第22話 ダンジョンという名の「プロジェクト」
昼食後、俺たちは再びギルドの埃っぽい会議室に集まっていた。
エララは、不満を隠そうともせず、俺を睨んでいる。
「……で? 午後からの『座学』とやらは、一体何を教えてくれるというんだ? 剣も握ったことのないオッサンに、戦い方の何が分かる」
「戦い方ではない。戦うための『準備』についてだ」
俺は、テーブルの上に何も無い空間を指差した。
そして、レベルアップで密かに取得していたスキル【プレゼンテーション】を、限定的に発動させる。
ふわり、と俺たちの目の前に、半透明のスクリーンが浮かび上がった。
「なっ……!?」
エララが驚きに目を見開き、ルナも怯えたように身をすくませる。
スクリーンには、二人の名前と、その横に棒グラフや円グラフ、そして無数の数値が並んでいた。
「これは……なんだ……?」
「今朝、君たち二人の『業務遂行能力』を測定した結果のレポートだ」
俺は、教鞭をとる教師のように、スクリーンに表示されたデータを指し示した。
「まず、エララ・フォン・クライシュ君。君の基礎体力は、Eランク冒険者の平均値を大きく上回っている。特に筋力と瞬発力は、Cランクの戦士にも匹敵するレベルだ。これは、君の日々の鍛錬の賜物だろう。評価できる点だ」
俺の言葉に、エララの表情がわずかに和らぐ。
「ふん、当然だ」
「だが」と俺は続けた。「問題は、そのエネルギー効率の悪さだ。このグラフを見てみろ」
スクリーンには、二つの歩行フォームを比較した図が表示される。一つは理想的なモデル、もう一つは今朝のエララの歩行をトレースしたものだ。
「君の歩行は、感情の起伏によってペースが乱れ、重心が常にブレている。その結果、理想的なフォームと比較して、約15%ものエネルギーを無駄に消費している。これは、長時間の戦闘やダンジョン探索において、致命的な欠陥となり得る」
「ぐっ……!」
エララは、具体的な数値を突きつけられ、反論の言葉を失った。
「次に、ルナ・アステリア君」
俺は、スクリーンを切り替える。今度は、ルナの身体データが表示された。
「君の課題は、明白な基礎体力の不足だ。特に、心肺機能が著しく低い。これが、君の詠唱が遅い根本原因の一つだ」
「え……?」
ルナが、驚いたように顔を上げた。
「詠唱が遅いのは……私の、才能がないからじゃ……」
「それも一因だろうが、全てではない」
俺は、彼女の誤った自己認識を訂正する。
「高度な魔法の詠唱は、脳だけでなく、大量の酸素を消費する。君は、詠唱の途中で酸欠状態に陥り、思考力と集中力が低下しているんだ。さらに、君の猫背気味の姿勢は、肺を圧迫し、呼吸を浅くしている。これでは、本来のパフォーマンスを発揮できるはずがない」
俺は、二人に交互に視線を送り、言った。
「いいか、二人とも。冒険者という仕事は、気合と根性だけで務まるものではない。それは、一種の高度な専門職だ。自身の身体という『リソース』をいかに最適に管理し、パーティという『組織』の中で、いかに効率的に『タスク』を遂行するか。全ては、そのマネジメント能力にかかっている」
俺の言葉に、二人はただ黙って聞き入っていた。
エララは、悔しそうに唇を噛み締め、ルナは、戸惑いながらも、真剣な眼差しでスクリーンを見つめている。
「……理論はここまでだ。次は、実践に移る」
俺は、スクリーンを消すと、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
それは、ギルドの掲示板から剥がしてきた、一枚の依頼書だった。
『依頼:マーウッドの迷宮・第一階層の地図作成』
『ランク:F(新人推奨)』
『内容:街の北にある「マーウッドの迷宮」の第一階層を探索し、未踏破エリアの地図を作成して報告すること』
『報酬:銀貨5枚』
「ダンジョン……!」
エララの目が、カッと輝いた。
「やっと、戦えるんだな!」
「勘違いするな」
俺は、彼女の期待を冷たく打ち砕いた。
「これは、戦闘訓練ではない。プロジェクトマネジメントの実地演習だ。我々の目標は、モンスターを倒すことではない。あくまで、『地図を作成し、無事に帰還する』こと。いいね?」
俺は、立ち上がると、二人に向かって、最初の「業務命令」を下した。
「これより、我々は三人でパーティを組む。パーティ名は、チーム『効率化』だ。異論は認めん」
エララとルナが、微妙な顔をするが、俺は無視して続けた。
「そして、君たちには、それぞれの役割をアサインする」
俺はまず、エララを指差した。
「エララ・フォン・クライシュ。君の役割は、『タンク』だ。敵の攻撃を引きつけ、パーティの盾となる。ただし、俺の許可なく、敵に攻撃を仕掛けること、及び、指定されたポジションから5メートル以上移動することは、固く禁ずる」
「なっ……! 攻撃するなだと!? それでは、私はただの的じゃないか!」
「その通りだ。君は、パーティの損害を最小限に抑えるための、最も重要な『防御リソース』だ。それが、タンクの役割だ」
次に、俺はルナを指差した。
「ルナ・アステリア。君の役割は、『後衛火力支援(DPS)』だ。君の最優先タスクは、戦闘が開始された瞬間から、最大火力の魔法の詠唱を開始し、それを完遂させること。それ以外の行動は、一切許可しない」
「わ、私が……火力……?」
ルナが、信じられないというように呟く。
「そして、俺は『プロジェクトマネージャー』兼『サポート』だ。全体の指揮を執り、君たち二人が、それぞれの役割を完璧に遂行できるよう、あらゆる支援を行う」
俺は、呆然とする二人を見渡し、最終確認をする。
「いいか。ダンジョン内部では、俺の指示に絶対に従ってもらう。勝手な行動は、プロジェクト全体の失敗に繋がる。これは、絶対条件だ。理解したな?」
エララは、不満と屈辱に顔を歪めながらも、こくりと頷いた。
ルナも、怯えながら、しかし、かすかに決意の色を瞳に宿して、頷き返した。
「よし。では、行こうか」
俺は、そう言って、会議室の扉を開けた。
やれやれ。ようやく、この機能不全なチームの、最初の「プロジェクト」が始まる。
俺たちの、面倒で、そして奇妙なダンジョン攻略が、今、幕を開けようとしていた。




