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第6話 スキルの仕様確認

 クロスロードの冒険者ギルドは、昼間だというのに薄暗く、酒と汗と、そして微かな血の匂いが混じり合った独特の空気に満ちていた。俺は、騒がしいホールの一番隅にあるテーブル席に陣取り、深く息をついた。手元には、先ほど発行されたばかりの、真新しいギルドカード。血を一滴垂らして作られた、何の変哲もない金属の板だ。


「やれやれ……」


 思わず、いつもの口癖が漏れる。異世界に来てまで、結局やることは変わらないらしい。新しい環境に適応し、自分のリソースを分析し、今後のアクションプランを策定する。まるで、新しいプロジェクトにアサインされた初日のようだ。このギルドカードが、俺にとっての新しい社員証というわけか。


 俺は周囲に気づかれないよう、そっと目を閉じた。意識を内側へと集中させる。

 目標は、俺の唯一にして最大の資産である、あのスキルの仕様を徹底的に確認することだ。


【業務効率化】


 謁見の間でその名前を聞いた時、俺の脳裏には歓喜の嵐が吹き荒れた。だが、今は冷静にならなければならない。どんなに優れたツールでも、その仕様を正確に理解し、正しく使えなければ意味がない。むしろ、思わぬバグや脆弱性で、手痛いしっぺ返しを食らうことだってある。


(まずは、インターフェースの確認からだな。どうやってアクセスするんだ?)


 俺がそう念じた瞬間、目の前に、ふわりと半透明のウィンドウが浮かび上がった。まるで、最新のARグラスをかけているかのような感覚だ。ウィンドウは黒を基調としたシンプルなデザインで、白い文字が整然と並んでいる。


「……ほう。GUIグラフィカルユーザインタフェース完備か。これはありがたい」


 俺は感心しながら、ウィンドウに表示された内容を読み進める。


『親スキル:【業務効率化】

 └ サブスキル:未取得』


 表示されているのは、たったこれだけだった。

 俺は眉をひそめる。


「親スキル……サブスキル……ね。まるでソフトウェアのクラス継承だな」


 ITエンジニアとしての思考が、自然とこの世界のことわりを分析していく。

 この表示から推測するに、【業務効率化】というスキルは、それ自体が直接的な効果を発揮するものではないらしい。おそらく、これは様々な機能を持つサブスキル群を統括する、いわばOSやフレームワークのような存在なのだろう。


「だとすれば、どうやってサブスキルを取得するんだ? スキルポイントを割り振るのか? それとも、特定のアイテムが必要なのか?」


 俺はウィンドウを睨みつけながら、様々な可能性をシミュレーションする。しかし、ウィンドウにはそれ以上の情報は表示されていない。ヘルプ機能やマニュアルもなさそうだ。


「……いや、待てよ」


 俺は思考を切り替える。スキルの名前は【業務効率化】だ。ならば、その名の通り、「業務」をこなすことで、何かが起きるのではないか。

 例えば、特定の「業務」を定義し、それを実行・完了させることで、関連するサブスキルがアンロックされる、という仕様なのではないか。


「なるほどな。経験値を積んでスキルツリーを解放していくようなものか。RPGの王道だな。だとしたら、まずは何か『業務』をこなしてみる必要がある」


 俺はそう結論付け、ゆっくりと目を開けた。

 やるべきことが明確になれば、あとは実行するだけだ。俺は重い腰を上げ、ギルドの心臓部である、依頼掲示板へと向かった。


 掲示板の前には、すでに数人の冒険者たちが群がり、依頼書を吟味していた。

「おい、見てみろよ! 『グレートボアの討伐』、報酬は金貨1枚だぜ!」

「馬鹿言え、ありゃBランクパーティでも苦戦する相手だ。俺たちじゃ無理だ」

「こっちの『廃坑のオーク偵察』ならどうだ? Cランク指定だが、俺たちならいけるだろ!」


 彼らが指さすのは、ゴブリン討伐、オークの偵察、商人の護衛といった、いかにも冒険者らしい、華々しい依頼ばかりだ。報酬も銀貨数十枚から金貨に届くものまであり、ハイリスク・ハイリターンな案件が並んでいる。


 だが、俺はそういった依頼には目もくれなかった。

「リスク管理の基本は、未知の環境ではまずローリスク・ローリターンの案件から着手することだ。いきなり高難易度クエストに挑むなど、無謀な新人のやることだ」


 俺は人垣を抜け、掲示板の隅の方へと移動した。そこは、ほとんど誰も見向きもしないエリアで、古びて黄ばんだ羊皮紙が、まるで忘れ去られたかのように寂しく貼られていた 。


 俺は、その中の一枚に手を伸ばした。


『依頼:薬草「月見草」の採取

 内容:街の南の森に自生する月見草を10本採取してくること。

 報酬:銅貨5枚』


 続けて、隣の依頼書も剥がす。


『依頼:ポポの実の納品

 内容:東の草原で採れるポポの実を20個納品すること。

 報酬:銅貨3枚』


 さらに、その下。


『依頼:迷子の猫「タマ」探し

 内容:パン屋のミーナさんの愛猫タマを探してほしい。黒猫で、首に赤いリボン。

 報酬:銅貨10枚と焼きたてパン』


 俺が次々と地味な依頼書を剥がしていくと、周りの冒険者たちが奇異なものを見る目で俺をちらちらと見始めた。

「おい、あの新人、何やってんだ?」

「薬草採りに猫探し? プッ、ガキのお使いじゃねえか」

「あんなの、一日中やったって宿代にもなりゃしねえよ」


 嘲笑が聞こえてくるが、俺は全く意に介さない。彼らには、俺の行動の意図など理解できないだろう。俺は彼らの視線を無視し、10枚以上の雑多な依頼書を手に、受付カウンターへと向かった。


 カウンターでは、先ほどの赤毛の女性職員が、頬杖をついて退屈そうに爪を磨いていた。俺が大量の依頼書をカウンターに置くと、彼女は驚いたように顔を上げた。


「……あんた、本気かい?」

 呆れたような声だった。

「こんな雑用ばかりまとめて受けて、どうするつもりなんだい? 一つ一つじゃ手間ばっかりかかって、割に合わないって、さっきも言ったはずだけど」


「ああ、構わない」

 俺は平然と答えた。

「まずはこの街の地理と、仕事の進め方に慣れたいんでね。いわば、OJT(On-the-Job Training)というやつだ」


「おーじぇーてぃー? なんだい、その呪文は。まあ、あんたがいいなら止めはしないけどね……。本当に、これでいいんだな?」

 ハンナと呼ばれた彼女は、念を押すように聞いてくる。


「ああ、問題ない。むしろ、こういう細かいタスクをまとめて片付けるのは、前職で嫌というほどやらされたからな。得意分野なんだ」


 俺の言葉に、ハンナはますます怪訝な顔をしたが、やがて諦めたように肩をすくめ、依頼の受付処理を始めた。彼女が依頼書に一枚一枚スタンプを押していく。


 そして、最後の依頼書の処理が終わった、その瞬間だった。


 俺の頭の中に、あの機械的な声が直接響いた。


『条件を達成しました。サブスキル【タスク管理】を取得します』


(――来た!)


 俺は内心で、静かに、しかし力強く叫んだ。

 仮説は、正しかった。俺のスキルは、やはり「業務」をトリガーとして拡張されていく仕様なのだ。


 目の前の半透明ウィンドウが、すっと更新される。


『親スキル:【業務効率化】

 └ サブスキル:【タスク管理】』


「おい、どうしたんだい、急にニヤニヤして。気持ち悪いよ」

 ハンナが、訝しげな視線を俺に向けている。


 俺は慌てて表情を引き締めた。

「いや、なんでもない。少し、仕事のやる気が出てきただけだ」


 俺はカウンターに置かれた依頼書の束を受け取ると、ハンナに背を向けた。

「それじゃあ、行ってくる」


「あ、ああ……。まあ、せいぜい頑張りなよ、新人さん」


 ハンナの呆れたような声援を背に、俺はギルドの出口へと向かう。

 足取りは、驚くほど軽かった。


 やれやれ。異世界に来てまで、タスク管理だのプロジェクトだの、前世とやっていることは何も変わらない。

 だが、不思議と嫌な気はしなかった。

 むしろ、これから始まる「業務」に、胸が躍るのを感じていた。


 俺の異世界での、最初のプロジェクトが、今、始まろうとしていた。

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