第21話 人材の「アサイン」
翌朝、日の出の光がクロスロードの街並みを淡く照らし始める頃、俺は指定通り、街の西門の前に立っていた。腕を組み、目を閉じて、今日のプロジェクト計画の最終確認を行っている。
『プロジェクト名:新人冒険者育成モデル構築プロジェクト』
『フェーズ:1-1(基礎能力測定及び行動規範の初期化)』
『本日のタスク:対象者2名の基礎体力、持久力、規律遵守能力のデータ収集』
やがて、約束の時間の数分前。
カツ、カツ、と石畳を鳴らす軽快な足音が聞こえてきた。昨日と同じく、軽鎧に身を包んだエララだ。彼女は俺の姿を認めると、不機嫌さを隠そうともせず、腕を組んで俺から数メートル離れた場所に立った。その瞳には、まだ反抗の色が強く浮かんでいる。
「……来たか。時間厳守は評価しよう」
俺が声をかけると、彼女は「ふん」と鼻を鳴らしただけだった。
それから、約束の時間を5分ほど過ぎた頃。
一人の少女が、息を切らしながら小走りでやってきた。ぼさぼさの銀髪に、着古したローブ。ルナだ。彼女は俺たちの前にたどり着くと、何度も頭を下げ始めた。
「ご、ごめんなさい! 遅れて、すみません! あの、その……!」
「構わない」
俺は、彼女の謝罪を遮った。
「5分の遅延は、昨日の時点で想定済みだ。計画のバッファに収まっている。問題ない」
「え……?」
ルナは、意外な言葉に驚いたように顔を上げた。
「さて、二人とも揃ったな。では、本日の最初の『業務』を開始する」
俺は、二人に向き直り、淡々と告げた。
「これから、この西門から、森の入り口まで歩いてもらう。距離にして、約2キロ。ペースは、俺が先導する。君たちは、俺から5メートル以上離れず、かつ、俺を追い越すことなく、ついてくること。ただ、それだけだ。武器は置いていけと言ったはずだが?」
俺の視線が、エララの腰に差された剣に注がれる。
「これは、私の魂だ! 騎士が剣を手放せるか!」
「そうか。ならば、その『魂』の重量分、君の身体的負荷が増大し、パフォーマンスが低下するだけだ。その非効率性も、データとして記録しておこう」
俺の言葉に、エララはぐっと言葉に詰まった。
そして、俺が告げた訓練内容に、今度こそ我慢の限界が来たようだった。
「……歩くだけ、だと? ふざけるのも大概にしろ!」
彼女の声が、朝の静かな広場に響き渡る。
「あんたは、私たちを馬鹿にしているのか!? こんなものは、訓練でもなんでもない! ただの散歩じゃないか! それより、剣の素振りでもさせた方が、一億倍は有意義だ!」
「有意義ではないな」
俺は、即座に否定した。
「エララ君、昨日のミーティングで言ったはずだ。君の課題は、筋力や剣術のスキルではない。君に欠けているのは、自己のパフォーマンスを客観的に管理する能力と、チーム全体の戦術目標を理解し、それに合わせて行動する規律だ」
「なっ……!」
「君が戦場で一人、敵陣に突撃する行為は、君自身の体力を無駄に消耗させるだけでなく、残された仲間――この場合、ルナ君――を危険に晒し、パーティ全体の『リソース』、すなわちHP、MP、そして集中力を著しく浪費させる。分かるかね? それは、プロジェクト全体の破綻に直結する、最も愚かな行為だ」
俺は、まるで出来の悪い部下に業務改善命令を出すかのように、冷徹に続けた。
「だから、まずは、最も基本的なチーム行動を体に叩き込んでもらう。指示されたペースを維持し、隊列を乱さず、目的地まで移動する。これができなければ、君は永遠に『パーティクラッシャー』のままだ」
俺のロジカルな(そして、一切の感情を排した)説教に、エララは反論の言葉を見つけられないようだった。彼女は、悔しそうに唇を噛み締め、俯いてしまった。
「よし。では、開始する」
俺は、二人の返事を待たずに、一定のペースで歩き始めた。
エララは、不承不承といった様子で、しかし俺の指示通り、5メートル後ろをついてくる。ルナは、怯えながらも、必死の形相でその後ろを追った。
俺は、歩きながらも、常に【分析】スキルを発動させ、二人の状態をリアルタイムでモニタリングしていた。
『対象:エララ・フォン・クライシュ』
『ステータス:心拍数110bpm(平常時より高い/精神的ストレスによるものと推定)。歩行フォームに乱れあり。感情的な歩行により、エネルギー効率が約15%低下』
『対象:ルナ・アステリア』
『ステータス:心拍数135bpm(高い/基礎体力の不足によるもの)。呼吸が浅く、すでに軽度の疲労状態。歩行フォームが内股気味で、膝への負荷が増大』
やれやれ。二人とも、課題が山積みだ。
だが、それでいい。課題が明確であればあるほど、改善計画も立てやすい。
30分後。
俺たちは、森の入り口に到着した。
ただ歩いただけのはずなのに、エララは精神的な疲労からか、肩で息をしている。ルナに至っては、膝に手をつき、今にも倒れそうだ。
「……本日の、午前の業務はこれで終了だ」
俺がそう告げると、エララが信じられないという顔で叫んだ。
「はあ!? これで終わりだと!? 私は、まだ何もしていないぞ!」
「いや、十分なデータを取らせてもらった」
俺は、彼女の剣幕を意に介さず、続けた。
「今日の君たちのパフォーマンスデータは、全て記録した。午後は、このデータを基にした座学を行う。その後、明日の改善計画を策定する」
俺は、二人にそれぞれ銅貨を数枚ずつ渡した。
「これで、昼食を摂ること。ただし、メニューは指定させてもらう。エララ君は、高タンパク・低脂質の鶏肉料理。ルナ君は、消化が良く、エネルギーに変換されやすい炭水化物を中心に。これも、業務の一環だ。報告は不要だが、抜き打ちでチェックはする」
「な……! 食事まで、あんたに指図されるというのか!」
「そうだ。君たちの体調管理も、俺のマネジメント領域だからな」
俺は、呆然とする二人を残し、踵を返した。
そして、去り際に、俯いているルナに向かって、一言だけ付け加えた。
「ルナ・アステリア君」
「……は、はいっ」
ルナが、驚いたように顔を上げる。
「君の歩き方は、効率が悪い。重心の移動に無駄が多く、エネルギーのロスが大きい。午後の座学で、改善のための具体的なフォーム修正案を提示しよう。実践すれば、今より30%は楽に歩けるようになるはずだ」
「え……わ、私の……歩き方……?」
ルナの紫色の瞳が、困惑と、そしてほんのわずかな期待の色を浮かべて、俺を見つめていた。
俺は、それに答えることなく、街へと戻っていった。
やれやれ。手のかかる部下を持ったものだ。
だが、この機能不全な二つの「部品」を、完璧な「システム」として組み上げていく作業は、不思議と、俺の心を躍らせていた。




