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第3話 ハズレスキル

 高校生たちの鑑定が終わり、広間には興奮と期待の入り混じった熱気が渦巻いていた。その中で、くたびれたスーツ姿の俺は、明らかに場違いな存在だった。全員の視線が、値踏みするように、あるいは好奇の目で俺に突き刺さる。


「では、そちらの方も」


 鑑定役の老魔術師が、やや事務的な口調で俺を促した。その目には「どうせ大したスキルは出ないだろう」という先入観が透けて見える。高校生たちからは、「あのオッサン、誰?」「召喚に巻き込まれただけじゃね?」「スキルとか持ってなさそう」といった、遠慮のない囁き声が聞こえてくる。


 やれやれ。まったくもって、その通りだ。俺は勇者でもなんでもない、ただの巻き込まれた一般人。スキルなんて、あるだけ面倒の種になる。俺は心の中で、どうか地味で、誰の目にも留まらない、役に立たないスキルでありますようにと、柄にもなく祈った。戦闘系のスキルなど、断固としてお断りだ。


 俺は重い足取りで、のろのろと水晶の前まで歩みを進めた。その姿は、月曜朝の定例会議に向かう俺の姿そのものだった。

「……これでいいのか?」

「はい、水晶にそっと手を触れてくだされ」


 言われるがまま、俺はひんやりとした水晶の表面に、疲れたサラリーマンの手を置いた。


 その瞬間。


 他の高校生たちの時のような、広間全体を白く染め上げるほどのまばゆい光は、起きなかった。

 水晶はただ、ぼうっと、まるで寿命が近い蛍光灯のように、頼りない光を明滅させただけだった。そして、すぐにその光も消え、静寂が訪れる。


「……あれ? 終わり?」

「光らなくね? やっぱハズレか」

 高校生たちが、あからさまに興味を失ったように顔をそむける。


 老魔術師は、眉間に深いしわを寄せ、水晶の表面を覗き込んだ。何か文字が浮かんでいるようだが、あまりに淡く、読み取るのに苦労しているようだ。


「ええと……これは……」

 老魔術師は何度も目をこすり、ついに諦めたように、困惑しきった声で読み上げた。


「スキルは……【業務効率化ぎょうむこうりつか】……で、ございます」


 その奇妙な響きの言葉が広間に放たれると、先ほどまでの熱気は嘘のように消え去り、気まずい沈黙が場を支配した。


 最初にその沈黙を破ったのは、高校生たちの堪えきれない笑い声だった。


「ぎょ、ぎょうむこうりつか? なんだそれ、ダッセェ!」

「会社の仕事でもすんのかよ、このオッサン!」

「魔王軍の経費削減でもするつもりかな? アハハハ!」


 下品な笑い声が、石造りの広間に響き渡る。王や大臣たちも、もはや隠そうともせず、呆れたような、あるいは侮蔑するような視線を俺に向けていた。


「宰相よ、ぎょうむこうりつか、とは何だ? 戦闘に役立つのか?」

 王が不機嫌そうに隣の宰相に尋ねる。

「はっ。寡聞にして存じ上げませんが、その言葉の響きから察するに、おそらくは書記官や商人が持つような、事務処理の類を補助するスキルかと。魔王討伐という我らが一大事業においては、全くもって無用の長物でございましょう」


「ふん、やはり巻き込まれただけのただの男か。しかも、ハズレスキル持ちとはな」

 王は吐き捨てるように言い、俺から興味を失ったように玉座に深く座り直した。


 どうやら俺は、この異世界においても「使えないおっさん」という評価をいただくことになったらしい。周囲からの憐れみと嘲笑の視線が、針のように突き刺さる。


 だが、その評価とは裏腹に。

 俺の心の中は、かつてないほどの歓喜の嵐が吹き荒れていた。


(ぎょうむこうりつか……業務効率化だと!?)


 それは、俺がこの20年近くの社畜人生で、血反吐を吐きながら磨き上げてきた、唯一無二の専門分野そのものではないか!

 終わらないデスマーチ、理不尽な仕様変更、無能な上司の尻拭い、深夜の緊急障害対応……。あの地獄のような日々で培われた、問題解決能力、タスク管理能力、リスクヘッジ、リソースの最適配分。その全てが、この【業務効率化】というスキルに集約されているに違いない!


(勝った……! これで勝ったぞ!)


 このスキルが、この剣と魔法の世界でどれほどの価値を持つのかは、まだ未知数だ。しかし、一つだけ確実なことがある。

 それは、このスキルが、面倒極まりない「勇者」という役割から俺を解放してくれる、最高の口実になるということだ。


(よし、完璧だ。これ以上ないほどのハズレスキル。誰も俺に期待しない。これで、晴れて自由の身だ。早期リタイア計画、第一フェーズ、クリア!)


 俺は内心で、渾身のガッツポーズを決めた。

 もちろん、表情には一切出さない。むしろ、わざとらしく肩を落とし、うなだれてみせる。絶望に打ちひしがれた、哀れな中年男を完璧に演じきってやる。


「……なんと、まあ」


 老魔術師が、同情的な目で俺を見ている。

「お気の毒に。勇者様の召喚に巻き込まれたばかりか、そのような役に立たないスキルを授かってしまわれるとは……。これも神の御心なのでしょうか」


「いえ……」

 俺はか細い声で、床を見つめたまま呟いた。

「これが、私の、運命なのでしょう」


 その演技が功を奏したのか、王や大臣たちの視線から、わずかな侮蔑の色が薄れ、代わりに純粋な憐れみが浮かび上がってきた。


 よし、いいぞ。これで交渉の土台は整った。

 俺は、この後の展開を頭の中でシミュレーションする。

 目標は、円満な形でのパーティ離脱と、当面の生活資金の確保。リスクは、役立たずとして即刻放り出されること、あるいは奴隷のような扱いを受けること。


(いや、それはないか。彼らは『勇者』というブランドを維持したいはずだ。その勇者たちと一緒に召喚された人間を無下に扱えば、彼らの士気にも関わる。それに、異世界人をぞんざいに扱うという悪評が立てば、今後の協力も得にくくなるだろう)


 俺は冷静に状況を分析し、最も成功確率の高い交渉シナリオを組み立てていく。

 やれやれ。異世界に来てまで、こんな面倒な交渉事をしなければならないとは。

 だが、これも全ては、平穏なスローライフを手に入れるためだ。


 俺は、ゆっくりと顔を上げ、決意を固めた目で、玉座に座る王を見据えた。

 さあ、プレゼンの時間だ。

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