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最後のカレーと、これからのレシピ

しいな ここみ様主催の『華麗なる短編料理企画』参加の一品になります。

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/2175055/blogkey/3464735/


庶民の味、カレー。

あなたの思い出のレシピと味は、どんなものでしょうか?

私の提供させていただくこの一皿……オーソドックスなお味と思いますが、よければご賞味下さい。(人*´∀`)。*゜+


しいな ここみ様、企画運営ありがとうございます!m(_ _)m


「なぁ、カレー食べたいわ」


ベッドの上で、母はふとつぶやいた。


抗がん剤治療でげっそりと痩せた頬には、それでも、いつもの笑みがあった。


「・・カレー?」


俺は思わず聞き返した。


医者には「刺激物は厳禁」と言われていた。


香辛料や油、脂肪分は胃を刺激する。


それでも、母は笑った。


「カレーがな、なんやこう、生きてるって気ぃするんよ。匂いと、あったかさと・・」


「またあんたの作ったやつ、食べたいわ」


それは母が倒れる直前に、俺が一度だけ作ったカレーのことだった。


味は正直イマイチだったと思う。


でも、母はすごく嬉しそうに食べてくれた。



…数時間後、俺は医師に呼ばれた。


「カレーなんて論外です」


胃腸外科の担当医はバッサリだった。


「刺激物、油、繊維質、すべて負担になります。嘔吐、下痢、最悪の場合、穿孔もありえます」


「・・でも」


「患者さんのQOLを考えることは大切です」


「けれど、“食べたいものをなんでも”、とはいきません」


「命がかかっているのですから」


黙る俺の横から、1人の女性が強い口調で言った。


「でも、先生。カレーが好きな患者さんは多いんですよ?」



――助け舟を出してくれたのは、病院の管理栄養士。


名前は杉本あやめさん。


笑顔がやわらかくて、眼鏡が似合う、いかにも“優しそうな人”。


「実は、“胃がんでも食べられるカレー”という研究は、栄養学の中でも注目されてるんですよ」


「辛くなく、油を使わず、でも“カレーらしさ”を残すことはできます」


彼女はそう言って、俺に一冊の資料を渡してくれた。



『スパイスを使わない和風カレー風煮込み』


――だし、すりおろし野菜、少量の味噌や醤油、カレー粉はごく微量。


油は使わない。


とろみは片栗粉で調整。


「カレーじゃないって言われるかもしれませんけど、“記憶のカレー”には近づけると思います」


「お母さまが“笑顔で食べられる”ことが、何より大事ですから」


輝く笑顔に俺は深く頭を下げた。


そしてその時から、俺の“修行”が始まった。



寮のキッチンを占拠し、5回、10回と試作を繰り返した。


玉ねぎはよく炒めてから裏ごし。


じゃがいもをすりおろす。


鶏むね肉を茹でて、ミキサーで撹拌する。


カレー粉はごく微量。


ルウは不使用。


最後に、あやめさんが「隠し味に入れてみてください」と教えてくれたのは――


『少量のリンゴジャムと、母の味噌汁に使ってた白味噌』


俺は、実家の冷蔵庫からこっそり白味噌を持ち出して、スプーンひとさじ加えた。



「おまたせ・・特製・母ちゃん仕様や」


出来上がった“なんちゃってカレー”を保温容器に詰めて、病室へ向かった。


母はスプーンを口に運び――


「・・うまいな」


と言って、涙を流した。


「ちゃんと、カレーの匂いがする。辛うないけど・・あったかい・・懐かしい味や」


それを聞いた瞬間、俺は母が作ってくれた“具なしカレー”を思い出した。


――”どろどろに溶けて、カタチのある具がないカレー”


父が死んで苦しい生活の中、玉ねぎと人参だけの――でも世界でいちばん美味しかったあれを。


「ありがとう。あんたが作ってくれて、ほんま、うれしいわ」



――母はそれから2週間後に静かに息を引き取った。


その日まで、何度も母は俺に言った。


「あれ、最高のカレーやったで」



大学卒業後、俺は栄養学の道に進んだ。


料理に縁のなかった人間だったが、『食べることが生きること』だと教えてくれたのは、あやめさんだった。



数年後、俺はあやめさんと一緒に、小さな開発チームを立ち上げた。


コンセプトは、

「病気でも、美味しく、笑って、食べられる」

そんなカレーを作ること。


商品名は迷ったが、あやめさんがぽつりと言った。


「“母ちゃんのカレー”って、どうですか?」


恥ずかしいと思った。


でも、心があったかくなった。


今、そのカレーは"ふたつのタイプ"で細々と販売されている。


ひとつはレトルトのタイプ。


もうひとつは粉末とレシピがセットになった、具材を“作ること”から一緒に始めるキットだ。


パッケージの端には、小さな言葉が印字されている。


『食べることは、生きること。

あなたの“思い出の味”に、寄り添えますように。』



――今日もどこかで、誰かがこのカレーを作っているかもしれない。


そう思うと――母ちゃん。


あんたのカレー、世界でいちばんすごいカレーやで。



※※※※※※※※※※※※※※※



エピローグ。



「・・で、開発がうまくいったのって、やっぱり私のおかげですよね?」


あやめさんは照れ笑いしながら言った。


「ねぇ、そろそろ“あやめ”って呼んでもらえません?」


俺は返事の代わりに、そっと味噌を加えたカレーの鍋をかき混ぜた。


左手には小さなケースを持って。


香りが立つ。


甘くて、あったかい。


あの日と、同じ香りが。


これからも続くレシピになっていく。


胃にやさしい「カレー」レシピ(1人分)

材料:

鶏ささみ or 鶏むねひき肉 …50g

にんじん(すりおろし)…30g

じゃがいも(小さめ・皮なし・やわらかく)…30g

玉ねぎ(すりおろし or みじん切り)…30g

水 …200ml

牛乳 or 無調整豆乳 …50ml(※胃の状態によって)

カレー粉 …小さじ1/4(辛味のないもの)

片栗粉 …小さじ1(水溶き)

塩 …ほんの少し(0.2g以下)

作り方:

1. 鍋に水を入れて火にかけ、鶏ひき肉を加えてアクを取りながら煮る。

2. にんじん・じゃがいも・玉ねぎを加え、やわらかくなるまで煮込む(10~15分)。

3. カレー粉を入れ、全体をなじませる。

4. 牛乳 or 豆乳を加えて混ぜ、さらに軽く加熱

5. 水溶き片栗粉を加え、とろみを調整する。

6. 味をみて、必要ならほんの少し塩を加える(省略可)。


注意点

退院直後や手術後すぐはこのカレーでも負担になる場合があります。

医師や管理栄養士の指導のもとで試すことが大前提です。

香辛料・油脂を控える代わりに、うま味や香りはだし(昆布・鰹など)で補うのがおすすめ。


(追加)

また沢山の温かいご感想をいただきました。

心よりお礼を申し上げます。m(_ _)m


この作品とレシピが、誰かの笑顔に結び、繋がっていきますように。(*人´ω`*)

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― 新着の感想 ―
素敵なお話です。 泣けました。 あとがきのレシピが、この作品にどっしりとした重みと存在感を与えていますね。 素敵なお話、ありがとうございました。
このような息子を持った母親、このような男性の伴侶となった妻。 すごく幸せですね。 素敵な泣けるお話でした。
素敵です!! 美味しさと感動のマリアージュに泣けました(/_;)
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