第47話 念願のスローライフへ
数週間後。
俺は、王から与えられた、辺境の屋敷のテラスで、優雅にハーブティーを飲んでいた。
目の前には、どこまでも広がる、穏やかな丘陵地帯。耳に届くのは、鳥のさえずりと、風が木々を揺らす音だけ。
これだ。これこそが、俺が、人生を賭けて求めていた、何にも縛られない、完璧なスローライフだ。
「さて、と。まずは、家庭菜園でも始めるか」
俺は、立ち上がると、屋敷の裏にある、広大な庭へと向かった。
【鑑定】スキルで土壌の成分を分析し、【自動化】スキルで、水やりや温度管理のシステムを構築する。俺のスキルは、こういう、平穏な生活を効率化するためにこそ、あるべきなのだ。
俺は、土の匂いを胸一杯に吸い込み、満足のため息をついた。
もう、面倒なプロジェクトも、厄介な人間関係も、終わりのない残業もない。
ただ、穏やかで、自由な時間だけが、ここにはある。
俺が、そんな至福の時を噛み締めていた、その時だった。
屋敷の門が、ドンドン、と、けたたましく叩かれた。
「やれやれ、誰だ? こんな辺境に、セールスマンでも来るのか?」
俺は、面倒くさそうに、門へと向かった。
そして、扉を開けて、俺は、絶句した。
そこに立っていたのは、ピカピカの新しい騎士の鎧に身を包んだ、エララとルナだった。
「マネージャー! 新しい任地へのご栄転、おめでとうございます!」
エララが、満面の笑みで、ビシッと敬礼する。
「私たち、本日付で、この辺境地域を守る、新生騎士団の隊長として、着任いたしました!」
ルナも、嬉しそうに、ぺこりと頭を下げた。
「……は?」
俺が、状況を飲み込めずにいると、二人の後ろから、ぞろぞろと、見覚えのある顔ぶれが現れた。
ザルタン王子に、タナカ君、マツモトさん……元勇者パーティの面々だ。
「サトウ先生! ご無沙汰しております!」
王子が、爽やかな笑顔で言った。
「我々、休暇を利用しまして、先生の下で、実践的な『地方統治マネジメント』を学ぶために、押しかけてまいりました! どうか、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」
「「「よろしくお願いします!!」」」
全員が、一斉に、俺に向かって、深々と頭を下げた。
俺は、目の前に広がる、新たな「部下」たちと、これから始まるであろう、数え切れないほどの面倒な「業務」を思った。
そして、どこまでも広がる、穏やかなはずだった、辺境の青空を、ゆっくりと、見上げた。
今日一番の、そして、人生で一番、深いため息が、俺の口から、漏れた。
「やれやれ、俺の定時は、いつになったら来るんだか」
俺の平穏なリタイア生活は、どうやら、まだ、始まったばかりのようだ。
(完)




