第41話 公爵の失墜
勇者パーティの再教育プログラムが完了した翌日、俺は国王アルフォンスに呼ばれ、王城の作戦司令室にいた。そこには、国王と、騎士団長や将軍といった、この国の軍事における最高幹部たちが、重苦しい表情で巨大な地図を囲んでいた。
「……サトウ殿、よく来てくれた」
国王が、疲労の滲む声で俺を迎えた。
「緊急事態だ。東の国境を守る、クレッセン砦が、魔王軍の大規模な部隊による、猛攻撃を受けている」
将軍の一人が、地図上の一点を指し示しながら、苦々しく説明を続けた。
「敵の指揮官は、魔王軍の四天王の一角、『剛腕のボルガ』。その名の通り、力押しを得意とする猛将です。クレッセン砦の守備隊だけでは、もはや持ちこたえられません」
「なぜ、これほどまでに、あっさりと……」
王が、悔しそうに呟く。
その問いに、騎士団長が、歯ぎしりをしながら答えた。
「……全ては、ヴァレリウス公爵の、長年にわたる汚職のせいです。クレッセン砦は、本来であれば、王国で最も堅牢な要塞の一つのはずでした。しかし、公爵が、その改修予算を、何年にもわたって横領し続けていたことが、彼の失墜後に判明したのです。壁の補修は行われず、兵士たちの装備は旧式のまま……。今のクレッセン砦は、いわば、張り子の虎にございます」
ヴァレリウス公爵の失墜。
それは、王国の腐敗を白日の下に晒しただけではなかった。彼が残した負の遺産が、今、最悪の形で、この国に牙を剥いているのだ。
「急ぎ、救援部隊を送らねば!」
「しかし、王都から最も近い第二騎士団を派遣するにしても、到着までには、最短でも三日はかかります!」
「三日では、砦はもたない!」
司令室は、将軍たちの怒号と、焦燥感に満ちた議論で、混乱の極みに達していた。彼らは、目の前の危機に対し、有効な解決策を、何一つ見出せずにいた。
やれやれ。
俺は、その非生産的な会議を、腕を組んで静かに眺めていた。
そして、彼らの議論が一周したタイミングで、静かに、しかし、よく通る声で、口を開いた。
「陛下。一つ、ご提案がございます」
俺の声に、全員の視線が、一斉に俺へと集中する。
「この、優先度Sクラスの緊急タスク。我がチームに、お任せいただけないでしょうか」
「……サトウ殿。それは、まさか……」
「はい。勇者パーティを、直ちに、クレッセン砦へと派遣します」
俺の、あまりにも大胆な提案に、司令室は、水を打ったように静まり返った。
最初に、その沈黙を破ったのは、騎士団長の、猛烈な反対の声だった。
「馬鹿なことを! 彼らは、まだ子供だ! 先日の訓練で、多少はマシになったかもしれんが、実戦は、訓練とは訳が違う! しかも、相手は、魔王軍の四天王! 彼らを送るなど、犬死にさせに行くようなものだ!」
「その通りです! 陛下、ご再考を!」
他の将軍たちも、口々に反対の意を唱える。
やれやれ。彼らの懸念も、もっともだ。
だが、彼らは、まだ、俺のプロジェクトの、本当の成果を理解していない。
俺が、反論のロジックを組み立てようとした、その時だった。
司令室の扉が、勢いよく開かれた。
そこに立っていたのは、ザルタン王子を先頭にした、勇者パーティの全員だった。
「父上! サトウ先生のお言葉、我らも、聞き及んでおります!」
ザルタン王子が、まっすぐに王を見据え、力強く言った。
その瞳には、もはや以前のような、傲慢さや未熟さはない。一人の戦士としての、覚悟の光が宿っていた。
「どうか、我らを、クレッセン砦へとお遣わしください! 我々は、もはや、以前の我々ではございません!」
王子の言葉に、他の勇者たちも、力強く頷く。
「俺たちには、サトウ先生が授けてくれた、戦術があります!」
「そして、互いを信じる、チームワークがあります!」
「今度こそ、この国の力になってみせます!」
彼らの、迷いのない、統一された声。
その姿は、数週間前の、あの烏合の衆とは、まるで別人のようだった。
王は、生まれ変わった息子の姿と、勇者たちの決意に満ちた顔を、驚きと、そして、感動が入り混じった表情で見つめていた。
そして、俺の顔を見た。その瞳は、「本当に、大丈夫なのか?」と、問いかけている。
俺は、静かに、しかし、絶対的な自信をもって、頷き返した。
やがて、王は、大きく息を吸い込むと、決断を下した。
「……分かった。信じよう。貴殿ら、勇者パーティと、そして、サトウ殿の『効率』とやらを」
王は、立ち上がると、高らかに宣言した。
「勅命である! 勇者パーティは、これより、王国軍最高顧問サトウ・ケンジの指揮下に入り、直ちにクレッセン砦の救援へと向かえ! これは、貴殿らに与える、最初の、そして、最も重要な任務である!」
「「「ははっ!!」」」
勇者たちが、一斉に声を揃え、膝をついた。
こうして、事態は、俺の予測を、少しだけ超える形で、動き出した。
やれやれ。
公爵が失墜したことで空いた穴を、俺たちが埋めることになるとはな。
これもまた、プロジェクトにおける、予期せぬ仕様変更というやつか。
俺は、これから始まる、本当の「実戦」に思いを馳せ、誰にも気づかれないように、静かに、口の端を吊り上げた。




