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祈りの天秤  作者: 青野 乃蒼
第一章 二人目の友達

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5 捻りのないネーミング

「男の子だったのね」


犬がオスだと分かった翌日の学校帰り、翔太は早速綾ちゃんに確認結果を告げた。

昨日の今日なので、「チンチン付いてたよ」なんてことは言わなかった。


「性別も分かったし考えることはできるけど、決めるのはその子を見てからがいいな。名前って大事でしょ」

「そうだね。昨日は偶然タイミングが悪かっただけだと思う。僕、綾ちゃんと別れてからパンをあげるのにもう一回空き地に行ったんだけど、その時はいたし」

「そうなの? 運が悪かったのね。今日は会えるといいな」

「大丈夫だよ、会えるよ」


しかし、今日も犬は姿を見せなかった。

まだ名前を付けていないので、「おーい」とか「どこだー」と茂みに向かって呼んでみたが徒労に終わった。


「今日もいないね」

「なんでだろう。僕が来る時はいつもいるのに」

「わたし、すごく運が悪いのかなー。それとも、嫌われてるとか」

「嫌われるのは無理だよ、まだ会ってもいないんだから。たまたまだと思うけどなあ」

「そうだよね。よく考えたらまだ二日連続ってだけだし、そういうこともあるよね」

「明日こそはきっと会えるよ」




綾ちゃんと帰った後、今日もパンを持って空き地に行ってみた。

いつもの茂みの前まで行くと、一瞬のカサッという音に続いて、犬が顔を出した。


「やっぱりいた」


犬は口を開けて物欲しそうな顔で、翔太を見つめている。


「実はずっとここにいるんでしょ。なんで出てこないんだよ。綾ちゃんに会ってあげてよ。名前も付けてあげたいしさー」


当然だが、犬は返事をしてくれない。

さっきと変わらず、つぶらな瞳で翔太を見つめている。


「明日も来るからね。明日は出てきてよ、お願いだから」


翔太は祈るように念を込めながらパンをあげ、帰り際には「お願いだからね!」と念を押してから家に帰った。




家に帰って宿題をしていると、階下からガチャガチャと鍵を開ける音がした。


「ただいまー」


お母さんが帰ってきた。

机の上にある卓上時計を見ると、針は十七時半を指している。いつもの時間だ。


「おかえりー」

「すぐご飯の準備するね」


翔太はこれには応じず、残りの宿題に手を付けた。

 

最後の問題を解き終えた後、両手を上げて凝り固まった上半身を目一杯伸ばす。

卓上時計は十八時を回っていた。


階下に降りてリビングに入ると、お母さんはキッチンで料理の最中だった。


「もう少ししたらできるから」

「うん。ちなみに今日は何?」

「トンカツ」

「ふーん」


トンカツは好きな料理の一つだ。内心嬉しかったりする。


テレビが点いていたので、しばらく見るともなしに眺めていると、「できたよ」とお母さんが言った。

翔太は「はーい」と返事をして、皿やコップを出したりして準備を手伝った。


テーブルに全てが出揃ったので、お母さんと席に着く。


「いただきます」


お父さんはいつも帰りが遅いので、平日はお母さんと二人で食べる。

 

お母さんはよく喋る。主には会社での話で、あの人は全然気が回らないとか、あの人は気分屋なのが玉に瑕だとか、愚痴が多い。

大人は大変なんだなと思いながら、時折相槌を打ちつつ箸を進めていると、お母さんが急に話を変えた。


「あ、そういえば、最近すごくパンの減りが早いのよね。もしかして翔ちゃん、学校から帰ってきて食べてる?」


翔太の心臓が跳び跳ねた。頭の中は白一色に染まる。


「え、ちが……」


焦りから反射で否定しそうになるが、すんでのところで言い留まる。


本当は犬にエサとしてあげてるから「違う」が正しい。でも、本当のことを話したら怒られるだろうし、きっとやめなさいって言われる。それは嫌だ。それなら、自分を犯人にした方がいいんじゃないか――。


ということを一瞬で考えた翔太は、すぐさま訂正にかかる。


「ごめんなさい!」

「どうしたの、翔ちゃん」

「最近、帰ってきてからお腹がすいちゃって……。お菓子は良くないかなと思って、それでパン食べてた」

「そうだったの。全然気にしなくていいのよ。多分そうだろうと思っていたし。育ち盛りなんだから、気にせず食べなさい」


どうやら上手くごまかせたらしい。翔太は胸をなで下ろす。


「明日からはたくさん買ってくるわね。どんなパンがいい?」

「スティックパンがいい。チョコとか何も付いてないやつ」

「あれ? 翔ちゃん、それ好きだったっけ? しかも味が付いてないやつ」

「う、うん。最近ちょっとハマってて……」


これは嘘。翔太は基本、チョコやカスタードクリームといった甘味が付いたものしか食べない。味気ないプレーンのものを希望したのは、犬の健康面を考えてのことだった。


「そっか。じゃあ極力それを買うようにするわね」


信じてくれるお母さんを騙すのは心が痛かった。でも犬を見捨てるようなことにはしたくなかった。

翔太は心の中で「ごめんなさい」と言った。





綾ちゃんと一緒に帰れる時は、必ず空き地に寄った。犬がなかなか姿を見せてくれないので、長めに待ってみたり、時間をずらしてみたりした。それでもダメだったので、休みの日にも行ってみた。


ここまでやってもやっぱりダメだった。

それなのに、翔太が一人で行った時は必ず姿を見せる。


まるで犬が拒んでいるかのように、ことごとく綾ちゃんは犬の姿を見ることができなかった。

ここまでくると、綾ちゃんもさすがにショックを受けていて、もう空き地には行かないと言った。


名前はどうしようかと尋ねると、きっとたくさん考えてくれていたに違いないのに、ただ一言、「翔ちゃんに任せる」とだけ言って話を切り上げた。




翔太は今日も一人で空き地に行き、スティックパンをあげている。


「どうして君は綾ちゃんに会おうとしないの? どうして僕には姿を見せるの?」


犬は当然答えてくれない。

翔太の声が聞こえていないかのように、パンを夢中になって食べている。


「名前どうしようかな……」


翔太も考えてはみたのだが、あまりいいものは浮かばなかったし、正直なところ綾ちゃんが決めてくれるだろうと思っていた。


しかし、今回ばかりは綾ちゃんを頼れない。

偶然とは言い難いほどに、自分にしか姿を見せないのだから、自分が名前を付けてあげないと――。


考えていた案のうち、一番マシだと思うものを口にしてみる。


「シヴァ……」

「ギャァン!」


シヴァと口にした瞬間、犬が急に甲高い声で吠えた。


「ビックリした……」


今まで吠えたことがなかったので、突然の吠え声に驚いた。


もしかして気に入ってくれた?

翔太は都合のいい解釈をしながらも、確認のためにもう一度呼んでみる。


「シヴァ」

「ギャァン!」

「気に入ったのかな。それなら良かった。今日から君は、シヴァだよ」


翔太はシヴァの頭を撫でてやる。


シヴァの由来は至ってシンプル。

柴犬の『柴』と、翔太が普段やっているゲームの『シヴァ』という強いキャラクターから取った。


あまり捻りのないネーミングセンスだが、本人(本犬)が良いのならそれで良いだろうと翔太は思った。



それはそうと、ワンって鳴かないんだな。


翔太はふと疑問に思った。


普通、犬はワンと吠えるものだと思っていたのに、シヴァはワンというより、キャンとかギャンに近い。


やっぱり柴犬じゃないのかなー。


少し気にはなるが、相談できる相手がいない翔太には、答えの知りようがなかった。

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