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第46話 プロジェクト完了報告

 閃光が晴れた後、クレッセン砦前の渓谷には、静寂が支配していた。

 魔王軍四天王『剛腕のボルガ』が塵となって消え去ったその場所には、彼の巨大な戦斧だけが、まるで墓標のように突き刺さっている。

 リーダーを失った魔王軍の残党は、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、それを砦の兵士たちが追撃していた。

 勝敗は、決した。


「……やった」

「俺たち、勝ったんだ……!」


 勇者パーティの面々が、膝をつき、あるいは天を仰ぎ、それぞれの形で勝利の味を噛み締めている。彼らの顔には、疲労と、そして、これまでにないほどの達成感が浮かんでいた。


 やれやれ。

 俺は、司令室の塔の上からその光景を眺め、静かに「プロジェクト完了」のボタンを、頭の中で押した。

『緊急タスク:クレッセン砦防衛戦、完了。目標達成率120%。損害、想定の10%以下。評価:S(最高評価)』


 数日後。

 王都に凱旋した俺たちは、英雄として、熱狂的な歓迎を受けた。

 特に、魔王軍四天王を討ち取った勇者パーティへの賞賛は、凄まじいものがあった。彼らは、もはや「失敗した勇者」ではない。王国を救った、真の英雄として、民衆から迎え入れられたのだ。


 そして、その立役者である俺は、といえば。

 再び、王城の謁見の間に、一人、立たされていた。


「サトウ殿! 今回の働き、見事であった! そなたがいなければ、この国は、今頃、地図から消えていたやもしれん!」

 上機嫌な国王アルフォンスが、玉座から俺を称える。

「そなたへの褒賞は、いくらあっても足りぬほどだ! ヴァレリウスが失脚して空いた、公爵の地位を与える! 望むだけの金銀財宝も、美しい嫁も、何でも好きなものを言うがよい!」


 貴族たちが、羨望と嫉妬の入り混じった視線で俺を見る。

 エララとルナも、広間の隅で、誇らしげに、そして、少しだけ寂しそうに、俺を見守っていた。


 やれやれ。

 最高のエンディングじゃないか。

 だが、それは、彼らが望む物語のエンディングだ。俺の物語のエンディングは、ここにはない。


 俺は、一歩前に進み出ると、国王に対し、これまでで最も深く、そして、丁寧な一礼をした。


「陛下。その、あまりにもったいなきお言葉、心より感謝申し上げます」

 俺は、ゆっくりと顔を上げた。

「ですが、その全て、謹んで、辞退させていただきます」


「……な、なんだと?」

 王の、驚きの声が響く。


「陛下。私が望むのは、地位でも、名誉でも、富でもございません。私が、この世界に来てから、ずっと望んでいたのは、ただ一つ」

 俺は、きっぱりと言い切った。


「辺境に、小さな屋敷を一つ。そして、誰にも邪魔されず、静かに余生を送るための、ささやかな資金。それだけで、ございます」


 俺の望みは、最初から、何一つ変わっていない。

「早期リタイア」と「スローライフ」 。



 最後まで、このスタンスを崩さないのが、俺の流儀なのだ 。



 俺の、あまりにも予想外な願いに、謁見の間は、三度、静寂に包まれた。

 国王も、貴族たちも、そして、エララやルナでさえも、俺が何を言っているのか、理解できない、という顔をしていた。


「……サトウ殿。そなたは、本気で、言っておるのか?」

 王が、信じられないという声で尋ねる。

「公爵の地位を捨てて、田舎で隠居したい、と? なぜだ! そなたほどの男が、なぜ、力を求めん!」


「陛下。私にとっての『力』とは、権力や武力ではございません。私にとっての力とは、『自由な時間』です。誰にも、何にも縛られず、自分のためだけに使える、潤沢な時間。それこそが、私が求める、唯一無二の報酬なのです」


 俺の、あまりにも現代的な価値観 は、この世界の人間には、到底、理解できないだろう。



 だが、俺の瞳に宿る、固い決意の色を読み取ったのか、王は、やがて、大きく、深いため息をついた。


「……そうか。そなたが、そこまで言うのであれば、もはや、止めはすまい」

 王は、どこか寂しそうに、しかし、納得したように、頷いた。

「よかろう。そなたの望み、全て、叶えよう。最高の『退職金』を、用意させる」


 こうして、俺の「王国軍最高顧問」という、短期プロジェクトは、正式に終了した。

 俺は、自分が作り上げた、「対魔王軍プロジェクト計画書」や、「勇者パーティ育成マニュアル」といった、膨大な資料の全てを、後任として指名された、真面目そうな若い将軍と、すっかり見違えるほど成長したザルタン王子に、引き継いだ。


「面倒な仕事は、できる人間に任せる。これもまた、マネジメントの鉄則ですよ」

 俺がそう言うと、王子は、初めて会った時の傲慢さが嘘のように、深々と頭を下げた。

「先生には、感謝してもしきれません。このご恩は、生涯、忘れません」


 やれやれ。柄にもないことは、やめてほしいものだ。


 王都を発つ日。

 見送りに来たのは、エララとルナの二人だけだった。

「ケンジ……本当に行くのか?」

 エララが、寂しそうに尋ねる。

「ああ。俺の仕事は、もう終わったからな」


「私たちも、一緒に行きます!」

 ルナが、涙ながらに訴える。

「ケンジさんのいないパーティなんて、考えられません!」


 俺は、そんな二人の頭を、優しく撫でた。

「君たちは、もう、俺の助けなど必要ない。クロスロードで出会った頃とは違う、立派な、一人前の冒険者だ。これからは、君たちの力で、この国を守ってやってくれ」

 俺の言葉に、二人は、涙をこらえながらも、力強く、頷いた。


 やれやれ。

 部下の成長は、嬉しいものだが、少しだけ、寂しいものでもあるらしい。

 俺は、そんな、前職では一度も感じたことのない感情を胸に、一人、王都を後にした。

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