第8話 最適化された業務フロー
俺は、クロスロードの街を歩いていた。
いや、歩かされていた、と言うべきか。視界の隅に表示された半透明のマップと、そこから伸びる青い光の矢印が、俺の進むべき道を寸分の狂いもなく示している。右折、左折、細い路地を抜け、人混みを最短距離で回避する。まるで、熟練のタクシードライバーのように、俺は無駄のない動きで街を突き進んでいた。
「やれやれ、ここまでナビゲートされると、自分で考えて歩くという行為を忘れそうだな」
俺は独りごちたが、その口調に不満の色はない。むしろ、この完璧なまでの効率性に、快感すら覚えていた。前職では、常に曖昧な指示とゴールが変更されるプロジェクトに振り回されてきた。だが、今はどうだ。タスクは明確、ルートは最適化済み。あとは、俺というリソースが、計画通りに動けばいいだけだ。
【タスク管理】スキルが示した最初の目的地は、街の東の外れにある、古びた農家だった。依頼は「壊れた農具の修理」。報酬は銅貨2枚と、採れたての野菜少々。他の冒険者が見向きもしないのも頷ける、地味な依頼だ。
農家の戸を叩くと、腰の曲がった人の良さそうな老人が、訝しげな顔で出てきた。
「……あんた、誰かね? 見かけない顔だが」
「ギルドから来た、サトウだ。農具の修理依頼を受けたと伝えてくれ」
俺がギルドカードを見せると、老人はさらに眉をひそめた。
「ギルドから? あんたみたいな、街の人間がかい? 鍬や鋤なんて、触ったこともないだろうに」
「まあ、見ていてくれ。仕事はきっちりこなす主義なんでね」
老人に案内され、納屋へと向かう。そこには、柄が折れた鍬や、刃が欠けた鎌などが、無造作に転がっていた。
「ほれ、これだ。直せるもんなら、直してみな」
老人は、試すような目で俺を見ている。
やれやれ。クライアントの信頼を得るのも、プロジェクトの重要なマイルストーンの一つだ。
俺は壊れた鍬を手に取り、意識を集中させた。
すると、目の前のウィンドウに、新たな情報が表示される。
『対象:壊れた鍬』
『破損状況:柄の部分に構造的疲労による亀裂。刃の固定部分に緩みあり』
『推奨修復プロセス:
納屋の隅にある樫の木材(強度:B+)を使用し、柄を交換。
刃の固定には、楔を打ち込む方式を推奨。作業場にある古い釘(材質:鉄)を加工して楔を作成。
仕上げに、牛脂(防水・防腐効果あり)を柄に塗り込むこと』
『推定作業時間:12分』
「……完璧だ」
俺は、もはや驚きもしなかった。このスキルは、単にタスクを管理するだけではない。そのタスクを遂行するための、最も効率的な「業務フロー」まで提示してくれるのだ。
俺はウィンドウの指示通り、納屋の隅から手頃な樫の木材を見つけ出し、古い斧で手際よく削り始めた。老人が「お、おい、そいつは薪にするやつだぞ!」と慌てているが、構わない。これが最適解なのだ。
カン、カン、カン……。
俺は驚くほどスムーズに、作業を進めていく。まるで、何十年もこの仕事をしてきた熟練の職人のように。いや、違う。俺はただ、完璧なマニュアルに従っているだけだ。無駄な思考も、迷いもない。ただ、淡々と、作業をこなしていく。
12分後。俺は、新品同様になった鍬を、老人の前に差し出した。
「……これで、どうだ?」
老人は、目を丸くして、俺と鍬を交互に見比べている。
「な……なんだってんだ、あんた……。わしでも、こんなに綺麗には直せねえぞ。一体、どんな魔法を使ったんだ?」
「魔法じゃない。ただの、業務フローの最適化だ」
俺がそう言うと、老人はますます混乱した顔をしたが、やがて感心したように深く頷いた。
「よく分からんが、あんた、すごい腕だな! 約束の報酬だ、持っていきな!」
俺は銅貨2枚と、瑞々しいトマトやキュウリが入った籠を受け取った。
その瞬間、頭の中に声が響く。
『タスク【壊れた農具の修理】、完了。経験値を獲得しました』
ウィンドウのダッシュボードを見ると、【壊れた農具の修理】のカードが「未着手」から「完了」のレーンに移動していた。プロジェクトの進捗率が、8%に更新される。
「よし、次だ」
俺は老人に軽く会釈すると、すぐにその場を後にした。
次の目的地は、街の中心部にあるパン屋だ。「迷子の猫探し」の依頼。
最適化ルートに従ってパン屋に着くと、エプロン姿の恰幅のいい女将さん、ミーナさんが心配そうな顔で俺を迎えた。
「ああ、ギルドの人! うちのタマを見つけてくれるんだってね! お願いだよ、あの子がいないと、夜も眠れないんだ!」
俺は彼女をなだめつつ、【タスク管理】スキルを起動する。
『タスク詳細:迷子の猫「タマ」探し』
『関連情報:
・最終目撃情報:昨日の夕方、パン屋の裏口付近。
・行動パターン分析:対象(猫:タマ)は、暖かい場所と魚の匂いを好む傾向あり。
・推定現在位置:半径200m以内の、パンの焼ける匂いが届き、かつ西日の当たる場所。確率72%で、魚屋の裏手にある木箱の上で昼寝中』
「……ご婦人、心当たりがある」
俺はミーナさんに自信ありげに告げた。
「おそらく、タマ君は魚屋の裏で昼寝をしているはずだ。すぐ連れてこよう」
「え? 本当かい!?」
俺はミーナさんの驚きの声を背に、マップが示す魚屋へと向かった。
そして、その裏手に回ると――いた。
黒い毛並みの猫が、木箱の上で、気持ちよさそうに丸くなっている。首には、依頼書通りの赤いリボン。
やれやれ。ここまで完璧だと、もはや感動すら覚えない。
俺は猫をひょいと抱き上げ、パン屋へと戻った。
「タマ! ああ、タマ! よかった、無事だったんだね!」
ミーナさんは、涙を流して愛猫との再会を喜んでいる。
「ありがとう、ありがとうよ、冒険者さん! あんたは名探偵だね! お礼に、うちのパンを好きなだけ持ってお行き!」
俺は焼きたてのパンが詰まった袋と、報酬の銅貨10枚を受け取った。
『タスク【迷子の猫「タマ」探し】、完了。経験値を獲得しました』
進捗率、16%。
その後も、俺の「業務」は驚くほど順調に進んだ。
井戸の水を汲んで、煮沸し、不純物の有無を確認する「水質調査」。
ギルドの倉庫で、指示書通りに荷物を整理する「倉庫の清掃」。
街の南の森では、マップが示した場所に直行し、モンスターに遭遇することなく、あっさりと「月見草」の群生地を発見した。
一つ、また一つと、タスクリストのカードが「完了」レーンへと移動していく。
そのたびに、俺の頭の中には経験値獲得のメッセージが響き、微かな高揚感が胸を満たした。
これは、理不尽な上司やクライアントに振り回されていた前世では、決して味わえなかった感覚だ。
自分の計画通りに物事を進め、目に見える形で結果が出る。
無駄がない。手戻りもない。ただ、完璧な業務フローが、そこにあるだけだ。
半日も経たないうちに、俺は12件の依頼のうち、11件を完了させていた。
残るは、あと一つ。
俺は、最後の目的地を確認する。
それは、ギルドのカウンターへの「納品」という、最後のタスクだった。