまとめ上げた頁を差し出してきた。


「この結果、いかがなさいましょう。『竹千代様御試み田法、中間報告』として、大御所様や上様にもお上げになりますか?」


 俺は首を横に振った。


「いや、まだ早い。この報告は、兄上のお手元にだけ届ける。秋に、確固たる『米』として結果が出た時、初めて正式な報告として上げるのだ」


「承知仕りました。では、そのように整えまする」


 半兵衛は頷き、少しだけ筆をためらってから言った。


「あの……表題の脇に、小さく『国松様御田法』と書き添えても……」


「絶対に添えるな!!」


     *


 夕方。


 強烈だった日差しが和らぎ、田んぼを渡る風が心地よい涼しさを帯び始めた頃。


 俺は一人、青々とした稲の海を見渡していた。


 まだ穂は出ていない。だが、稲の内部ではすでに、次の段階への準備が始まっているはずだ。


 懐の端末が、静かに表示を更新した。


『幼穂形成期接近』


『推奨:水位管理強化』


『次期リスク候補:過剰生育区画における倒伏・虫害・排水不良』


「幼穂形成期……そろそろ、稲が穂を作る準備に入る時期か」


 横にいた与平が、俺の呟きを聞き取って深く頷いた。


「はい。ここから秋にかけてが、また難しゅうございます。水が多すぎても少なすぎても、実りに響きますゆえ」


「知ってる。それに、育ちすぎた稲は、穂が重くなって風で倒れやすくなるんだろ」


「左様にございます。……若君様は、誠に田の恐ろしさをよくご存じで」


 俺は、風にざわりと揺れる青い稲波を見つめた。


(成果は目に見えて出ている。だが、まだ勝ったわけじゃない。これが黄金色の米になるまで、あと一山も二山も越えなきゃならないんだ)


 端末に表示された『倒伏リスク・虫害』の文字を見て、俺は深く、重たい溜息を吐き出した。


「……豊作って、もしかして、豊作になる前からめちゃくちゃ面倒くさいのか?」


 俺のぼやきを乗せた夏の風が、青い稲をざわりと大きく揺らした。

最後までお付き合いいただき感謝します。


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― 新着の感想 ―
神具怪しいなあ、使うほど実は精神汚染とか依存ありそう。
ようやく頭でっかちを脱しつつある。
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