第39話 王宮での「最終プレゼンテーション」
訓練場には、奇妙な静寂が支配していた。
革のボールが、俺とエララ、ルナの間を、まるで意志を持っているかのように滑らかに行き交う。その光景を、勇者パーティの面々は、ただ呆然と、立ち尽くして見つめていた。
自分たちが、あれほどまでに苦戦し、互いを罵り合った「子供の遊び」。それを、いとも容易く、そして、美しくさえある連携でこなしていく俺たちの姿。
それは、どんな言葉よりも雄弁に、そして残酷に、「チーム」というものの本質を、彼らに突きつけていた。
やがて、俺はボールを片手で受け止め、デモンストレーションを終えた。
「……と、まあ、こんなところだ」
俺の言葉に、勇者たちは、ハッと我に返ったようだった。だが、彼らの顔には、もはや以前のような傲慢さや反発の色はない。ただ、自分たちの未熟さを認めざるを得ない、というような、苦々しい表情が浮かんでいるだけだった。
最初に口を開いたのは、ザルタン王子だった。
その声は、もはや怒鳴り声ではなく、絞り出すような、か細い呟きだった。
「……なぜだ……。なぜ、これほどまでに違う……? 我らには、神々に与えられし、最強のスキルがある。貴様らのような、寄せ集めのパーティとは、格が違うはずだ……。それなのに、なぜ……」
その問いは、勇者パーティ全員が、心の底で抱いていた疑問だろう。
やれやれ。ようやく、彼らも「なぜ?」と考える段階に至ったか。
プロジェクトが、ようやく、本当の意味で、スタートラインに立てたらしい。
「王子。良い質問ですね。ですが、その前提が、まず間違っている」
俺は、静かに答えた。
「スキルとは、あくまで『ツール』に過ぎません。どんなに高性能な剣も、使い手が未熟であれば、ただの鉄の棒と変わらない。あなた方がやっていたのは、まさにそれです。最高のツールを持ちながら、その使い方を、誰一人として理解していなかった」
俺は、先ほど彼らが失敗を繰り返していたボールを、拾い上げた。
「このボール回しは、チームワークの縮図です。あなた方は、これをただの遊びだと思った。だが、これは、戦闘における、あらゆる要素を内包している」
俺は、まず、ザルタン王子を見据えた。
「王子。あなたがタナカ君に投げた、あの剛速球のようなパス。あれは、戦闘で言えば、後衛の準備を一切考慮しない、無謀な突撃と同じです。受け手(仲間)が対応できなければ、それは、ただの無駄な行動(リソースの浪費)にしかならない」
次に、タナカ君へと視線を移す。
「タナカ君。君が、常に王子の顔色ばかりを窺っていた行為。あれは、戦場で、指揮官一人だけを見て、周囲の状況を一切把握しない兵士と同じだ。それでは、味方からの支援も、敵からの奇襲も、見逃してしまうだろう」
そして、マツモトさん。
「あなたの、パスを出す際の『躊躇』。あれは、魔法の詠唱における、決断の遅れと同じです。好機というものは、一瞬で過ぎ去る。その一瞬の迷いが、パーティ全体を、敗北へと導く」
俺の言葉の一つ一つが、彼らの胸に、深く、重く突き刺さっていくのが分かった。
彼らは、初めて、自分たちの行動が、いかに「チーム」として機能していなかったかを、具体的に理解し始めたのだ。
「では……では、どうすれば……」
【聖女】のスキルを持つ、イトウという少女が、涙ながらに尋ねた。
「どうすれば、私たちも、あなた方のようになれるのですか……?」
「簡単なことです」
俺は、きっぱりと言い切った。
「まずは、互いを知ること。そして、信じること。そして、一つの目標に向かって、コミュニケーションを取り続けること。それだけです」
俺は、後ろに控えていたエララとルナを、手招きした。
「この二人も、最初は、あなた方と何ら変わりませんでした。一人は、自分の力だけを信じて突っ走る、無謀な猪。もう一人は、自分の殻に閉じこもって、一歩も動けない、臆病な雛鳥でした」
俺の言葉に、エララが「なっ……! 誰が猪だ!」と顔を赤くし、ルナも「ひ、雛鳥……」と恥ずかしそうに俯く。
「ですが、彼女たちは、変わった。互いの弱さを認め、互いの強さを信じ、そして、俺というマネージャーの指示を、絶対的に信頼することで、一つの『チーム』になった。だからこそ、あのボール回しが、可能になったのです」
俺は、勇者たち一人一人の顔を見渡し、最後の言葉を告げた。
「これが、俺の『最終プレゼンテーション』です。あなた方が、これから進むべき道は、二つに一つ。このまま、互いを信じられず、烏合の衆として、無様に敗北を続けるか。あるいは、過去のプライドを全て捨て、ゼロから、本当の『チーム』として、生まれ変わるか」
俺は、彼らに向かって、手を差し伸べた。
「……さあ、選んでください。あなた方の答えを、聞かせてもらおうか」
訓練場に、再び、沈黙が訪れる。
だが、それは、もはや気まずいものではなかった。
それは、彼らが、自分たちの未来を、自分たちの意志で決定するための、重要で、そして、希望に満ちた沈黙だった。
やがて、ザルタン王子が、ゆっくりと、俺の前に進み出た。
そして、彼は、王子としてのプライドも、勇者としての驕りも、全て捨て去った顔で、俺の前に、深々と頭を下げた。
「……教えて、ください。サトウ……いや、サトウ先生。我々に、チームとして戦う方法を……教えてください!」
その言葉を皮切りに、他の勇者たちも、次々と、俺の前に頭を下げていった。
「お願いします!」
「俺たちに、本当の強さを、教えてください!」
やれやれ。
俺は、その光景を、静かに見下ろしていた。
どうやら、この面倒極まりないプロジェクトも、ようやく、本当の意味で、軌道に乗り始めたらしい。




