5 プレゼント
後半戦も雑貨を扱うお店を回っていった。
なかなか良いものが見つからないのか、綾ちゃんはずっと唸りっぱなしで、「なーんかピンとこないのよね……」とぼやいていた。
かくいう翔太も、少し熱を入れて見て回っているが、全く見当がつかない状態だった。
このままだと何も選べないなと焦りが濃くなり始めた頃、十五時を告げる電話が鳴った。
今回も少し話して終わると思っていたのだが、綾ちゃんが「まだ……」「もうちょっとだけ」とごねて長引いていた。
長いやりとりの末、ようやく綾ちゃんは電話を切った。
「どうしたの?」
「お母さんが『そろそろデートを切り上げて、集合しよう』って言ってきたの。まだお母さんのプレゼント決まってないし、そもそも十六時まではいいって言ったのお母さんなのに。だから必死に抵抗してた」
『デート』という文言に、翔太は動揺を禁じ得なかったが、とりあえず触れないでおくことにする。
「なるほど、そうだったんだ。それでどうなったの?」
「何とか引き延ばそうとしたけど、十五時半が限界だった。デザート買って帰るから、それを選ぶ時間はいるでしょって言われて納得しちゃった」
「ということは、後三十分しかないってことだね」
そんな短時間でお母さんのプレゼントを選べるとは思えなかった。
今回は諦めて、綾ちゃんのサポートに徹することにする。
「そういうこと。見て回るのはこのお店で最後にして、それから決めるね」
「わかった。それじゃあ、ラストスパートだ」
最後のお店は、タイムリミットがちらついて気が急いていたのか、綾ちゃんの表情に余裕はなく、商品を眺める時間も短くなっていた。
足早にではあるが一通り見て回ったので、翔太は「どうだった?」と綾ちゃんに聞いた。
「一番最初に行ったお店にする。少し遠いけどいい?」
「もちろん。行こう」
綾ちゃんの言う通り少し距離があったので、お店まで気持ち早足で行った。
その店で綾ちゃんは、ハンカチを買った。猫の顔がワンポイントであしらわれたもので、大人が使っても恥ずかしいと思うことはないだろうなと思った。
綾ちゃんはきっとそういうところも考えて、このデザインのものを選んだのだろうと翔太は感心した。
「プレゼント決まって良かったね」
「うん。最後のお店はもうちょっとゆっくり見て回りたかったけど、悔いはないし妥協もしてないから満足」
「そっか。それなら良かった。ちなみに、ハンカチの他に惹かれるものはあった?」
「うん、あった。お昼食べた後に行ったお店にバレッタがあって、それと悩んだの。結局はこれにしたけど」
綾ちゃんが手に持った紙袋を掲げる。
「バレッタってなに?」
「そっか、男子は使わないからわからないよね。髪留めのことだよ。蝶々の形になってて可愛いかった」
髪留めと聞いて、翔太はピンときた。
普段お母さんは、家の中では髪を結っている。翔太には分からないが、髪を結ぶのは少々手間なのではないかと思った。でも髪留めなら、その手間が省けるのではないか。
翔太は、バレッタをお母さんにプレゼントしようと決めた。
腕時計をちらと見る。時刻は十五時二十分前。
お店の場所は覚えているし、幸い遠くない。走れば時間内に買えるだろう。
だが、綾ちゃんを連れて走るわけにはいかない。この人混みをかき分けて走るのは危険だし、長時間歩いて、綾ちゃんはきっと疲れているはずだ。
それに、お母さんにプレゼントを買うことを、綾ちゃんに知られるのが恥ずかしい。
何ら恥ずかしい行為ではないと頭では分かっているのに、綾ちゃんに――女子にそれを知られるのが恥ずかしいと思ってしまう。
翔太の視界に、休憩コーナーが映った。
「綾ちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど」
「ん、なに? どうしたの?」
「買わなきゃいけないものがあるのを、すっかり忘れてたんだ。だから、ちょっと走って行ってくるね」
「なんで一人で行くの? 一緒に行こうよ。ちょっとぐらい時間遅れたって大丈夫だよ」
「綾ちゃん、歩きっぱなしで疲れてるでしょ?」
「疲れたは疲れたけど、これで最後なんだから平気」
一筋縄ではいかないことは分かっていた。なにせ、あえて一人で行く理由が弱いからだ。
綾ちゃんの言う通り、時間を少し過ぎたとしても、お母さんたちから小言を貰うのが関の山で、さして大きな問題ではない。
翔太は出し惜しみすることなく、最終手段の禁じ手を使うことにした。
「パンツ! パンツ買いに行くの!」
「パッ!」
綾ちゃんは『パンツ』と聞いた瞬間、元々大きな目をこれでもかと開いた。
「パン……」
「そう。パンツを買いに行くんだよ。それでも、綾ちゃんは一緒に行くの?」
「行かない! 行くわけないでしょ! 変態!」
噓を付いてしまったことは申し訳なく思っている翔太は、その汚名を甘んじて受け入れる。
「そこに休憩できるところがあるから、座って待ってて。すぐに戻ってくるから」
翔太はそう言い残して、お店へと走った。
店内に入った翔太は、すぐにレジへと向かい、カウンターに立っている女性店員さんに声を掛けた。
「あの、すみません」
「はい、どうしたの?」
「えっと、バレッタを買いたいのですが。蝶々のデザインのやつです」
「バレッタね。ちょっと待っててね、すぐ取ってくるから」
店員さんは宣言通り、すぐに戻ってきた。
手には何個かバレッタを持っている。
「色がいくつかあるんだけど、どの色が良いかな?」
カウンターの上に複数のバレッタが並べられる。
翔太はパッと見て、ゴールドに決めた。
「これにします」
「はい、分かりました。誰かにプレゼントするの?」
「はい、そうです」
「じゃあラッピングしておくね」
プレゼントに疎い翔太でも、ラッピングの意味は分かる。
店員さんの気遣いに感謝しつつ、お言葉に甘えることにした。
「お願いします」
少し待った後、ラッピングされた商品を受け取って店を出た。
腕時計を見ると、十五時三十分になっていた。
翔太は綾ちゃんの元へ急いだ。
休憩コーナーに着いた翔太は、ゆっくりと目を動かして綾ちゃんを探す。
ソファに座っている子供に目を向けるが、どれも綾ちゃんではなかった。
ならばと範囲を広げて、休憩コーナーの周囲にも目を配ったが、綾ちゃんらしき人影は見当たらない。
どうやらはぐれてしまったらしい。
はぐれただけならまだいい。だが、もし綾ちゃんが攫われでもしていたら――。
翔太はぶんぶんと首を振る。
今はそんなことを考えている場合ではない。とにかく、綾ちゃんを探さないと。
翔太は休憩コーナーの周辺を走り回った。どうか無事でいて欲しい、笑い話で終わらせて欲しい、と祈りながらひたすら走った。
それでも綾ちゃんは見つからない。
一体どこへ行ってしまったのか。やっぱり、悪い大人に連れていかれてしまったのではないだろうか。もしそうなら……、僕は男として失格だ。絶対に僕が守ると決めていたのに、僕はその約束を守れなかったことになる。
あの時、無理にでも綾ちゃんを連れていくべきだったんだ。自分から綾ちゃんと離れるなんて愚策もいいところじゃないか。時間のことなど気にせず、一緒に行っていれば、こんなことにはならなかったのに。なんて自分は愚かなんだ。
翔太は両手で頬を張った。パチンと乾いた音が鼓膜に響く。
これは愚策を弄した罰であり、またもうじうじと悩んでしまった自分への戒めのためだった。
頬が訴えるヒリヒリとした痛みが、翔太を正気にさせた。
冷静になった頭で考え、そして走った。
向かった先は、インフォメーションセンターだった。
翔太は、カウンターにいた受付のお姉さんに向かって言い放った。
「女の子を探しています!」
お姉さんに簡単に事情を説明すると、すぐに館内放送をしてくれた。
迷子とは言わず、翔太が綾ちゃんを待っている旨のアナウンスだった。探されているのが多感な女子小学生ということで、表現に配慮してくれたのかもしれない。
誰かに攫われたなんてことはない。綾ちゃんは絶対に、ここに来てくれる。
翔太は信じて待った。
「翔ちゃん!」
待っていたのは数分ぐらいの感覚だった。少し遠くから、自分を呼ぶ声が耳に入った。
その声は紛れもなく、綾ちゃんの声だった。
「綾ちゃん!」
綾ちゃんは走ってこちらに向かってきていた。
翔太はそれを待っていられず、綾ちゃんの元へ走った。
翔太の頭は安心に満たされ、それ以外には何もなかった。
翔太は綾ちゃんを抱きしめた。強く、強く、抱きしめた。
「ちょ、翔ちゃん、大げさ」
「綾ちゃん、無事で良かった」
「だから大げさだってば」
「そんなことないよ。僕は綾ちゃんを一人にしちゃいけなかったんだ。綾ちゃんを守るって約束したんだから、ずっとそばにいるべきだったんだ。ごめん、ごめん……」
翔太の胸に痛みがこみ上げてくる。
思わず泣きそうになるが、悟られまいと必死で耐えた。
「わかったから、そろそろ離して。こんなところで恥ずかしいし、ちょっと痛い」
「あ、ごめん。大丈夫?」
翔太は思いのあまり力が入っていたことに気づき、慌てて綾ちゃんから手を離した。
「翔太!」
「綾!」
背後から自分を呼ぶ声がして、翔太は振り向いた。
お母さんたちが、一様に心配そうな表情で、こちらに駆けてきていた。
お母さんは息も絶え絶えに、翔太の肩をぐっと掴んだ。
「翔太、何があったの?」
翔太は状況をかいつまんで説明した。お母さんたちは、終始真剣な表情で翔太の説明を聞いていた。
翔太が話し終えると、お母さんは魂が抜けるのではないかと思うほどの大きなため息をついた。
「とりあえずは何事もなくて良かったわ。放送聞いた時、翔太が何かやらかしたんだと思って、気が気じゃなかったんだからね。でも、本当に良かった」
そう言ってお母さんは、またため息をついた。
「だけど、何で綾ちゃんを一人にしたの? 綾ちゃんのこと守るって約束したわよね?」
「ごめんなさい。本当に反省してます」
翔太には返す言葉もなく、ただうなだれるしかなかった。
綾ちゃんのお母さんが「まあまあ」とお母さんを宥めながら、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、綾はどこに行ってたの? 綾が勝手に休憩コーナーを離れてなければ、こんなことにはなってないと思うんだけど」
「わたしはちゃんと待ってたよ。待ってたんだけど、どうしてもトイレに行きたくなっちゃって……。それで我慢できなくてトイレに行ってたら、丁度その間に翔ちゃんが戻ってきたみたいで」
「そうだったの。それはタイミングが悪かったわね」
翔太もそう思った。
だからと言って自分の愚行が帳消しになるわけではないのだが、少しだけ救われたような気分になった。
「それじゃあ反省会はこのくらいにして、そろそろ帰りましょうか」
綾ちゃんのお母さんがそう言った後、お母さんたちは「お騒がせしました」とインフォメーションセンターの人たちに謝罪して、それから四人でその場を後にした。
翔太は晩ご飯を終えた後、部屋からバレッタの入った紙袋を取ってきた。
「お母さん」
「ん、なに?」
「はい、これ」
翔太は、紙袋をお母さんに差し出す。
「なにこれ?」
「もうとっくに過ぎちゃってるけど、誕生日プレゼント、のつもり」
お母さんは、少し驚いたような表情をした。
それはそうだろう。息子からプレゼントを受け取るのは、これが初めてなのだから。
「開けてもいい?」
「うん、どうぞ」
お母さんが、紙袋からバレッタを取り出した。
「いいじゃない。思ったよりもちゃんといいの選んでくれててビックリしたわ。あ、もしかして綾ちゃんが選んだ?」
「まあ、そんなとこ」
「そっか。さすが綾ちゃんね。でも、誰が選んだかは関係ないのよ。翔ちゃんがお母さんにプレゼントしようと思った、その気持ちが一番嬉しい」
お母さんは、バレッタを付けた。お母さんの後ろで蝶が舞っているように見える。
「どう? 似合ってる?」
「うん、すごく似合ってる」
お母さんは笑った。
「翔ちゃん、ありがとう」
プレゼントは贈られる側だけでなく、贈る側も幸せな気持ちになるのだと知った。
なぜ今までプレゼントをしなかったのだろうと後悔するほどに、想いを形にする大切さを知った。
お母さんは事後になってしまったけど、お父さんの時はお祝いとして贈りたい。
翔太が殊勝なことを考えているなど露知らないお父さんは、指でもくわえそうなほど羨ましそうな表情で、お母さんを見つめていた。




