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祈りの天秤  作者: 青野 乃蒼
第三章 親友がくれたもの

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14/21

1 大切な人

自分の推理は正しいのか、翔太はどうしても確認したかった。

その日は珍しく嫌がらせを受けなかったのも、良い機会だと思った。


「ごめんね、シヴァ。こんなことお願いして」


代償のことを忘れたわけではない。お願いをすれば、きっと誰かがその報いを受けることになる。だからこそ、お願いは最低限のものに留める。


「加治くんが風邪で休めばいいのに」


その言葉を聞いて、やはりシヴァは翔太に目を向けた。目と目が合う。

翔太の心の中を見透かさんと、じっと翔太の目を見据える。


つぶらな瞳に見つめられ、翔太は罪悪感に苛まれた。

こんなことでシヴァを利用してしまうこと、自分の推理の正否を確認するだけのために誰かが代償を受けることが、申し訳なかった。


シヴァは別れを告げた時に鳴いた。

きっと、「願いは聞き届けた」という返事なのだろう。


翔太は後ろめたさで、シヴァから目を逸らさずにはいられなかった。

目を逸らしたまま、「よろしくね」とだけ言って別れた。




果たして翌日、加治くんは学校を休んだ。越智先生は風邪だと言っていた。


加治くんは数日前に風邪で休んだばかりだったので、越智先生はもちろん、村上くんや橋本くんといった取り巻きたちも心配そうにしていた。


翔太は心の中で、快哉を叫んだ。

自分の推理は正しかったと証明されたことが大きいが、加治くんが学校を休むという副産物を得られたのもあった。


それに、追加で分かったこともある。

翔太は昨日、誰からも嫌がらせを受けていない。それでも願いは叶えられた。


つまり、お願いをするのに、嫌がらせを受けていなければならないという条件はないということだ。


いざという時には、代償さえ容認すればお願いは聞き届けられると分かったのは、大きな収穫だろう。後は、今回の代償は誰が受けるのか、だ。


推理の時は『願った本人に関係の深い人物』とやや迂遠な言い回しをしたが、有り体に言えば『願った本人の家族』だと翔太は思っている。


今日はきっと、家族の誰かが体調不良になる。もし自分が体調不良になるなら、それに越したことはない。自分の願いの代償なのだ、甘んじて受け入れる。でも、そうはならないような気がしていた。



翔太が家に帰ると、普段ならいるはずのないお母さんが、リビングのテーブルに突っ伏していた。


「お母さん、どうしたの?」

「あぁ、翔ちゃん、おかえり。今日はすごく頭が痛くて、それに熱っぽいから、お昼から帰ってきたの」


おもむろに上げた顔は、僅かに赤みが差していた。目はとろんとしていて、正気を感じられず、体調不良であることは明らかだった。


お母さんのしんどそうな表情に、翔太はいたたまれなくなる。


「熱は測ったの?」

「いいえ、熱があるってハッキリ分かると余計しんどくなるから、測らなくていいわ。ちょっと休んだらマシになると思うから」

「薬は飲んだの?」

「うん、飲んだわ。大丈夫」

「とりあえず、布団で休みなよ。休むにしても、こんなところで寝るより、布団で寝る方が疲れが取れるでしょ」

「そうね、そうするわ。ありがとう」


お母さんは、辛いだろうに微笑を浮かべた。

そんな顔を見た翔太は、胸が締めつけられるように痛んだ。


お母さんにお礼を言われる筋合いなどない。お母さんの体調が悪いのは、自分のせいなのだ。自分がお母さんを苦しめているのだ。


翔太は心の中で何度も謝りながら、お母さんが寝室に向かうのを見送った。



ひとしきり落ち込んで、少し冷静になったところで、今日のことを振り返った。


翔太の推理は正しい。

シヴァは願いを叶えることができるが、願いには代償を払わねばならない。


二次元でしか成立しないような信じ難い力だが、これを使うには相当の覚悟が必要だ。それを今日、改めて認識した。


大切な家族が苦しんでいるだけで辛いのに、ましてやそれが自分の身勝手な願いでとなれば、自責の念も合わさって耐え難いほどの精神的苦痛に苛まれる。


自分が代償を払えたらどれだけいいかと思うが、自分で払うことは許されず、自分の大切な家族が払わねばならないということこそが、代償として相応しいと得心する。


総じて、この力は誰かの手によって作り上げられたのではないかと思うほど、よく考えられているなと思った。


この力を使おうとする度に、「大切な家族を犠牲にしてまでも、叶えたい願いなのか?」と問われるのだ。


人によっては、それでも叶えたいと力を行使するかもしれない。だが、翔太はもう使えないと思った。

今後使うことはないだろうと思っていた。




翌日、加治くんは学校に来ていたが、かなり機嫌が悪かった。

奇しくも立て続けに体調を崩してしまったことが、影響しているような気もする。


それが偶然ではなく、自身のせいであると知っている翔太としては、相手が忌避すべき加治くんであっても、少しは心苦しく思っている。


加治くんは運が良いのか悪いのか、日直、給食配膳、掃除と、当番制になっているものが全て当たっていた。そしてそれを、須らく翔太に押し付けた。


日中もストレスを発散するためか、何かと翔太に突っかかってきた。

さすがにここまでされるとムッとしたが、この機嫌の悪さの一端は自分にあるので、仕方ないと自分に言い聞かせた。

みんなも、触らぬ神に祟りなしとばかりに静観を決め込んでいた。


でも彼女は違った。

彼女だけは、翔太を見捨てなかった。



放課後、帰り支度をしていた翔太に対し、加治くんはぶつけるつもりかのような勢いで、箒を投げつけてきた。翔太はそれを何とか受け止めた。


「やっとけよ」


加治くんが掃除当番に当たっていることは知っていたし、これまでの流れからして、こうなることは予想していた。


翔太は無言のまま頷いた。

加治くんはそれを見るや、鼻で笑って帰っていく。


翔太は加治くんから目を離し、掃除に取り掛かろうとしたその時――。


視界の外から現れた彼女は、翔太の手からするりと箒を取り上げた。

黒く艶やかな髪をなびかせて、颯爽と翔太の前を通り過ぎていく。

大きな瞳には、凛々しくも強い意志が宿っているように見えた。


「ちょっと待ちなさいよ!」


教室に残っていた生徒全員が、綾ちゃんに目を向けた。みんな一様に驚いた表情をしている。

翔太も御多分に漏れず驚いた。こんなに怒気を孕んだ綾ちゃんの声は、一度も聞いたことがなかった。


帰ろうとしていた加治くんも振り返った。驚いた表情ではなく、気だるげに綾ちゃんを見る。

 

「なんだよ、なんか文句でもあんのか」

「大ありよ、文句しかないわ」

「はあ? お前、調子乗ってんのか」

「調子に乗ってるのは、あんたの方でしょ。バカじゃないの」

「こいつ、黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって。痛い目見ないとわかんねーらしいな」

「はぁ。口で勝てないからって、すぐ手を出す男って本当にサイテー。あんたみたいなサルは、一生モテないわ」

「もういい、黙れ。覚悟しろよ」


加治くんが一歩ずつ、綾ちゃんに近づいていく。

翔太は一瞬で血の気が引いた。


加治くんはあろうことか、女子相手に暴力を振るおうとしている。

それなのに、綾ちゃんは脅されても全く動じず、一歩も引こうとしない。それどころか、やれるものならやってみろと言わんばかりに、仁王立ちで加治くんを睨みつけている。


綾ちゃんを守らないと――。


そう思うのに、翔太の足はまるで銅像のように、ピクリとも動かなかった。


動け! 動けよ、僕の足! 何のために付いてるんだよ! 男だろ、綾ちゃんを守れよ! 早くしないと綾ちゃんが、綾ちゃんが……。


加治くんの歩みは止まらない。顔には怒りが滲み出ている。綾ちゃんとの距離は見る間に詰まり、もはや彼を制止するだけの猶予は残されていなかった。


加治くんの手が固く握られ、その拳が動く。


――綾ちゃん、お願い! 逃げて!


「おい、どうした? 喧嘩か?」


翔太が心の中で叫んだのと同時だった。声のした方を見ると、廊下から木村先生が顔を覗かせていた。偶然通りかかったのかもしれない。


木村先生の質問には、綾ちゃんが答えた。


「いえ、違います。掃除のことで意見交換していただけです」

「そうか、ならいいんだが。もう済んだのか?」

「はい、問題ありません」

「よし。じゃあ早く始めなさい。他の学年はもうとっくに始めてるぞ」


木村先生がそう言って離れた途端、加治くんが舌打ちをした。


「お前、覚えとけよ」


加治くんは、まるで弱い悪者キャラのような捨てゼリフを吐いて、帰っていった。


誰も動こうとせず、喋ろうともしない。教室は静まり返っていた。

左右の教室から響く音や声が、やけにうるさく聞こえる。


翔太は箒を受け取ろうと、綾ちゃんの元へ行った。


「綾ちゃん」


翔太が声を掛けても、綾ちゃんは振り向かず俯いている。


綾ちゃんが持っている箒に手を伸ばそうとして、翔太は気づいた。

綾ちゃんの手は震えていた。伸ばしかけた翔太の手は止まり、空中で固まってしまった。


きっと怖かっただろう。怖かったに違いない。そんなの当たり前だ。殴られてもおかしくなかったのだから。


それなのに綾ちゃんは、最後の最後まで毅然と立ち向かっていた。

それに比べて翔太は、傍から見ているだけなのに、足が竦んで動けず、綾ちゃんを守ることすらできなかった。


そんな情けない自分が、何をどう綾ちゃんに声を掛けてあげればいいのか、分かるはずもなかった。


「ごめん、ちょっとトイレ行ってくるね」


綾ちゃんは持っていた箒を翔太に押し付けるように渡し、走って教室を出ていった。

顔は上げてくれなかったので、表情までは分からない。だが、微かな飛沫を翔太の手に残していった。




綾ちゃんは掃除が終わっても戻ってこなかった。


翔太は教室から最寄りのトイレに行った。

男女共通の入口を抜けて、右側の女子トイレの方を見る。そこには、綾ちゃんの上履きが置いてあった。


綾ちゃんがいたことに安堵しつつ、翔太は女子トイレに背を向ける形で壁にもたれかかる。


「綾ちゃん」


名前を呼んで少し待ってみたが、返事はしてくれなかった。


「綾ちゃん、大丈夫?」


もう一度呼んでみても、結果は同じだった。

あれだけ怖いことがあったのだ。気持ちを立て直すには、もう少し時間が必要だろうと翔太は思った。


「綾ちゃん、僕、教室で待ってるから。落ち着いたら戻ってきて。もうみんな帰って、教室、誰もいないからね」


翔太はそれだけ言い残して、教室に戻った。



そんなに待ったという感覚はなかった。時計を見ていなかったので正確な時間は分からないが、おそらく十分も待ってはいなかったと思う。

綾ちゃんが教室に戻ってきた。目の周りは赤く、泣いていたことは明らかだった。


「ごめんね、待たせちゃって」

「僕は平気だよ、気にしないで。綾ちゃんはもう大丈夫?」

「うん、大丈夫。ありがとう」


綾ちゃんは笑って、鼻をすすった。泣いた余波が、まだ鼻に残っているようだった。



二人並んで、川沿いを歩いていく。

さっきの話には触れない方がいいと翔太は思う。それでも、どうしても綾ちゃんに聞きたいことがあった。


「綾ちゃん、どうしてさっき、あんなに怒ってたの?」

「あのおサルさんが、翔ちゃんのこといじめるから」

「え、僕のこと? なんで?」

「なんでって、大切な人が傷つけられたら怒るでしょ、普通。翔ちゃんは怒らないの?」


綾ちゃんはさも当然とばかりに、さらっと言ってのけた。翔太は大切な人だ、と。


翔太は嬉しかった。翔太が大切だと思っている綾ちゃんもまた、翔太のことを大切に思ってくれていたのだ。


「え、いや、怒る、けど……」


綾ちゃんは大切な翔太のために、身を挺して怒ってくれた。それなのに翔太は、大切な綾ちゃんのために動けなかった。我が身可愛さで、みんなと同じように傍観していた。


怒るけど、きっと今日と同じように、何もできない。

そんな自分が情けなくて仕方がない。


「でしょ。翔ちゃんはたまにおかしなこと聞くよね」


綾ちゃんはころころと笑った。


僕はこの笑顔を、綾ちゃんの幸せを守りたい。綾ちゃんの大切な人として、綾ちゃんの期待に応えたい。なのに僕は、いつも綾ちゃんに守られてばかりだ。


一体僕は、いつになったら綾ちゃんを守れるようになるのだろうか。このままずっと守れないのなら、綾ちゃんのそばにはいられない。いていいはずがない。


翔太は苦笑を浮かべながら、自分の不甲斐なさに苛立ち拳を握っていた。

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