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第36話 優先度Sの緊急プロジェクト

 国王アルフォンスの、高らかな笑い声と承認の言葉。

 それが、この国の「対魔王軍プロジェクト」が、新たなフェーズへと移行したことを告げる合図だった。

 謁見の間にいた貴族たちは、まだこの急展開を受け入れきれずにざわめいているが、もはや決定が覆ることはない。


 やれやれ。

 俺は、内心で深いため息をつきながらも、表情には一切出さず、国王に恭しく一礼した。

「陛下のご英断、心より感謝申し上げます。必ずや、このプロジェクトを成功に導き、陛下のご期待にお応えすることをお約束いたします」


「うむ! 頼んだぞ、サトウ殿!」

 王は、すっかり元気を取り戻した様子で、力強く頷いた。


 こうして、俺は「王国軍最高顧問」という、とんでもなく面倒で、そして権威だけはありそうな役職に、半ば強制的に就任することになった。

 もちろん、俺の中での契約内容は、あくまで「期間限定の外部委託コンサルタント」だ。このプロジェクトが軌道に乗り次第、さっさと全ての権限を委譲し、俺は辺境でのスローライフに戻る。その基本計画に、一切の変更はない。


 その日の午後。

 俺は、王城の一室を「プロジェクトルーム」として貸し与えられた。

 そして、その部屋で、早速、最初の「業務」に取り掛かっていた。


「……で? これが、今までの作戦計画書と、戦況報告書の全て、ということで間違いないかね?」

 俺は、目の前に山と積まれた、羊皮紙の束を指差しながら、向かいに座る三人の男に尋ねた。

 一人は、生真面目そうな若い騎士団長。一人は、人の良さそうな初老の文官。そしてもう一人は、ザルタン王子だ。彼らは、国王の命令で、俺の直属のカウンターパートとしてアサインされた、いわばプロジェクトの主要メンバーである。


「ああ、そうだ。私が立案した、完璧な作戦計画書の数々だ。貴様のような平民に、この高尚な戦術が理解できるかな?」

 ザルタン王子が、まだプライドを捨てきれない様子で、ふんと鼻を鳴らす。


 俺は、彼の言葉を完全に無視し、羊皮紙の山に手を伸ばした。

 そして、一枚一枚、高速でページをめくりながら、【分析】スキルを発動させていく。


『対象:作戦計画書(ザルタン王子立案)』

『分析結果:致命的な論理的欠陥を37箇所、非効率なリソース配分を89箇所、事実誤認に基づくリスク評価を12箇所に確認。総合評価:E(実行不可能)』


「……やれやれ」

 俺は、数分で全ての書類に目を通し終えると、深いため息をついた。

「これは、ひどいな。計画書というより、ただの願望リストだ。KPIも設定されていなければ、具体的なアクションプランもない。リスクヘッジに至っては、皆無だ」


「な、なんだと!?」

 王子が、顔を真っ赤にして立ち上がる。


「事実を述べたまでです」

 俺は、冷たく言い放つと、羊皮紙の山を、ばさりと床に落とした。

「これらの書類は、全て破棄します。何の参考にもならない。むしろ、思考のノイズになるだけだ」


「き、貴様ぁ! 私の努力を、侮辱する気か!」

「努力の方向性が間違っていれば、それはただの無駄なコストです、王子」


 俺の、一切の容赦ない言葉に、王子はぐうの音も出ないようだった。

 若い騎士団長と初老の文官は、青ざめた顔で、俺と王子のやり取りをただ見守っている。


「いいですか、皆さん」

 俺は、三人に改めて向き直った。

「プロジェクトを成功させるために、まず我々がやるべきことは、現状の正確な把握と、課題の洗い出しです。そして、その課題を解決するための、明確で、実行可能な計画を立てること。感情論や、根拠のない希望的観測は、一切不要です」


 俺は、そう言うと、プロジェクトルームの壁に、魔法で一枚の巨大な白紙の羊皮紙を貼り付けた。

 そして、そこに、俺が先ほど謁見の間でプレゼンした、プロジェクトの再建計画の骨子を、書き出していく。


『プロジェクト名:対魔王軍プロジェクト Ver.2.0』

『目標:半年以内に、魔王軍の前線基地を3つ以上、無力化する』

『主要戦略:


 兵站ルートの最適化による、補給効率の30%向上


 指揮系統の再構築と、情報伝達プロセスの統一


 勇者パーティの戦闘能力の再評価と、育成プログラムの実施』


「……これが、我々がこれから取り組むべき、最優先タスクです」

 俺は、ペンを置くと、三人に告げた。

「騎士団長殿は、全軍の現在の兵力、装備、士気に関する、正確なデータを、明日の朝までに提出してください。フォーマットはこちらで指定します」

「は、はい!」


「文官殿は、王国の保有する食料、資材、そして予算に関する、全ての帳簿を、洗い直してください。ヴァレリウス公爵による不正が、他にもないか、徹底的に調査する必要があります」

「か、承知いたしました!」


 そして、俺は最後に、不貞腐れた顔で椅子に座っているザルタン王子に、視線を向けた。

「そして、王子。あなたには、最も重要な任務を与えます」


「……なんだ」

「勇者パーティのメンバー全員を、明日の朝、第一訓練場に集めてください。そして、あなた自身も、一人の『プレイヤー』として、その訓練に参加していただきます。もちろん、王子としての特権は、一切認めません」


「なっ……! この私に、平民どもと同じ訓練を受けろというのか!」

 王子が、信じられないという顔で叫ぶ。


「そうです。あなたは、このプロジェクトにおける、最も重要な『攻撃リソース』の一つだ。そのリソースの性能を、私が直接、見極めさせてもらいます。それが嫌なら、今すぐこのプロジェクトから降りていただいて構いません。あなたの代わりは、いくらでもいますので」


 俺の、冷徹なまでの言葉。

 それは、王子としての彼のプライドを、粉々に打ち砕くものだっただろう。

 ザルタン王子は、わなわなと拳を震わせ、何かを叫ぼうとしたが、結局、何も言えずに、ただ悔しそうに唇を噛み締めるだけだった。


 やれやれ。

 これで、ようやく、プロジェクトが動き出す。

 俺は、これから始まるであろう、数々の面倒な調整業務や、反発するであろう旧体制の貴族たちの顔を思い浮かべ、誰にも聞こえないように、深く、長いため息をついた。


 俺の平穏なリタイア生活は、一体、いつになったら訪れるのだろうか。

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