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第25話 育まれた「絆」

 広場には、静寂が戻っていた。

 ホブゴブリンが消滅した場所に残る、焦げ付いた地面と微かなオゾンの匂いだけが、先ほどの激戦の痕跡を物語っている。


「はぁ……はぁ……っ」


 エララは、ついに膝をついた。その額には玉の汗が浮かび、自慢の赤い髪は乱れ、軽鎧のあちこちがへこんでいる。だが、その表情には、疲労の色よりも、やり遂げたという達成感の方が強く浮かんでいた。


「……うぅ」


 後方では、ルナが魔力を使い果たし、壁にぐったりと寄りかかっている。その顔は蒼白だが、前髪の隙間から覗く瞳は、信じられないものを見るかのように、広場の中央を見つめていた。自分の放った魔法が、あれほどの威力を持っていたことが、まだ信じられないのだろう。


 やれやれ。

 俺は、そんな二人を一瞥すると、淡々と「事後レビュー」を開始した。

「プロジェクト『マーウッドの迷宮・第一階層マッピング』における、戦闘タスク・シーケンス1、完了。これより、パフォーマンスレビューを行う」


 俺はまず、エララに歩み寄った。

「エララ・フォン・クライシュ君。君のタスク達成状況を報告する。目標時間30秒に対し、君が敵5体のヘイトを維持した時間は、32.4秒。目標を8%上回る、優秀な結果だ。被ダメージはHPの約40%。これも、タンクとしては許容範囲内。評価しよう」


「……ふん。当然だ」

 エララは、ぶっきらぼうに答えながらも、その口元がわずかに緩むのを、俺は見逃さなかった。


「だが、課題もある」と俺は続けた。「戦闘開始直後、君は感情の高ぶりから、本来の防御スタンスよりも3センチほど重心が高くなっていた。これにより、ホブゴブリンの初撃を受け流す際、5%の余分なスタミナを消費している。次回の戦闘では、この点を修正すること」


「ご、5%だと……!? そんな細かいことまで分かるのか、あんたは……」

 エララが、驚愕の表情で俺を見る。


「それが、俺の仕事だ」

 俺は、それだけ言うと、今度はルナの方へと向かった。


「次に、ルナ・アステリア君。君のタスク達成状況だ。詠唱開始から魔法発動までの所要時間、28.9秒。目標の30秒をクリア。ターゲットへの命中精度、100%。文句なしの、完璧なパフォーマンスだ」


「あ……」

 ルナは、俺の言葉に、信じられないというように目を見開いた。

「わ、私が……完璧……?」


「ああ。君は、君に与えられた役割を、完璧に果たした。君の魔法が、この戦闘における勝利の決定打クリティカル・ファクターだった。それは、紛れもない事実だ」


 俺の言葉に、ルナの瞳から、ぽろり、ぽろりと大粒の涙がこぼれ落ちた。だが、それは、昨日までの絶望の涙とは違う。安堵と、そして、生まれて初めて感じたであろう、達成感から来る涙だった。


 俺は、そんな彼女たちに背を向け、ゴブリンの死体から証拠の耳を切り取り始めた。

「さて。感傷に浸っている暇はないぞ。我々の主目的は、あくまで地図の作成だ。残りのエリアの探索を再開する」


 俺が淡々と作業を進めていると、不意に、エララが立ち上がり、おずおずとルナの方へ歩み寄った。

 そして、まだ座り込んでいるルナに向かって、ぶっきらぼうに手を差し出した。


「……おい、いつまで座ってる。行くぞ」

 その声は、いつもと同じように乱暴だ。だが、その響きには、以前のような刺々しさはなかった。


 ルナは、驚いたようにエララの手を見つめ、そして、おそるおそる、その手を取った。

 エララは、ぐいっと力強く、ルナを立ち上がらせる。


 そして、小さな声で、ぽつりと呟いた。

「……あんたの魔法、すごかったじゃないか。……まあ、詠唱は、相変わらずトロいがな」


「え……」

「な、なんだよ! 事実を言っただけだ!」

 エララは、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。


 そのやり取りを見て、俺は内心で、やれやれと肩をすくめた。

 どうやら、この機能不全なチームにも、ようやく「絆」という、非効率で、不合理で、しかし、時として絶大なパフォーマンス向上をもたらす、厄介なパラメータが実装され始めたらしい 。


 その後、俺たちはダンジョンの探索を再開した。

 最初の戦闘で自信をつけたのか、二人の動きは、明らかに以前とは違っていた。エララは、俺の指示を忠実に守り、決して突出することなく、完璧なタンク役をこなした。ルナも、エララが作る絶対的な安全圏の中で、落ち着いて詠唱に集中できるようになった。


 俺たちは、その後も数回の戦闘を経験したが、全て、最初の戦闘と同じように、完璧な連携で、危なげなく勝利を収めた。


 そして、夕暮れ時。

 俺たちは、第一階層の全てのエリアの地図を完成させ、ダンジョンから無事に帰還した。


 ギルドに戻り、俺がカウンターに完成した地図と、討伐した魔物の素材を提出すると、ハンナは信じられないという顔で、俺たち三人を交互に見た。

「……あんたたち、本当に、あの二人で、これを……? しかも、全員、怪我一つないじゃないか……」


「言ったはずだ。俺の仕事は、プロジェクトを成功させることだと」

 俺は、報酬の銀貨を受け取ると、呆然とするハンナに背を向けた。


 帰り道。

 クロスロードの街は、夕焼けに染まっていた。

 俺と、エララと、ルナ。三人は、無言で並んで歩いていた。

 だが、その沈黙は、もはや気まずいものではなかった。そこには、一つの困難なプロジェクトを共に乗り越えた者だけが共有できる、穏やかで、心地よい空気が流れていた。


 やれやれ。

 チームマネジメントというのは、本当に骨が折れる。

 だが、こういう「成果」があるのなら、たまには悪くないかもしれないな。


 俺は、柄にもなく、少しだけ満たされた気分で、空を見上げた。

 その瞬間、頭の中に、レベルアップを告げるメッセージが響いた。


『経験値が規定値に達しました。レベルが7に上がります』

『条件を達成しました。サブスキル【情報収集】を取得します』


 俺の口元に、満足げな笑みが浮かんだ。

 プロジェクトは、順調に進んでいる。

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