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第35話 権限の委譲

 謁見の間は、俺の予期せぬ拒絶の言葉によって、再び緊張に包まれた。国王アルフォンスは、信じられないという表情で俺を見つめ、その瞳には失望の色が浮かんでいる。周囲の貴族たちも、「何を考えているんだ、この男は」と言わんばかりの、非難と困惑が入り混じった視線を俺に向けていた。


 やれやれ。どうやら、俺の真意はまだ誰にも伝わっていないらしい。

 だが、それでいい。ここからが、俺の本当のプレゼンテーションだ。


 俺は、動揺する王に向かって、静かに、しかし、力強く言葉を続けた。

「陛下。私が軍の全権をお断りするのは、決して、この国を見捨てたからではございません。むしろ、その逆。この『対魔王軍プロジェクト』を、本気で成功させたいと願うからこそ、です」


「……どういう、ことだ?」

 王が、かすれた声で尋ねる。


「陛下。私は、先ほども申し上げた通り、一人の『専門家』です。私の専門分野は、問題点を分析し、非効率なプロセスを改善し、物事を成功に導くための『仕組み』を設計し、導入すること。いわば、私は建築家や設計士のようなものです」

 俺は、そこで一度言葉を切り、広間にいる全員に聞こえるように言った。


「ですが、陛下は今、その設計士に、『自ら槌を振るい、家を建てろ』と、そう仰っている。それは、果たして効率的なリソースの配分と言えるでしょうか? 私は、剣を振るうことにおいては、エララ君に遠く及ばない。魔法の知識においては、ルナ君の足元にも及ばない。そして、兵を率いることにおいては、この国にいる、歴戦の騎士団長の皆様には、到底かないません」


 俺の言葉に、貴族たちの中から、わずかにどよめきが起こる。


「私を軍の総司令官に据えることは、新たな非効率を生むだけです。それは、適材適所という、組織マネジメントの最も基本的な原則に反します。私がやるべきは、現場で戦うことではない。現場のプレイヤーたちが、その能力を120%発揮できる、最高の『舞台』と、完璧な『脚本』を用意することなのです」


 俺は、壇上にいる、うなだれたままの勇者パーティへと、向き直った。

「陛下。この国には、すでに、国を救うための、最高の『リソース』が存在しています。ただ、その運用方法が、致命的に間違っていた。それだけのことなのです」


 俺は、彼らに向かって、静かに、しかし、力強く語りかけた。

「勇者たちよ。顔を上げろ」

 その声には、不思議な力がこもっていた。彼らは、ハッとしたように、一斉に顔を上げる。


「君たちは、無能ではない。ただ、与えられたツール(スキル)の、正しい使い方を知らなかっただけだ。君たちを導くべき『マニュアル』が、あまりにも杜撰で、君たちを管理すべき『マネージャー』が、あまりにも無能だった。ただ、それだけのことだ」


 俺は、彼らの目を見つめ、続けた。

「君たちには、ポテンシャルがある。だが、やり方が間違っていただけだ。この計画書通りに実行すれば、君たちは必ず勝てる。それでもやる気がないというのなら、今すぐ勇者を辞めろ。君たちの代わりなど、いくらでもいる」


 その言葉は、厳しい叱責でありながら、同時に、彼らの存在を肯定する、力強いメッセージでもあった。

 勇者たちの目に、初めて、悔しさ以外の……闘志の光が、かすかに宿ったのが見えた。


 俺は、再び王に向き直ると、俺の最終提案を、明確に告げた。

「陛下。よって、私からの提案は、こうです。軍の全権は、陛下、あるいは、陛下が最も信頼する将軍がお持ちください。私は、その『顧問』、あるいは『外部コンサルタント』として、このプロジェクトに参加させていただきます」


「こ、こんさるたんと……?」

「ええ。私は、プレイヤーではありません。あくまで、マネージャーです。計画を立て、仕組みを作り、進捗を管理し、課題を解決する。それが、私の仕事です。そして、その計画を実行するのは、現場の兵士であり、勇者の皆様です。私は、彼らが最高のパフォーマンスを発揮できるよう、黒子として、あらゆる支援をお約束いたします」


 俺は、そこで深々と頭を下げた。

「これこそが、私のスキル【業務効率化】を最も有効に活用し、この国のリソースを最大限に活かす、最も合理的で、そして、最も成功確率の高い『プロジェクト体制』であると、確信しております。ご裁可を、お願い申し上げます」


 広間は、三度、静寂に包まれた。

 王も、貴族たちも、そして勇者たちも。誰もが、俺のあまりにも斬新で、そして、あまりにも合理的な提案に、言葉を失っていた。


 彼らは、俺に「YES」か「NO」かの二択を迫ったつもりだっただろう。

 だが、俺は、彼らが思いもよらなかった「第三の選択肢」を提示したのだ。


 やがて、長い沈黙を破り、国王アルフォンスが、ふっと、息を漏らすように笑った。

 その表情には、もはや憔悴の色はなく、代わりに、面白い玩具を見つけた子供のような、好奇心と、そして、新たな希望の光が輝いていた。


「……くくっ。ははは、あはははは!」

 王は、腹の底から、豪快に笑い始めた。

「面白い! サトウ殿、貴様は、本当に面白い男だ! よかろう! その提案、受け入れよう!」


 その言葉は、この国の、新たな夜明けを告げる、高らかなファンファーレのように、謁見の間に響き渡った。

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