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第23話 ショートカットとリスク管理

 マーウッドの迷宮の入り口は、巨大な岩壁に穿たれた、不気味な洞穴だった。中からは、ひんやりとした湿った空気が流れ出し、カビと土の匂いが鼻をつく。壁にはびっしりと苔が生え、時折、洞窟の奥から水滴が滴り落ちる音が、不気味に響いていた。


「ここが……マーウッドの迷宮……」

 ルナが、怯えたように俺のローブの裾を掴んだ。その手は、小さく震えている。


 対照的に、エララは腰の剣の柄に手をかけ、その瞳に好戦的な光を宿していた。

「よし、腕が鳴るな! 中にはどんな魔物がいるんだ?」

「待て」


 俺は、逸るエララを手で制した。

「プロジェクト開始前の最終ブリーフィングを行う。タスクの目的と、各自の役割を再確認するぞ」

 俺は、まるで定例会議を始めるかのように、淡々と告げた。


「我々の今回の主目的は、あくまで『第一階層の地図作成』だ。戦闘は、この目的を達成する上で障害となる場合にのみ、許可された手順に従って行う。いいね?」

 俺は、まずエララを見据える。

「エララ君。君は『タンク』だ。君のKPIは、敵からどれだけ多くの攻撃を引きつけ、パーティ全体の被ダメージをどれだけ抑えられたか、だ。敵を何体倒したかではない。理解したか?」


「くっ……! わ、分かっている!」

 エララは、悔しそうにしながらも、頷いた。


「次に、ルナ君」

 俺は、震える少女に視線を移す。

「君は『DPS』だ。君のKPIは、戦闘開始から、どれだけ迅速に詠唱を完了させ、最大火力の魔法を目標に叩き込めるか。それだけだ。周りの状況は気にするな。君の安全は、俺とエララ君が100%保証する」


「は、はい……!」

 ルナは、か細い声で返事をした。


「そして、俺は『マネージャー』だ。全体の指揮を執り、あらゆるリスクを管理する。俺の指示は、絶対だ。いいな?」

 二人が、こくりと頷くのを確認し、俺は宣言した。

「よし。では、プロジェクト『マーウッドの迷宮・第一階層マッピング』、これより開始する」


 俺たちは、一列になってダンジョンの中へと足を踏み入れた。先頭は俺、次にエララ、最後尾にルナという陣形だ。

 洞窟の中は、薄暗く、視界が悪い。壁には、ぼんやりと光る苔が自生しており、それが唯一の光源だった。


 俺が、ダンジョンに足を踏み入れた瞬間。

 頭の中に、新たなメッセージが響いた。


『新規エリアへの進入を確認。条件を達成しました。サブスキル【リスク管理】【ショートカット】を取得します』


(……来たか。やはり、新しい業務環境への適応が、新機能のトリガーになるようだな)


 俺は、内心でほくそ笑みながら、早速、新スキルの仕様を確認する。


【リスク管理】:半径50m以内の、敵意を持つ存在や、物理的な罠の存在を自動的に検知し、警告する。いわゆる、危険察知スキルだ。

【ショートカット】:MPを消費し、半径10m以内の任意の空間に、自身または指定した対象を短距離転移させる。


「やれやれ。これで、このプロジェクトのリスクは、限りなくゼロに近づいたな」


 俺たちは、慎重にダンジョンの通路を進んでいく。俺は、記憶した情報を基に、羊皮紙に地図を書き込みながら、常に【リスク管理】スキルを起動させていた。


 しばらく進んだところで、俺はぴたりと足を止めた。

「待て」

 俺の目の前の空間に、赤い警告マーカーが点滅している。


「どうしたんだ? 何かいるのか?」

 エララが、身構えながら尋ねる。

「いや。この先、床に圧力式の罠が仕掛けられている。踏めば、天井から毒矢が降ってくる仕組みだ。リスクレベル『中』。回避行動に移る」


 俺は、こともなげに告げると、罠の手前に立つ。

 そして、【ショートカット】スキルを発動させた。

 俺と、エララ、ルナの三人の体が、ふわりと浮き上がるような感覚に包まれる。次の瞬間、俺たちは、罠が仕掛けられた床を飛び越え、その数メートル先へと着地していた。


「なっ……!?」

 エララが、信じられないという顔で、俺と、先ほどまでいた場所を交互に見る。

「い、今……移動したのか!? 魔法か!?」

「まあ、そんなところだ。俺のスキルの一つだよ。これを使えば、面倒な罠地帯は、こうして丸ごとバイパスできる」


 俺のスキルは、派手な攻撃魔法ではない。だが、それは、ダンジョン攻略というプロジェクトにおいて、究極の効率化をもたらす、最高の支援能力だった。


 俺たちは、その後も、俺のスキルを駆使して、順調に探索を進めていった。

「この先、右の通路からスライムが3体接近中。リスクレベル『低』。戦闘準備」

「左の壁は、構造的に脆い。衝撃を与えれば崩落する危険性あり。中央を通行すること」


 俺の的確すぎる指示に、最初は半信半疑だったエララも、次第に何も言わなくなり、ただ俺の指示に従うようになっていた。ルナも、俺が常に危険を事前に察知してくれるおかげか、少しずつ緊張が解けてきたように見えた。


 そして、第一階層の中ほどまで来た時だった。

【リスク管理】スキルが、これまでで最も強い警告を発した。


「全員、停止!」

 俺は、鋭く声を張り上げた。

「この先の広場に、敵性反応。ゴブリン5体。うち一体は、上位種のホブゴブリンだ。リスクレベル『高』。これより、プランBに移行する。初の、本格的なチーム戦闘演習だ」


 俺の言葉に、エララの瞳に闘志の光が宿り、ルナの顔には再び緊張の色が走った。

 やれやれ。いよいよ、この機能不全チームの、真価が問われる時が来たようだ。

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