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第37話 敵対的買収(ホスタイル・テイクオーバー)

 翌朝、王城の第一訓練場は、張り詰めた空気と、気まずい沈黙に包まれていた。

 片側には、俺と、俺の後ろに控えるエララとルナ。エララは、俺の指示通り、少しも動じることなく、まっすぐに前を見据えている。ルナも、まだ少し緊張はしているものの、以前のように怯える様子はなく、静かに佇んでいた。チーム『効率化』のメンバーとして、彼女たちはすでに「プロ」の顔つきになっている。


 そして、その向かい側。

 そこには、ザルタン王子を筆頭とした、勇者パーティの面々が、不満と敵意を隠そうともせずに立っていた。彼らは、俺の命令通り、訓練場に集まりはしたものの、その態度は、およそ訓練に臨む者のそれではない。


「……で? いつまで、我らを待たせるつもりだ、サトウとやら」

 ザルタン王子が、腕を組み、苛立ちを隠せない声で言った。

「貴様の、そのふざけた『再教育』とやらに付き合う時間があるなら、一体でも多くの魔物を討伐した方が、よほど国のためになると思うがな」


 やれやれ。

 俺は、彼の言葉を右から左へと受け流しながら、頭の中の管理ツールで、本日のタスクリストを確認した。


『プロジェクト名:勇者パーティ再教育プログラム・フェーズ1』

『本日のタスク:チーム全体の基礎能力測定、及び、課題認識の共有(コンセンサス形成)』

『KPI:対象メンバーの反発係数の初期化、及び、指導内容に対する受容性の向上』


「王子、ご心配なく。この訓練は、魔物を討伐するよりも、遥かに効率的に、あなた方の戦闘能力を向上させるためのものです」

 俺は、にこりともせずに答えると、パン、と手を一つ叩いた。


「さて、皆さん。本日は、お集まりいただき、ありがとうございます。これより、第一回『チームパフォーマンス向上研修』を開始します。私は、本研修の講師を務める、サトウです。よろしく」

 俺の、まるで企業の新人研修のような挨拶に、勇者たちは、ますます怪訝な顔をする。


「まず、本日のアジェンダですが……」

 俺が、そう言って話を続けようとした時、勇者パーティの一人、【聖剣】のスキルを持つ少年――タナカとか言ったか――が、一歩前に進み出た。


「待ってください、サトウさん! 俺たちは、あんたに何を教わるっていうんですか!? 俺たちには、神々に与えられた、最強のスキルがある! それなのに、なぜ、戦闘スキルも持たない、ただのオッサンに、指図されなきゃならないんですか!」

 彼の言葉は、勇者パーティ全員の気持ちを代弁していた。


「良い質問ですね、タナカ君」

 俺は、彼の反発を待っていたかのように、静かに頷いた。

「では、まず、その『最強のスキル』とやらが、なぜ、これまで機能してこなかったのか。その原因分析から始めましょうか」


 俺は、【プレゼンテーション】スキルを発動させた。

 訓練場の真ん中に、再び、巨大な半透明のスクリーンが出現する。

 スクリーンには、勇者パーティのメンバー全員の顔写真と、その下に、彼らの戦闘における、詳細なパフォーマンスデータが表示されていた。


「これは、昨日の謁見の間でもお見せした、あなた方の戦闘ログを、さらに詳細に分析したものです。タナカ君、君の【聖剣】は、確かに、単体に対する瞬間最大火力バーストダメージは、全メンバー中トップです。しかし、その代償として、攻撃後の硬直時間が平均2.5秒と、極めて長い。この硬直時間中に、君は完全に無防備となり、結果として、パーティ全体の防御リソースを、著しく圧迫している」


「なっ……!」

 タナカが、絶句する。


「【大賢者】のマツモトさん。あなたの魔法は、広範囲を攻撃できるポテンシャルを持ちながら、その8割以上が、味方であるタナカ君を巻き込むことを恐れるあまり、威力を抑制して使用されている。結果、MP効率は、理論値の40%以下にまで低下しています」

「そ、そんな……」


 俺は、一人一人、その課題を、具体的な数値を挙げて、冷徹に指摘していく。

「君たちのパーティは、個々の部品スキルは、確かに高性能かもしれない。だが、それらが全く連携せず、互いの足を引っ張り合っている。これでは、どんなに高性能な部品を集めても、まともな製品(勝利)を生み出せるはずがない。あなた方がやっているのは、戦闘ではなく、ただの『リソースの無駄遣い』です」


 俺の、一切の容赦ない分析に、勇者たちは、もはや反論の言葉も見つからないようだった。

 彼らの顔から、自信とプライドが、ガラガラと崩れ落ちていくのが見えた。


「……では、どうすればいいというんだ」

 ザルタン王子が、絞り出すような声で言った。


「簡単なことです」

 俺は、スクリーンを消すと、彼らに向き直った。

「まずは、チームとして行動するための、最も基本的な『共通言語』と『ルール』を、体に叩き込んでもらいます」


 俺は、足元に転がっていた、何の変哲もない革製のボールを一つ、拾い上げた。

 そして、それを、ザルタン王子に向かって、ぽいと投げ渡す。


「……なんだ、これは」

 王子が、怪訝な顔でボールを受け取る。


「最初の訓練です。そのボールを、あなた方全員で、パスし合ってください。ルールは三つ。一つ、ボールを地面に落とさないこと。二つ、ボールを持った者は、その場から一歩も動いてはならないこと。三つ、パスは、必ず全員に一度ずつ回すこと。以上です。まずは、10回、連続で成功させてみてください。始める」


 俺の、あまりにも馬鹿げた指示に、勇者たちは、完全に呆気にとられていた。

「……ボール、パス?」

「じゅ、10回……?」


「ふ、ふざけるなあああっ!」

 最初に我に返ったザルタン王子が、ボールを地面に叩きつけた。

「我らは、世界を救う勇者だぞ! それが、なぜ、こんな子供の遊びのようなことを、やらねばならんのだ!」


「子供の遊び、ですか」

 俺は、静かにボールを拾い上げると、言った。

「では、王子。あなた方は、この『子供の遊び』すら、まともにできない、ということですね?」


 俺の挑発的な言葉に、王子の顔が、怒りで真っ赤に染まった。

「……いいだろう! やってやろうじゃないか! こんなもの、一分とかからずに終わらせてやる!」


 王子は、そう言って、ボールをひったくると、近くにいたタナカに向かって、力任せに投げつけた。

「おい、タナカ! 受け取れ!」

「う、うわっ!?」


 タナカは、慌ててボールを受け取ろうとしたが、その手からボールは無情にもこぼれ落ち、地面を転がっていった。


「……はい、失敗。一回目からやり直しです」

 俺の、冷たい声が、訓練場に響き渡った。


 やれやれ。

 どうやら、この研修は、俺が想定していたよりも、さらに長く、そして、面倒なものになりそうだ。

 俺は、これから始まるであろう、果てしない「やり直し」の日々に思いを馳せ、誰にも気づかれないように、深く、長いため息をついた。

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