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第9話 初めてのレベルアップ

 夕暮れのオレンジ色の光が、クロスロードの街を染め始めていた。俺がギルドの門を再びくぐった時、中は何時間か前と変わらず、冒険者たちの熱気と喧騒に満ちていた。酒を酌み交わす者、武具の自慢話に花を咲かせる者。その誰もが、俺がこの数時間で成し遂げた「プロジェクト」のことなど知る由もない。


 俺は、そんな彼らには一瞥もくれず、まっすぐに受付カウンターへと向かった。カウンターの向こうでは、赤毛の受付嬢ハンナが、相変わらず気だるそうに頬杖をついて、同僚と雑談をしていた。俺がカウンターの前に立つと、彼女は面倒くさそうに顔を上げた。


「あら、あんたかい。もう戻ってきたのかい。どうせ、半分も終わらずに音を上げて……」


 ハンナの言葉は、途中で途切れた。

 俺が、無言のまま、カウンターの上に次々と「納品物」を並べ始めたからだ。


 まず、丁寧に束ねられた「月見草」を10本。次に、ずしりと重い「ポポの実」が入った麻袋。農家の老人からもらった、瑞々しい野菜が入った籠。パン屋のミーナさんからの、焼きたてのパンが詰まった紙袋。そして、それぞれの依頼が完了したことを証明する、依頼主のサインが入った羊皮紙の切れ端。


 俺は、12件の依頼に関する全ての納品物と証拠品を、まるでデパートの商品陳列のように、整然とカウンターの上に並べてみせた。


「……は?」


 ハンナの口から、間の抜けた声が漏れた。彼女の目は、信じられないものを見るかのように、大きく見開かれている。その驚きの声に、近くで飲んでいた冒険者たちも、何事かとこちらに視線を向け始めた。


「……え? ちょ、ちょっと待ちなよ……。これ、まさか……全部、終わらせてきたって言うのかい?」

 ハンナの声が、わずかに震えている。


「ああ」

 俺は平然と頷いた。

「依頼された12件のタスク、全て完了した。検収を頼む」


「け、検収……? あ、ああ……」


 ハンナは、まだ状況が飲み込めていない様子で、おそるおそる月見草を手に取った。

「……品質は、最上級。ポポの実も、傷一つない。農具の修理も、水質調査も、倉庫の清掃も……全部、完了のサインが……」


 彼女は一つ一つ確認するたびに、その驚きを大きくしていく。

 やがて、カウンターの周りには、小さな人だかりができていた。


「おい、マジかよ……」

「あの雑用依頼、全部か? 半日も経ってねえぞ?」

「一人でやったのか? どんな手を使ったんだ……?」


 俺が朝、依頼書を剥がしていた時に嘲笑していた連中も、今は呆然とした表情で、カウンターの上の納品物の山を眺めている。


 やれやれ。目立つのは本意ではないが、これもプロジェクト完了報告には付き物のセレモニーだ。俺は、彼らの視線を意に介さず、ただ静かにハンナの作業が終わるのを待った。


 ハンナは、全ての納品物を確認し終えると、深々とため息をつき、改めて俺の顔をまじまじと見つめた。その目には、もはや呆れや侮蔑の色はなく、純粋な畏怖と困惑が浮かんでいた。


「……あんた、一体、何者なんだい?」

「ただの、効率を重視する元会社員だ。それより、報酬の支払いを頼む」


「あ、ああ、そうだったね……」


 ハンナは慌てて算盤を弾き始めた。その時だった。

 俺の頭の中にだけ、あの心地よい機械的な音声が、はっきりと響き渡った。


『全タスク完了。プロジェクト『クロスロード雑務一括処理プロジェクト』、目標達成率100%で完了しました』

『経験値が規定値に達しました。レベルが1から3に上がります』


(……よし!)


 俺は、思わず口元が緩むのを必死で堪えた。レベルが2つも上がった。やはり、複数のタスクをまとめて効率的に処理することで、経験値にボーナスが付与される仕様らしい。俺の仮説は、またしても正しかった。


 だが、驚きはそれだけでは終わらなかった。


『レベルアップボーナス。新規スキル【鑑定】【収納】を取得しました』


【鑑定】と【収納】。

 いわゆる、鑑定スキルとアイテムボックス。

 異世界ファンタジーの基本にして、冒険者にとっては必須とも言える、超便利スキルだ。


(……最高じゃないか)


【鑑定】があれば、素材の価値や道具の性能を正確に把握できる。市場での取引を有利に進められるし、未知のアイテムのリスク評価も可能になる。

 そして、【収納】。これがあれば、もう重い荷物を背負って歩き回る必要はない。物理的な制約から解放され、俺の行動効率は飛躍的に向上するだろう。


 この二つのスキルは、俺の【業務効率化】という親スキルと、最高のシナジーを生み出すに違いない。


「お、お待ちどうさん。はい、これが今回の報酬だよ」


 俺が内なる興奮に打ち震えていると、ハンナが銅貨と銀貨が混じった山をカウンターに押し出した。

「ええと、合計で、銀貨3枚と銅貨27枚。……間違いなく、払ったからね!」


 彼女はなぜか、まるでカツアゲに遭った被害者のように、びくびくしながら言った。


 俺は、そのコインを無言で革袋にしまい込む。

 周囲の冒気者たちは、ゴクリと喉を鳴らしてその光景を見ていた。新人冒険者が、たった半日で稼ぐ金額としては、破格と言っていい。


 俺は、呆然と立ち尽くすハンナに、軽く会釈した。

「どうも。また何か、効率的に片付けられそうな案件があったら、声をかけてくれ」


 そう言い残し、俺は踵を返した。

 モーゼの十戒のように、俺が歩き出すと、人だかりがさっと左右に分かれて道を開ける。


 俺は、彼らの視線を背中に感じながら、ギルドを後にした。

 外は、すっかり夜の帳が下りていた。


 やれやれ。少し目立ちすぎたかもしれないな。

 だが、得られた成果は大きい。

 俺の異世界での最初のプロジェクトは、大成功に終わった。


 そして、俺の頭の中では、すでに次のプロジェクトが動き始めていた。

【鑑定】と【収納】という新たなツールを手に入れた今、俺の「業務効率化」は、新たなステージへと移行する。

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