第33話 プロジェクトの再定義
ヴァレリウス公爵が、衛兵たちに両脇を抱えられ、無様に引きずられていく。彼の「罠だ!」という絶叫だけが、静まり返った謁見の間に虚しく響き渡っていた。
やがて、その声も聞こえなくなり、広間には再び重い沈黙が訪れた。
玉座の王は、疲れ切ったように深く椅子に身を沈め、天を仰いでいる。他の貴族たちは、今しがた目の前で起きた政変劇に、まだ頭が追いついていない様子だ。そして、壇下の勇者パーティは、自分たちの無能さと、王国の腐敗をデータで白日の下に晒され、ただうなだれることしかできずにいた。
やれやれ。
俺は、この気まずい沈黙を破るように、わざとらしく咳払いを一つした。
「さて。プロジェクトにおける最大の障害は、これで排除されました」
俺の声に、全員の視線が、再び俺へと集中する。
「ですが、根本原因を取り除いただけでは、プロジェクトは成功しません。次に、この機能不全に陥った『対魔王軍プロジェクト』を、いかにして立て直すか。その具体的な改善計画について、ご提案させていただきます」
俺は、何事もなかったかのようにプレゼンテーションを再開した。
目の前の巨大なスクリーンが、すっと切り替わる。そこに映し出されたのは、王国軍の全部隊の配置と、兵站ルートを示した、新たな戦略マップだった。
「まず、兵站の最適化。現状のルートは、ヴァレリウス公爵の領地を経由するなど、政治的な意図によって著しく非効率化しています。これを、純粋に地理的・時間的コストを最小化するルートに再設計します。これにより、前線への物資到達時間は、現状の60%にまで短縮可能です」
スクリーンには、赤い非効率なルートが消え、緑色の最適化されたルートが、鮮やかに描かれていく。
「次に、各部隊の役割分担の明確化。現状、指揮系統が混乱し、各部隊が場当たり的な判断で行動しています。これでは、組織的な戦闘は不可能です」
スクリーンに、複雑な組織図と、RACIチャートのようなものが表示される。
「各部隊の役割と責任(Role and Responsibility)を明確に定義し、情報伝達のフローを一本化します。これにより、現場の混乱をなくし、意思決定の速度を飛躍的に向上させることができる」
俺は、よどみなく語り続ける。
それは、前職で、破綻しかけたプロジェクトを立て直すために、俺が何度も、何度も、嫌というほどやってきた作業だった。
「そして、最後に……勇者パーティの皆様の、再教育プログラムについてです」
俺がそう言うと、うなだれていた勇者たちが、びくりと顔を上げた。
スクリーンには、彼ら一人一人の顔写真と、その横に詳細なスキル分析、そして、今後の育成プランが、ロードマップとして表示されていた。
「【聖剣】のスキルを持つ勇者殿は、単体への攻撃力は絶大ですが、範囲攻撃能力に欠ける。よって、彼をサポートするための、新たな陣形を導入します」
「【大賢者】殿は、強力な魔法を持ちながら、その活用方法を理解していない。彼女には、戦況に応じた最適な魔法選択を学ぶための、シミュレーション訓練が必要です」
「【聖女】殿の回復魔法は貴重なリソースです。彼女が、常に安全な後方からパーティ全体を支援できるような、徹底した護衛体制を構築します」
俺の提案は、全て、俺の【業務効率化】スキルが導き出した、最も効率的で、そして最も現実的な計画だった。
そこには、精神論や根性論など、一欠片も存在しない。ただ、冷徹なまでのデータ分析と、ロジックに基づいた、完璧なソリューションがあるだけだ。
俺が、全てのプレゼンテーションを終えると、広間は、先ほどとは違う種類の、深い静寂に包まれていた。
それは、驚愕と、畏怖と、そして、わずかな希望が入り混じった、不思議な沈黙だった。
やがて、その沈黙を破ったのは、玉座に座る、国王アルフォンスその人だった。
彼は、ゆっくりと、しかし、確かな足取りで玉座から立ち上がると、壇上から降り、まっすぐに俺の前まで歩いてきた。
そして、俺の目を、真剣な、そして、どこか懇願するような眼差しで見つめて、言った。
「ケンジ殿……いや、サトウ殿」
その声は、威厳に満ちていながらも、わずかに震えていた。
「貴殿に、この国の軍の、全権を委ねたい。この、破綻しかけたプロジェクトの、新たな責任者に、なってはくれまいか」
その、あまりにも破格の提案に、貴族たちが「陛下!?」と色めき立つ。
エララとルナも、息を呑んで俺の顔を見つめていた。
やれやれ。
どうやら、俺のプレゼンテーションは、少し効果がありすぎたらしい。
一番面倒で、一番厄介な役職が、俺の元へと回ってきてしまった。




