表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/48

第7話 初めてのタスク管理

 ギルドの重い扉を押し開け、外の喧騒の中に一歩踏み出す。背後からは、まだ俺の奇行を肴に酒を飲んでいるであろう冒険者たちの、かすかな笑い声が聞こえてくる気がした。


「(笑いたければ笑うがいい。君たちには、俺が今、どれほどのエクスタシーを感じているか、万分の一も理解できないだろうからな)」


 俺は誰に言うでもなく心の中で呟き、口の端が自然と吊り上がるのを抑えられなかった。

 気持ち悪いと罵られた、あのハンナという受付嬢の顔が脳裏をよぎる。無理もない。今の俺の顔は、おそらく長年のデスマーチの末にようやくプロジェクト完了の目処が立ち、バグだらけのソースコードの中に一筋の光明を見出した時の、あの狂気と歓喜が入り混じったSEシステムエンジニアの顔をしているに違いない。


 俺は人通りの多い大通りを避け、建物の影になっている薄暗い路地裏へと入った。まずは、先ほど取得したばかりの新しい「ツール」の仕様を、じっくりと確認する必要がある。


「さて、と。お手並み拝見といこうか」


 壁に背を預け、周囲に人がいないことを確認してから、俺は再び意識を集中させた。

 目の前に、例の半透明ウィンドウが浮かび上がる。


『親スキル:【業務効率化】

 └ サブスキル:【タスク管理】』


 俺は、サブスキルとして表示された【タスク管理】の項目を、指でタップするようなイメージで念じた。すると、ウィンドウが滑らかに切り替わり、新たな画面が表示される。


「……これは」


 思わず、声が漏れた。

 目の前に現れたのは、俺が前職で嫌というほど見慣れた、プロジェクト管理ツールのダッシュボードそのものだったからだ。


 画面の左側には、俺が先ほどギルドで引き受けた依頼が、カード形式でずらりと並んでいる。


『未着手タスク(12件)』

 ・【薬草「月見草」の採取】

 ・【ポポの実の納品】

 ・【迷子の猫「タマ」探し】

 ・【ギルド倉庫の清掃】

 ・【壊れた農具の修理】

 ・【井戸水の水質調査】

 ……以下、省略。


 まるでTrelloかJiraのカンバンボードだ。俺は試しに【薬草「月見草」の採取】のカードを念じてみる。すると、カードが拡大表示され、詳細な情報がポップアップした。


『タスク詳細:薬草「月見草」の採取』

『依頼主:薬屋の老婆エルマ』

『概要:街の南の森に自生する月見草を10本採取し、納品すること』

『要求スキル:特になし(【鑑定】スキルがあれば効率向上)』

『推定所要時間:約45分(移動時間含む)』

『リスク評価:低(スライム等の低級モンスターと遭遇する可能性:15%)』

『報酬:銅貨5枚』

『関連情報:月見草は湿気の多い、月光の当たりにくい場所に群生する傾向あり』


「……はっ」


 乾いた笑いが漏れた。

 なんだこれは。完璧じゃないか。

 依頼の概要だけでなく、リスク評価から関連情報まで、必要な情報がすべて網羅されている。これがあれば、無駄な情報収集に時間を費やす必要もない。


「やれやれ。これだけでも十分すぎるほどチートだが……まさか、これだけじゃないだろうな?」


 俺はダッシュボードの右上隅に、小さく表示されている一つのボタンに気づいた。

 そこには、こう書かれていた。


【最適化(Optimize)】


 俺は、期待に胸を膨らませながら、そのボタンを念じた。


『全タスクの最適化処理を開始しますか? YES/NO』


「YESだ。大声でYESと叫びたい気分だ」


 俺がそう念じた瞬間、視界が大きく切り替わった。

 目の前に、クロスロードの街とその周辺地域の、驚くほど精巧な3Dマップがオーバーレイ表示されたのだ。まるで、最新のカーナビか、フライトシミュレーターのようだ。


 マップ上には、俺が受けた12件の依頼の目的地が、それぞれ異なる色のアイコンでプロットされている。薬草の採取場所、猫が最後に目撃された地点、壊れた農具がある農家、ギルドの倉庫……。


 そして、それらのアイコンを縫うように、一本の青い光の線が、するすると描かれていく。


『最適化処理、完了。全12タスクを最短時間・最小リスクで完了するための最適ルートを算出しました。推定総所要時間:3時間28分。このルートに従って行動しますか?』


「……」


 俺は、言葉を失った。

 これは、もはやただのタスク管理ツールではない。

 複数のタスクを統合し、依存関係を解決し、リソースを最適配分して、最短のクリティカルパスを導き出す。これは、完全なプロジェクトマネジメント・スイートだ。


 俺は頭の中で、この一連の雑用依頼を、一つのプロジェクトとして再定義した。


『プロジェクト名:クロスロード雑務一括処理プロジェクト』

『目標:12件の依頼を半日以内に完了させ、スキル【業務効率化】の有効性を実証する』

『担当者:俺』

『使用ツール:【タスク管理】』


「くくく……」

 笑いが止まらない。

「アハハハハ!」


 路地裏に、中年男の乾いた、しかし心底楽しそうな笑い声が響き渡った。

 もし、このスキルが前職の時にあったなら。あの地獄のようなデスマーチも、もっとスマートに、もっとエレガントに乗り越えられただろうに。無能な上司に「なぜこのタスクから始めるのか、根拠を示せ」と詰められても、この最適化ルートを叩きつけてやれば、ぐうの音も出なかったはずだ。


「やれやれ、今更言っても仕方ないか」


 俺は笑うのをやめ、表情を引き締めた。

 計画は立った。あとは、実行あるのみだ。


 俺は、最適化されたルートの、最初の目的地を確認する。

 それは、街の東門の外れにある、小さな農家だった。「壊れた農具の修理」の依頼だ。


「よし」


 俺は路地裏から出ると、太陽の光を浴びながら、確かな足取りで歩き始めた。

 視界の隅には、常に半透明のマップと、目的地を示す青い光の矢印が表示されている。迷うことはない。無駄な寄り道もない。


 ただ、完璧に、効率的に、タスクを遂行するだけだ。

 俺の異世界での、記念すべき最初の「業務」が、今、始まった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ