最後のカレーと、これからのレシピ
しいな ここみ様主催の『華麗なる短編料理企画』参加の一品になります。
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庶民の味、カレー。
あなたの思い出のレシピと味は、どんなものでしょうか?
私の提供させていただくこの一皿……オーソドックスなお味と思いますが、よければご賞味下さい。(人*´∀`)。*゜+
しいな ここみ様、企画運営ありがとうございます!m(_ _)m
「なぁ、カレー食べたいわ」
ベッドの上で、母はふとつぶやいた。
抗がん剤治療でげっそりと痩せた頬には、それでも、いつもの笑みがあった。
「・・カレー?」
俺は思わず聞き返した。
医者には「刺激物は厳禁」と言われていた。
香辛料や油、脂肪分は胃を刺激する。
それでも、母は笑った。
「カレーがな、なんやこう、生きてるって気ぃするんよ。匂いと、あったかさと・・」
「またあんたの作ったやつ、食べたいわ」
それは母が倒れる直前に、俺が一度だけ作ったカレーのことだった。
味は正直イマイチだったと思う。
でも、母はすごく嬉しそうに食べてくれた。
…数時間後、俺は医師に呼ばれた。
「カレーなんて論外です」
胃腸外科の担当医はバッサリだった。
「刺激物、油、繊維質、すべて負担になります。嘔吐、下痢、最悪の場合、穿孔もありえます」
「・・でも」
「患者さんのQOLを考えることは大切です」
「けれど、“食べたいものをなんでも”、とはいきません」
「命がかかっているのですから」
黙る俺の横から、1人の女性が強い口調で言った。
「でも、先生。カレーが好きな患者さんは多いんですよ?」
――助け舟を出してくれたのは、病院の管理栄養士。
名前は杉本あやめさん。
笑顔がやわらかくて、眼鏡が似合う、いかにも“優しそうな人”。
「実は、“胃がんでも食べられるカレー”という研究は、栄養学の中でも注目されてるんですよ」
「辛くなく、油を使わず、でも“カレーらしさ”を残すことはできます」
彼女はそう言って、俺に一冊の資料を渡してくれた。
『スパイスを使わない和風カレー風煮込み』
――だし、すりおろし野菜、少量の味噌や醤油、カレー粉はごく微量。
油は使わない。
とろみは片栗粉で調整。
「カレーじゃないって言われるかもしれませんけど、“記憶のカレー”には近づけると思います」
「お母さまが“笑顔で食べられる”ことが、何より大事ですから」
輝く笑顔に俺は深く頭を下げた。
そしてその時から、俺の“修行”が始まった。
寮のキッチンを占拠し、5回、10回と試作を繰り返した。
玉ねぎはよく炒めてから裏ごし。
じゃがいもをすりおろす。
鶏むね肉を茹でて、ミキサーで撹拌する。
カレー粉はごく微量。
ルウは不使用。
最後に、あやめさんが「隠し味に入れてみてください」と教えてくれたのは――
『少量のリンゴジャムと、母の味噌汁に使ってた白味噌』
俺は、実家の冷蔵庫からこっそり白味噌を持ち出して、スプーンひとさじ加えた。
「おまたせ・・特製・母ちゃん仕様や」
出来上がった“なんちゃってカレー”を保温容器に詰めて、病室へ向かった。
母はスプーンを口に運び――
「・・うまいな」
と言って、涙を流した。
「ちゃんと、カレーの匂いがする。辛うないけど・・あったかい・・懐かしい味や」
それを聞いた瞬間、俺は母が作ってくれた“具なしカレー”を思い出した。
――”どろどろに溶けて、カタチのある具がないカレー”
父が死んで苦しい生活の中、玉ねぎと人参だけの――でも世界でいちばん美味しかったあれを。
「ありがとう。あんたが作ってくれて、ほんま、うれしいわ」
――母はそれから2週間後に静かに息を引き取った。
その日まで、何度も母は俺に言った。
「あれ、最高のカレーやったで」
大学卒業後、俺は栄養学の道に進んだ。
料理に縁のなかった人間だったが、『食べることが生きること』だと教えてくれたのは、あやめさんだった。
数年後、俺はあやめさんと一緒に、小さな開発チームを立ち上げた。
コンセプトは、
「病気でも、美味しく、笑って、食べられる」
そんなカレーを作ること。
商品名は迷ったが、あやめさんがぽつりと言った。
「“母ちゃんのカレー”って、どうですか?」
恥ずかしいと思った。
でも、心があったかくなった。
今、そのカレーは"ふたつのタイプ"で細々と販売されている。
ひとつはレトルトのタイプ。
もうひとつは粉末とレシピがセットになった、具材を“作ること”から一緒に始めるキットだ。
パッケージの端には、小さな言葉が印字されている。
『食べることは、生きること。
あなたの“思い出の味”に、寄り添えますように。』
――今日もどこかで、誰かがこのカレーを作っているかもしれない。
そう思うと――母ちゃん。
あんたのカレー、世界でいちばんすごいカレーやで。
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エピローグ。
「・・で、開発がうまくいったのって、やっぱり私のおかげですよね?」
あやめさんは照れ笑いしながら言った。
「ねぇ、そろそろ“あやめ”って呼んでもらえません?」
俺は返事の代わりに、そっと味噌を加えたカレーの鍋をかき混ぜた。
左手には小さなケースを持って。
香りが立つ。
甘くて、あったかい。
あの日と、同じ香りが。
これからも続くレシピになっていく。
胃にやさしい「カレー」レシピ(1人分)
材料:
鶏ささみ or 鶏むねひき肉 …50g
にんじん(すりおろし)…30g
じゃがいも(小さめ・皮なし・やわらかく)…30g
玉ねぎ(すりおろし or みじん切り)…30g
水 …200ml
牛乳 or 無調整豆乳 …50ml(※胃の状態によって)
カレー粉 …小さじ1/4(辛味のないもの)
片栗粉 …小さじ1(水溶き)
塩 …ほんの少し(0.2g以下)
作り方:
1. 鍋に水を入れて火にかけ、鶏ひき肉を加えてアクを取りながら煮る。
2. にんじん・じゃがいも・玉ねぎを加え、やわらかくなるまで煮込む(10~15分)。
3. カレー粉を入れ、全体をなじませる。
4. 牛乳 or 豆乳を加えて混ぜ、さらに軽く加熱
5. 水溶き片栗粉を加え、とろみを調整する。
6. 味をみて、必要ならほんの少し塩を加える(省略可)。
注意点
退院直後や手術後すぐはこのカレーでも負担になる場合があります。
医師や管理栄養士の指導のもとで試すことが大前提です。
香辛料・油脂を控える代わりに、うま味や香りはだし(昆布・鰹など)で補うのがおすすめ。
(追加)
また沢山の温かいご感想をいただきました。
心よりお礼を申し上げます。m(_ _)m
この作品とレシピが、誰かの笑顔に結び、繋がっていきますように。(*人´ω`*)