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第26話 チーム「効率化」の誕生

 俺たちがダンジョンから帰還した後のギルドは、奇妙な静けさに包まれていた。いや、正確には、俺たち三人がカウンターに立った瞬間、それまでの喧騒が嘘のように静まり返ったのだ。


「……地図、完璧だね。討伐素材も、依頼ランクに見合わないくらい上質だ……」


 受付のハンナは、俺たちが提出した羊皮紙と、カウンターに並べられた素材を、信じられないものを見る目で何度も見比べている。その視線は、俺、エララ、ルナの間を行ったり来たりしていた。


「あんたたち……本当に、あの『パーティクラッシャー』と『木偶の坊』なのかい……? しかも、全員、怪我一つないじゃないか……」

 彼女の呟きは、静まり返ったギルド内にいる全員の心の声を代弁していた。


「言ったはずだ。俺の仕事は、プロジェクトを成功させることだと」

 俺は、ハンナが差し出した報酬の銀貨を無言で受け取ると、二人に声をかけた。

「さて、今日の業務はこれで終了だ。解散する前に、一つだけ残っているタスクを片付けるぞ」


 俺はそう言って、再びカウンターに向き直った。

「ハンナさん。パーティの正式な登録手続きを頼む」


「パ、パーティ登録!?」

 ハンナだけでなく、エララとルナも驚きの声を上げた。


「そ、そうか! 私たちも、ついに正式なパーティになるんだな!」

 エララが、それまでの疲れも忘れたように、目を輝かせた。彼女の頬は、興奮でわずかに紅潮している。

「なあ、ケンジ! パーティ名は、もう考えてあるのか!? 『紅蓮の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー』とか、どうだ! かっこいいだろう!」


「え、えっと……私は、『月光のムーンライト・ティアー』みたいな、綺麗な名前がいい、です……」

 ルナも、おずおずと、しかし期待に満ちた目で俺を見つめている。


 やれやれ。ネーミングセンスというものは、かくも非生産的な議論を生み出すものか。

 俺は、そんな二人の期待を完全に無視し、ハンナに向かって、事務的な口調で告げた。


「パーティ名は、チーム『効率化』で頼む」


「……は?」

 ハンナが、間の抜けた声を出す。


「「…………えええええええええっ!?」」

 エララとルナの、絶叫に近い声が、ギルド中に響き渡った。


「こ、効率化!? なんだそれは! ダサいにも程があるだろう!」

 エララが、俺の胸ぐらを掴まんばかりの勢いで詰め寄る。

「そ、そんな……まるで、会社の部署名みたいです……」

 ルナも、涙目で訴えかけてきた。


「何か問題でも?」

 俺は、心底不思議そうな顔で二人を見返した。

「シンプルで、分かりやすく、我々の活動内容の本質を的確に表している。これ以上、機能的な名称はないと思うが。ブランド戦略の基本は、コンセプトの明確化だ」


 俺の、あまりにも正論で、そしてあまりにも情緒のない反論に、二人はぐうの音も出ないようだった。

「う……ぐぐぐ……」

「で、でも……!」


「決定事項だ。異論は認めん」

 俺がそう言って話を打ち切ると、ハンナは、もはや笑う気力もないのか、乾いた笑みを浮かべながら、登録用紙にペンを走らせた。

「はいはい……チーム『効率化』、ね。……登録、完了したよ。おめでとう、と言っていいのか、これは……」


 こうして、クロスロードの冒険者ギルドに、史上最も奇妙で、そして最もダサい名前のパーティが、正式に誕生した。


 その日から、俺たちの「業務」は、さらに本格化した。

 俺は、チーム『効率化』のプロジェクトマネージャーとして、二人の能力を最大限に引き出すための、徹底的なマネジメントを行った。


 毎朝のランニングと体幹トレーニングによる、基礎体力の向上。

 過去の戦闘データを基にした、シミュレーション訓練。

 栄養バランスを考慮した、食事メニューの管理。

 そして、一日の終わりには、その日のパフォーマンスを評価する「日報レビュー」も欠かさなかった。


「エララ君。今日のオーク戦での盾の角度、3度ずれていた。そのせいで、君は0.5秒の硬直時間を生み、結果としてパーティ全体の攻撃機会を1回損失した。明日は、この点を重点的に修正する」

「ルナ君。今日の詠唱速度は、一週間前と比較して12%向上している。素晴らしい進捗だ。この調子でいけば、来週中には、新たな魔法スキルの習得も検討できるだろう」


 俺の、人間味のかけらもない、数値に基づいたマネジメントの下で、二人は驚くべきスピードで成長していった。

 エララは、無謀な突撃癖を完全に克服し、俺の指示を絶対的な信頼をもって遂行する、鉄壁のタンクへと変貌を遂げた。

 ルナは、戦闘への恐怖を乗り越え、自信を取り戻したことで、その膨大な魔力を安定してコントロールできるようになった。詠唱速度も、目に見えて速くなっている。


 俺たちのパーティは、クロスロードで瞬く間に有名になった。

「鉄壁の指示で、どんなダンジョンも最短攻略する、謎のパーティ」として。

「パーティクラッシャー」と「木偶の坊」という、かつての不名誉なあだ名は、もはや誰も口にしなくなった。


 そして、パーティ結成から一ヶ月が経った頃。

 俺たちは、Cランクへの昇格依頼である、「リザードマンの巣窟討伐」を、負傷者ゼロ、かつ、ギルドの最短記録を大幅に更新するタイムで、完璧にクリアした。


 その夜、俺たちは、ギルドの酒場でささやかな祝杯をあげていた。

「やったな、私たち! これで、ついにCランクだ!」

 エララが、エールのジョッキを高く掲げる。

「は、はい……! ケンジさんと、エララさんのおかげです……!」

 ルナも、嬉しそうに微笑んでいる。


 やれやれ。

 俺は、そんな二人を眺めながら、静かにエールを口に運んだ。

 面倒なプロジェクトではあったが、こうして目に見える形で「成果」が上がるのは、悪くない気分だ。


 その時、俺の頭の中に、レベルアップとは違う、新たなメッセージが響いた。


『特定の社会的評価を獲得しました。条件を達成しました。サブスキル【根回し】を取得します』


(……根回し、だと?)


 俺は、内心で眉をひそめた。

 スキルウィンドウを確認すると、その詳細が表示される。


『サブスキル:【根回し】

 └ 内容:対象の心理的障壁を下げ、こちらの提案や情報を受け入れやすくする。交渉事や情報操作において、絶大な効果を発揮する』


 これは……完全に、対人交渉スキルじゃないか。

 前職で、頑固な他部署のキーマンを説得したり、予算会議で有利な状況を作り出すために、俺が何度も使ってきた「技術」そのものだ。

 こんなスキルまであるとは、【業務効率化】は、本当に奥が深い。


「なあ、ケンジ。次は何をするんだ? もっと難しいダンジョンにでも挑戦するのか?」

 エララが、期待に満ちた目で俺に尋ねる。


 俺は、新たに手に入れたスキルのことを考えながら、静かに答えた。

「いや……。しばらくは、現状維持だ。次のフェーズに移行するには、まだ、いくつかの準備が必要だからな」


 俺の心には、漠然とした予感が芽生え始めていた。

 この【根回し】というスキルは、ゴブリンやリザードマンといった、単純な魔物を相手にするためのものではない。

 もっと、複雑で、厄介で、そして、面倒な「人間」を相手にするためのスキルだ。


 やれやれ。

 俺の平穏なリタイア生活が、また少し、遠のいていくような気がした。

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