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第42話 剣より強い「パワポ」

 王都を出発し、クレッセン砦へと向かう道中。俺たちが乗る馬車は、王家の紋章を掲げた軍用の特別仕様車で、揺れも少なく、速度も速かった。だが、その快適な車内に満ちているのは、鉛のように重い緊張感だった。


「……なあ、ケンジ先生。本当に、俺たちだけで、大丈夫なんだろうか」

【聖剣】の勇者、タナカが、不安げな顔で俺に尋ねた。彼の膝の上では、神々から与えられたという聖剣が、重々しい光を放っている。

「相手は、魔王軍の四天王だぞ……。俺たち、一週間前までは、ゴーレム三体にすら、あれだけ苦戦していたのに……」


 彼の不安は、もっともだった。そして、その不安は、ザルタン王子をはじめ、他のメンバー全員が共有しているものだろう。彼らは、俺の訓練によって、チームとして戦うことの「方法論」は学んだ。だが、それを、本物の死線で実践できるか。その自信が、まだ、彼らにはなかった。


 やれやれ。

 どうやら、プロジェクトメンバーのモチベーション管理と、不安要素の払拭も、俺の仕事らしい。


「タナカ君。君の懸念は、もっともだ。だが、それは、情報不足からくる、根拠のない不安だ」

 俺は、静かに答えた。

「プロジェクトマネジメントにおいて、最も危険なのは、未知のリスクだ。逆に言えば、リスクが事前に特定され、分析され、対策が立てられていれば、それはもはやリスクではない。ただの『対処すべきタスク』に過ぎん」


 俺は、そう言うと、馬車の座席に深くもたれかかり、静かに目を閉じた。

「……少し、仮眠をとる。砦に着く前に、作戦の最終ブリーフィングを行うから、それまでに、各自、装備の最終チェックと、精神統一を済ませておくように」


 俺の、あまりにも落ち着き払った態度に、勇者たちは、戸惑いながらも、こくりと頷いた。

 もちろん、俺は眠るつもりなど毛頭ない。

 俺は、目を閉じたまま、意識を集中させ、【情報収集】と【分析】のスキルを、フル稼働させていた。


(検索対象:魔王軍四天王『剛腕のボルガ』。性格、経歴、過去の戦歴、使用武器、得意戦術、弱点……関連する全てのデータを抽出、分析せよ)

(並行処理。検索対象:クレッセン砦及び、その周辺の地形データ。標高、河川、森林分布、地質……三次元マッピングデータを構築)


 俺の脳内に、膨大な情報が、高速で流れ込み、再構築されていく。

 数時間後。俺が目を開けた時には、俺の頭の中には、完璧な「対ボルガ戦術シミュレーション」が、完成していた。


「……さて、と。皆さん、お目覚めかな?」

 俺が声をかけると、うとうとしていた勇者たちが、はっと目を覚ました。

「これより、作戦会議を始める」


 俺は、そう言うと、揺れる馬車の、何もない空間に向かって、指を鳴らした。

【プレゼンテーション】スキルを発動させる。

 ふわり、と、馬車の車内一杯に、半透明のスクリーンが出現した。


「うわっ!?」

「ま、また出た……!」

 何度見ても、この光景には驚くらしい。


 スクリーンには、まず、一体の、巨大で、筋骨隆々とした魔族の画像が、立体的に映し出された。

「これが、我々の今回の『メインターゲット』、魔王軍四天王、『剛腕のボルガ』です」


 俺は、まるで企業の競合分析レポートを発表するかのように、淡々と説明を始めた。

「彼の戦闘スタイルは、極めてシンプル。その名の通り、圧倒的な腕力と、巨大な戦斧による、力押しです。小細工を嫌い、正面からの殴り合いを好む。典型的な、脳筋タイプの指揮官ですね」


 スクリーンに、ボルガのステータスと、弱点のリストが表示される。

「弱点は、その単純さそのものです。彼は、複雑な戦術や、奇襲、陽動といった、搦め手を極端に嫌い、そして、対応できない。我々が突くべきは、まさに、その一点です」


 次に、スクリーンが切り替わり、クレッセン砦周辺の、詳細な3Dマップが表示された。

「これが、今回の『戦場』です。ご覧の通り、砦の東側には、深い渓谷が、西側には、湿地帯が広がっている。ボルガの軍は、重装歩兵が中心のため、これらの地形では、その機動力を、著しく削がれることになる」


 俺は、マップ上を、光の線でなぞりながら、俺が立てた作戦の全容を、彼らに開示した。

「我々の作戦は、三段階で構成されます。フェーズ1、『撹乱』。フェーズ2、『誘導』。そして、フェーズ3、『殲滅』です」


「フェーズ1では、王子と、足の速いメンバー数名で、別動隊を編成。砦を包囲する敵軍の、後方にある補給部隊を、ゲリラ的に攻撃し、兵站を断ちます。これにより、敵軍に、焦りと混乱を生み出す」

「フェーズ2では、マツモトさんの魔法と、砦に残された資材を使い、砦の正面に、大規模な『偽の援軍』が出現したかのように見せかけます。単純なボルガは、必ずや、その挑発に乗り、主力を率いて、正面から突撃してくるでしょう」

「そして、フェーズ3。我々は、ボルガが突撃してくる、この渓谷の入り口……この、最も道幅が狭くなる地点で、彼らを待ち伏せ、全ての戦力を、ボルガただ一人に集中させ、一気に叩きます」


 俺の、あまりにも緻密で、そして、あまりにも大胆な作戦計画。

 勇者たちは、もはや、言葉もなく、ただ、スクリーンに映し出された、完璧な「勝利へのロードマップ」を、食い入るように見つめていた。


「……すごい」

 やがて、タナカが、感嘆の声を漏らした。

「これなら……これなら、勝てるかもしれない……!」

「ああ……。敵の性格から、地形、そして、俺たちの能力まで、全てが計算され尽くしている……」

 王子も、唸るように言った。


 彼らの瞳から、もはや、不安の色は消えていた。

 代わりに宿っているのは、明確な作戦計画に裏打ちされた、確かな自信と、そして、これから始まる戦いへの、静かな闘志だった。


 やれやれ。

 剣でもなく、魔法でもなく、ただの「パワポ」が、彼らに、戦う勇気を与えたというわけか。

 俺は、内心で、自嘲気味に笑った。


 その時、馬車が、ゆっくりと速度を落とし始めた。

 窓の外に、黒い煙が立ち上るのが見える。

 クレッセン砦だ。


 俺たちは、ついに、戦場へと到着した。

 俺の、面倒で、そして、壮大な「プロジェクト」が、今、本当の意味で、始まろうとしていた。

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