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婚約破棄された僕、機械知識で古代遺跡を攻略し王女に溺愛される

作者: 山田 バルス
掲載日:2026/03/22

第1話 婚約破棄された機械オタク伯爵令息



 春の陽光が差し込む大講堂。

 今日は、プロイセン学院卒業式の日だった。

 貴族の子弟たちが集い、華やかな衣装と笑顔に満ちた空間――そのはずだった。


「――ジャン=ハンブルク。あなたとの婚約を、ここで破棄します」


 その一言が響くまでは。

 場の空気が、凍りついた。

 視線が一斉に集まる中、僕――ジャン=ハンブルクは、ただ呆然と立ち尽くしていた。


「……マーガレット、どうして」


 絞り出した声は、自分でも驚くほど弱々しかった。

 目の前に立つのは、婚約者だった少女。

 黄金色の髪を揺らす美しい令嬢、マーガレット=ケルン。

 彼女は、冷ややかな笑みを浮かべていた。


「理由? 簡単ですわ」


 その言葉に、胸がざわつく。


「あなたは――貴族らしくないのです」


 ざわめきが広がる。


「貴族の子息が、油まみれになって機械をいじるなんて……恥ずかしいにもほどがありますわ」


 くすくすと笑い声が漏れる。

 その中心に立つ僕は、何も言えなかった。

 確かに僕は、オルゴールや歯車仕掛けの装置が好きだった。

 だが――それの何がいけないのか。


「それに」


 マーガレットは、ゆっくりと隣へ視線を向ける。

 そこにいたのは、一人の青年。

 堂々とした立ち姿、整った顔立ち。

 侯爵家の三男、ブンドール=フランクフルトだった。


「わたくしは、婿に彼を選びましたの」


 ブンドールは余裕の笑みを浮かべる。


「ジャン、お前のような機械好きな変人では、彼女を支えられない。

 貴族とは、もっと高貴であるべきだ」


 周囲から賛同の声が上がる。

 ああ、そうか。

 最初から、こうなることは決まっていたのかもしれない。


「これで婚約は正式に解消ですわ」


 マーガレットは扇子を閉じ、背を向ける。


「さようなら、ジャン」


 その言葉で、すべてが終わった。

 ……いや。

 本当に終わりなのだろうか。

 ふと、頭の奥に、別の記憶が浮かび上がる。

 歯車の音。

 機器の図面。

 夜遅くまで作業した、あの感覚。

 ――そうだ。

 僕は、この世界の人間である前に。

 前世では、機械メーカーに勤めていた技術者だった。

 細かな構造を読み解き、壊れたものを修理し、動かなかったものを動かす。

 それが、僕の仕事だった。

 だからこそ――


(機械が好きで、何が悪い)


 胸の奥で、静かに火が灯る。

 だが、その火が大きくなる前に。


「ジャン=ハンブルク」


 厳しい声が響いた。

 振り返ると、父が立っていた。

 伯爵家当主としての威厳に満ちたその姿。


「……父上」

「後で屋敷に来い」


 それだけを告げて、父は踵を返した。

 嫌な予感しかしなかった。

 その予感は、見事に当たった。


 ◇


 王都にあるハンブルク家の屋敷。

 重厚な扉の奥、執務室で父は冷たい目を向けていた。


「……聞いたぞ。卒業式で恥を晒したそうだな」

「……」

「婚約者を奪われるとは、情けない」


 反論の言葉は出なかった。


「さらに問題なのは、お前のその“趣味”だ」


 父の眉が険しくなる。


「機械いじりなど、貴族のすることではない」「ですが――」

「黙れ」


 言葉は、そこで断ち切られた。


「お前の婿入り先がなくなった。お前は、婚約も守れないクズだな」


 その一言で、すべてが決まる。


「本日をもって、お前を勘当する」


 頭が真っ白になる。


「……え」

「出ていけ」


 淡々とした声。


「必要なものだけ持って、今すぐにだ」


 あまりにも、あっけない。

 婚約も、家も、地位も。

 一日で、すべて失った。


「……分かりました」


 それでも、僕は頭を下げた。

 これ以上、ここにいても意味はない。

 屋敷の門を出たとき。

 夕焼けが街を赤く染めていた。

 手にあるのは、わずかな荷物だけ。


 だが、不思議と――絶望はなかった。


 胸の奥に残っているのは、あの感覚。

 歯車が噛み合う瞬間の、あの高揚。


(僕は……機械が好きだ)


 それだけは、誰にも否定させない。


(なら、それで生きていけばいい)


 行き先は、まだ決まっていない。

 だが、足は自然と前へ進んでいた。

 ――この先で。

 僕の人生を変える出会いが待っていることを。


 ◇


 第2話 怪しげな雑貨屋と壊れたオルゴール


 王都を出てから、どれくらい歩いただろうか。

 気づけば、街の喧騒は遠ざかり、石畳の道もどこか古びた雰囲気へと変わっていた。

 人通りは少なく、店もまばらだ。


「……このあたりか」


 僕――ジャン=ハンブルクは、小さく息を吐いた。

 宿を取る金も、そう長くはもたない。

 仕事を探さなければ――そう思って歩いていた、そのときだった。

 ふと、視界の端に奇妙な店が映る。

 細い路地の奥。

 ほとんど人が通らないような場所に、その店はあった。

 古びた木の看板。

 かすれた文字で「雑貨」と書かれている。

 窓ガラスは曇り、店内の様子はよく見えない。


「……怪しいな」


 正直、貴族として育った僕なら、まず近づかないような店だ。

 だが――


(なんだ、この感じ……)


 妙に気になる。

 胸の奥がざわつくような、奇妙な感覚。

 気づけば、僕はその扉を押していた。

 ギィ……と、軋んだ音が鳴る。

 店内は薄暗く、埃っぽい空気が漂っていた。

 棚には、用途の分からない道具や古びた装飾品が雑然と並んでいる。


「いらっしゃい……」


 低く、どこか不気味な声が響いた。

 カウンターの奥に、一人の人物が立っている。

 深くフードを被り、顔はほとんど見えない。

 その雰囲気は、明らかに普通の店主ではなかった。


「……少し、見てもいいですか」

「好きにするといい」


 短い返答。

 それ以上の興味はなさそうだった。

 僕は店内を見て回る。

 剣でも宝石でもない、奇妙な品々ばかりだ。

 だが――


(これは……!)


 ひとつの棚の前で、足が止まった。

 そこに置かれていたのは、小さな箱。

 精巧な彫刻が施された、古いオルゴールだった。

 思わず、手に取る。

 重さ、素材、細部の仕上げ。

 一目で分かった。


「……年代物だ」


 少なくとも、数百年前のものだろう。

 しかも、この構造――


(普通じゃない)


 見たことのない機構が組み込まれている。

 まるで、別の文明の技術のようだ。

 胸が高鳴る。

 完全に、技術者としての血が騒いでいた。


「それに興味があるのか」


 いつの間にか、店主がすぐ後ろに立っていた。


「はい。これは……かなり古いものですよね」


「さあな」


 素っ気ない返事。

 だが、その視線はわずかに鋭くなっていた。


「ただの壊れたガラクタだ」

「……壊れている?」


 僕はオルゴールの蓋を開く。

 歯車の配置を目で追い、指で軽く触れる。

 そして、確信した。


「……直せます」


 その言葉に、店主の空気が変わった。


「ほう?」


 店主の声に、わずかな興味が混じる。


「なら、直してみろ」

「え?」

「直せたら、それはお前にやる」


 思わず、顔を上げた。


「いいんですか?」

「ただし」


 低い声が重なる。


「直せなければ、すぐに店から出ていけ」


 どちらにしても損はない条件。

 ならば――


(願ってもないチャンスだ)


 僕はすぐに頷いた。


「やらせてください」


 近くの机にオルゴールを置く。

 工具は……最低限のものが置かれていた。

 十分だ。

 僕は袖をまくり、作業に入る。

 歯車を一つずつ確認し、ズレを修正する。

 壊れている箇所は――ここだ。


(やっぱり)


 見たことのない構造だが、原理は分かる。

 問題は、力の伝達が途切れていること。

 ならば――

 ほんのわずかな調整でいい。

 指先に神経を集中させる。

 時間にして、ほんの数分。

 だが、その間、僕の意識は完全に機械と一体化していた。

 そして――


「……よし」


 最後の歯車をはめ込む。

 ゆっくりと、ゼンマイを巻いた。

 カチ……カチ……

 静寂の中、音が響く。

 次の瞬間。

 ――優しい旋律が、店内に広がった。

 透き通るような音色。

 どこか懐かしく、それでいて温かいメロディー。


「……」


 思わず、息を呑む。

 こんな音は、初めて聞いた。

 ふと、店主の方を見る。

 フードの奥で、肩が震えていた。


「……そんな……」


 かすれた声。


「動いた……また、動いた……」


 ゆっくりと、フードが外される。

 現れたのは――

 思わず、言葉を失うほどの美しい女性だった。

 金色の髪がさらりと流れ、透き通るような白い肌。

 そして、どこか人間離れした神秘的な雰囲気。

 長い耳が、その正体を物語っていた。


「エルフ……?」


 思わず呟く。

 彼女は涙を浮かべながら、微笑んだ。


「……すごいわ」


 その声は、先ほどとはまるで違っていた。


「これを……こんな短時間で直すなんて」


 彼女はオルゴールを大切そうに抱きしめる。


「ずっと……誰にも直せなかったのに」


 そして、まっすぐに僕を見つめた。


「あなた、名前は?」

「ジャンです。ジャン=ハンブルク」

「ジャン……」


 彼女は小さく頷く。


「私は、ハンナ」


 その名を聞いた瞬間。

 なぜか胸がざわついた。


「ねえ、ジャン」


 ハンナは、どこか決意したように言った。


「あなたに、お願いがあるの」


 その言葉が――

 僕の運命を、大きく動かすことになるとは。

 このときの僕は、まだ知らなかった。


 ◇


 第3話 二階の部屋と古代オルゴールの秘密


 店内に流れていた旋律が、やがて静かに途切れる。

 余韻だけが、ゆっくりと空気に溶けていった。


「……本当に、直してしまったのね」


 そう呟いたのは、ハンナだった。

 先ほどまでフードに隠れていたその素顔は、まるで別人のように柔らかい。

 金色の髪が灯りを受けて輝き、長い耳がわずかに揺れる。

 彼女はオルゴールを大切そうに撫でながら、僕を見つめた。


「これ、何人もの職人に見せたの。でも……誰一人として直せなかった」

「そうなんですか」


 僕は、テーブルの上のオルゴールに視線を落とす。

 やはり、普通の構造じゃない。

 むしろ――


(これは、この時代の技術じゃない)


 確信に近いものがあった。


「ジャン」


 ハンナが、静かに口を開く。


「あなた……どこでこんな技術を?」

「えっと……独学です」


 前世の話をするわけにもいかず、曖昧に答える。

 ハンナは少しだけ目を細めたが、それ以上は追及してこなかった。


「……そう」


 そして、小さく息をつく。


「ねえ、ジャン。あなた、何の仕事をしているの?」

「ははは……実は無職で、今夜、泊まるところを探している状態です」


 正直に答えると、ハンナは少し考え込むように視線を落とした。

 そして、やがて決心したように顔を上げる。


「だったら――ここで働かない?」

「……え?」


 思わず聞き返す。


「この店の二階、空いている部屋があるの。住み込みで働いてくれるなら、使っていいわ」

「本当に、いいんですか?」

「ええ」


 ハンナはあっさりと頷いた。


「さっきの腕を見れば十分よ。むしろ、こちらからお願いしたいくらい」


 その言葉に、胸が少し熱くなる。

 誰かに必要とされたのは、久しぶりだった。


「……ありがとうございます」


 自然と、頭が下がる。


「よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 ハンナは、柔らかく微笑んだ。


 ◇


 二階の部屋は、思っていたよりもずっと綺麗だった。

 簡素ではあるが、掃除は行き届いている。

 ベッドに腰を下ろすと、ようやく実感が湧いてきた。


(追放されて……どうなるかと思ったけど)


 なんとか、生きていけそうだ。

 いや――


(ここから、始まるのかもしれない)


 そんな予感がした。

 と、そのとき。


「ジャン、少しいいかしら?」


 階下から、ハンナの声がした。


「はい、今行きます」


 部屋を出て、階段を降りる。

 店に戻ると、ハンナはあのオルゴールを机の上に置いていた。

 だが、その表情は、先ほどとは少し違う。

 どこか真剣で――慎重だった。


「さっきは言わなかったけど」


 彼女はゆっくりと口を開く。


「これは、ただのオルゴールじゃないの」

「……やっぱり」


 思わず呟く。

 ハンナがわずかに驚いたように目を見開いた。


「気づいていたの?」

「はい。構造が、この時代のものじゃない」

「……すごいわね、本当に」


 小さく息をつく。


「その通りよ。これは――古代文明の遺物なの」

「古代文明……」


 聞いたことはある。

 遥か昔に存在した、高度な技術を持つ文明。

 だが、その多くは失われ、詳細はほとんど分かっていない。


「正確には、古代都市文明の遺跡から発見されたものよ」


 ハンナは、オルゴールにそっと触れる。


「そして――これは“鍵”なの」

「鍵?」

「ええ」


 彼女の瞳が、わずかに揺れる。


「このオルゴールは、遺跡の封印を解くための装置なの」


 一瞬、言葉を失った。

 そんなものが、こんな店にあるなんて。


「でも、見ての通り壊れていた」


 ハンナは苦笑する。


「だから、誰にもどうにもできなかった」


 そして、まっすぐに僕を見た。


「……でも、あなたは直した」


 その視線は、強い期待を帯びていた。


「ジャン。お願いがあるの」


 さっきと同じ言葉。

 だが、その重みはまったく違う。


「この“鍵”と対になる、もう一つのオルゴールがあるの」


「もう一つ……?」


「それが、本当の封印を解くための装置」


 ハンナはゆっくりと頷く。


「でも、それも壊れている可能性が高い」


 静かな声。


「だから――あなたに修理してほしいの」


 胸が、高鳴る。

 古代文明の機械。

 未知の構造。

 そして、それを動かすという挑戦。


(……面白い)


 思わず、口元が緩む。

 こんな機会、逃す理由がない。


「やります」


 即答だった。


「ぜひ、やらせてください」


 ハンナは一瞬驚いたように目を見開き――

 やがて、ほっとしたように微笑んだ。


「ありがとう、ジャン」


 その笑顔は、とても嬉しそうだった。


「きっと……あなたならできる」


 そう言われると、少しだけ照れくさい。


 だが――悪い気はしない。


(機械で、人の役に立てる)


 それは、前世でも望んでいたことだ。

 そして今、そのチャンスが目の前にある。

 ジャン=ハンブルクの新しい人生は――

 静かに、しかし確実に動き始めていた。


 ◇


 第4話 呪われた第三王女の願い


 翌日の午後。

 店内には、いつもとは違う緊張した空気が流れていた。

 理由は明白だ。


「……そろそろ来るわ」


 そう呟いたのは、ハンナだった。

 彼女は窓の外を見つめながら、どこか落ち着かない様子を見せている。


「依頼主、ですよね」


 僕――ジャン=ハンブルクは、静かに問いかけた。


「ええ」


 ハンナは短く頷く。


「このオルゴールを必要としている人」


 あの古代文明の“鍵”。

 それを求める人物が、ここへ来る。

 自然と背筋が伸びる。


(どんな人なんだろう)


 そう思った、そのとき。


 ――コン、コン。

 控えめなノックの音が響いた。

 ハンナと視線を交わす。


「どうぞ」


 彼女の声に応えるように、扉が静かに開いた。

 入ってきたのは、フード付きのローブをまとった人物だった。

 その後ろには、護衛らしき女性が一人。

 店内の空気が、さらに張り詰める。


「……来てくださったのですね」


 ハンナが一歩前に出る。

 ローブの人物は、小さく頷いた。

 そして――ゆっくりとフードを外す。

 その瞬間。

 思わず、息を呑んだ。

 現れたのは、眩しいほどに美しい少女だった。

 陽の光を受けたような、輝く金の髪。

 透き通るような白い肌。

 どこか儚げで、それでいて気品に満ちた佇まい。


「……はじめまして」


 彼女は、静かに頭を下げた。


「私は、マリーヌと申します」


 ま、まさか――マリーヌ王女。

 一瞬、言葉を失った。

 まさか、こんな場所に。


「第三王女、様……?」


 思わず確認すると、彼女は小さく微笑んだ。


「はい。身分は伏せるつもりでしたが……隠しても意味はありませんね」


 その笑顔は、どこか力がない。

 まるで――


(無理をしているみたいだ)


「こちらが、例の方です」


 ハンナが僕を紹介する。


「ジャン=ハンブルク。オルゴールを修理した張本人よ」


 マリーヌの視線が、僕へと向けられる。

 その瞳は、驚くほど真っ直ぐだった。


「……あなたが」


 ゆっくりと、こちらへ歩み寄ってくる。


「本当に……直したのですね」

「はい」


 自然と、背筋が伸びる。

 王女相手ということもあるが、それ以上に――その目の強さに圧倒されていた。

 マリーヌは、テーブルの上のオルゴールを見つめる。

 そして、そっと手を伸ばした。

 指先が、わずかに震えている。


「……なんだか癒される音」


 かすかな呟き。

 そのまま、静かに目を閉じる。

 数秒の沈黙。

 やがて、彼女は目を開き――

 こちらを見た。


「単刀直入に言います」


 その声は、決意に満ちていた。


「どうか――私を助けてください」


 その言葉に、空気が変わる。


「私は、呪いにかかっています」

「呪い……?」


 思わず聞き返す。

 マリーヌは小さく頷いた。


「古代魔法によるものです」


 その表情は、静かだった。

 だが、その奥にあるものは――


「医師にも、宮廷魔導にも見てもらいました。ですが、誰一人として解くことはできませんでした」


 握りしめられた手が、わずかに震えている。


「余命は……一年だと言われています」


 ――一年。

 その言葉が、重くのしかかる。

 場の空気が凍りつく。


「そんな……」


 思わず声が漏れる。

 だが、マリーヌは首を横に振った。


「事実です」


 静かな、しかし確かな声。


「そして、その呪いを解く手がかりが――」


 彼女は、オルゴールを見つめる。


「古代都市文明の遺跡にあるとされています」


 ハンナが、そっと頷いた。


「このオルゴールは、その遺跡の鍵」


「ですが、もう一つの装置が壊れていては、封印は解けません」


 マリーヌの視線が、再び僕に向けられる。


「だから……あなたの力が必要なのです」


 その瞳には、強い願いが込められていた。

 ただの依頼じゃない。

 命を賭けた、願い。


「……どうか」


 マリーヌは、深く頭を下げる。


「私を……助けてください」


 王女が、ここまで頭を下げる。

 それが、どれほどのことか。

 痛いほど伝わってくる。

 胸の奥が、熱くなる。


(機械を直す技術で……人を救う)


 前世で叶えきれなかった願い。

 それが今、目の前にある。

 しかも――命を救うという形で。

 迷う理由なんて、どこにもなかった。


「……分かりました」


 僕は、はっきりと答えた。


「必ず、修理します」


 マリーヌが顔を上げる。


「そして――」


 一歩、前に出る。


「必ず、あなたの呪いを解きます」


 その言葉に。

 彼女の瞳が、大きく揺れた。


「……本当に?」

「はい」


 迷いはない。

 これは、ただの仕事じゃない。

 僕自身の――覚悟だ。

 数秒の沈黙のあと。

 マリーヌは、ふっと微笑んだ。

 それは、今までで一番――

 優しくて、どこか救われたような笑顔だった。


「……ありがとうございます、ジャン」


 その瞬間。

 物語は、大きく動き出した。

 追放された伯爵令息と。

 呪われた王女。

 そして、古代文明の謎。

 すべてが交差し――

 運命の歯車が、音を立てて回り始めたのだった。

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