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第45話 権限の委譲

 クレッセン砦の司令塔から見下ろす渓谷は、今や、巨大な魔物の群れで埋め尽くされていた。

 魔王軍四天王、『剛腕のボルガ』率いる精鋭部隊。彼らは、俺が仕掛けた壮大な「演出」にまんまと誘い込まれ、一直線に、この天然の罠の中へと突き進んでくる。地響きと共に迫りくるその光景は、まさに圧巻の一言だった。


「……敵主力、キルゾーンに進入。誤差、プラスマイナス5秒。ほぼ計画通りだ」

 俺は、眼下の光景を、まるでシミュレーションゲームの画面でも見るかのように、冷静に分析していた。

 隣では、守備隊長が、あまりの光景にゴクリと喉を鳴らしている。


「サ、サトウ殿……! 本当に、これで……?」

「ええ。これより、最終フェーズ、『殲滅』に移行します」


 俺は、傍らに控えていた伝令兵に、最後の、そして最も重要な命令を下した。

「ザルタン王子に伝えろ。『舞台の準備は整った。最高のショーを、始めよう』、と」


 伝令兵が、緊張した面持ちで駆け出していく。

 そして、数秒後。

 俺の脚本通り、壮絶な「ショー」の幕が上がった。


 まず、動いたのは、渓谷の両脇の崖の上に、息を潜めていた、砦の魔術師部隊と、弓兵隊だった。

 彼らは、俺が事前に指定しておいたポイント――ボルガの軍勢の退路を断つ、渓谷の入り口と出口――に向かって、一斉に、集中砲火を浴びせた。

 火球が炸裂し、岩盤を砕く。無数の矢が、雨のように降り注ぎ、小規模な土砂崩れを引き起こした。


「な、なんだ!? 崖の上から、攻撃だと!?」

「退路が……! 退路が、塞がれた!」


 魔王軍の兵士たちが、混乱に陥る。

 だが、彼らの本当の悪夢は、これからだった。


「今だ! 全員、突撃!」


 渓谷の出口側、彼らが進むべき道の先に、ザルタン王子率いる、勇者パーティの姿が現れた。

 彼らは、俺が教え込んだ、完璧な『トライアングル・フォーメーション』を組み、まるで、一枚岩の壁のように、魔王軍の前に立ちはだかった。


「うおおおおおっ! 俺に続けえええっ!」

 先頭に立つのは、【聖剣】の勇者タナカ。

 だが、彼は、もはや、かつてのように、無謀に突撃したりはしない。彼の役割は、ただ、敵の猛攻を受け止め、仲間たちのための「時間」と「空間」を作り出すこと。


「させるか!」

 ザルタン王子と、【格闘家】のサトウ君が、タナカの両翼を固め、側面から殺到するオークやゴブリンを、的確に、そして、効率的に、処理していく。


 そして、その後方。

【大賢者】のマツモトさんと、【聖女】のイトウさんが、絶対的な安全圏の中から、戦場全体をコントロールする。

 マツモトさんの放つ魔法は、もはや、味方を巻き込むことを恐れた、中途半端なものではない。それは、敵の陣形を的確に分断し、味方の攻撃を最大限に活かすための、計算され尽くした、精密な「戦術魔法」だった。


「ボルガ様! 敵は、少数です! 一気に、踏み潰してしまいましょう!」

 副官が叫ぶ。


「分かっておるわ!」

 ボルガは、怒りの咆哮を上げると、その巨大な戦斧を振りかぶり、勇者パーティへと、一直線に突撃した。

 彼の狙いは、ただ一人。先頭に立つ、タナカだ。


「来たか……!」

 タナカが、聖剣を構え、その全身全霊で、ボルガの一撃を受け止めようとする。


 だが、その瞬間。

 ザルタン王子の、鋭い声が響いた。

「待て、タナカ! 奴の狙いは、お前との一騎打ちだ! その挑発に乗るな! 陣形を維持しろ!」


「くっ……! 了解!」

 タナカは、悔しそうにしながらも、王子の指示に従い、攻撃を受け流す体勢へと切り替えた。


 ガギイイイイインッ!!


 凄まじい衝撃音と共に、ボルガの戦斧が、タナカの盾を弾き飛ばす。

 だが、タナカは、その衝撃を、巧みな体捌きで、後方へと逃がした。

 そして、その、ほんの一瞬の隙。


「今です! 『アース・ウォール』!」

 マツモトさんの声と共に、ボルガの足元から、巨大な土の壁が出現し、彼の動きを、一瞬だけ、封じ込めた。


「小賢しい真似を!」

 ボルガが、その壁を、力任せに粉砕する。

 だが、その時には、すでに、勇者パーティは、次の「手」を、打ち終えていた。


「『ホーリー・ライト』!」

 イトウさんの回復魔法が、タナカの体を包み込み、彼の消耗した体力を、瞬時に回復させる。


 そして、ザルタン王子とサトウ君が、ボルガの側面に回り込み、彼の注意を、巧みに引きつけていた。

 撹乱、妨害、回復、そして、再度の陣形構築。

 彼らは、まるで、一つの生命体のように、滑らかに、そして、完璧に連携し、格上であるはずの四天王を、翻弄していく。


 その光景を、俺は、司令室の塔の上から、静かに見下ろしていた。

 スクリーンには、ボルガの感情パラメータが、怒りと、焦りと、そして、ほんのわずかな「恐怖」によって、赤く点滅しているのが見えた。


「……そろそろ、潮時か」

 俺は、静かに呟いた。

「ザルタン王子に、最終シークエンスへの移行を、許可すると伝えろ」


 伝令が、駆け出していく。

 そして、戦場で、ザルタン王子が、高らかに叫んだ。

「全員、聞け! これより、最終攻撃を開始する! タナカ! お前の、最高の『一撃』を、叩き込む準備をしろ!」


「おう!」


 その言葉を合図に、パーティの動きが、変わった。

 彼らは、ボルガを、渓谷の、俺が事前に指定しておいた、最も狭い場所へと、巧みに、そして、執拗に、追い込んでいく。


 そして、ついに、ボルガが、その「キルゾーン」に足を踏み入れた、その瞬間。


「今だあああああっ!!」


 ザルタン王子の絶叫と共に、全ての攻撃が、ボルガただ一人に、集中した。

 マツモトさんの最大火力の攻撃魔法が、ボルガの体勢を崩し、イトウさんの補助魔法が、タナカの力を、限界以上に引き上げる。


 そして、タナカが、構えた。

 その聖剣に、パーティ全員の想いと、そして、この国の未来が、託される。


「これ、で……終わりだあああああっ!!」


 放たれたのは、もはや、ただの剣技ではなかった。

 それは、完璧なチームワークが生み出した、究極の「ソリューション」。

 閃光が、戦場を白く染め上げ、そして、全てが終わった。


 後に残ったのは、静寂と、そして、巨大な戦斧だけを残し、塵となって消えていく、魔王軍四天王の、最後の姿だった。

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