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第19話 チームマネジメントの始まり

 ギルドマスター、バルガスとの奇妙な契約から一夜明け、俺は新たなプロジェクトの始動に向けて、具体的な準備に取り掛かっていた。プロジェクト名は『新人冒険者育成モデル構築プロジェクト』。やれやれ、前職の研修資料を引っ張り出してきたい気分だ。


 俺はまず、受付カウンターのハンナに声をかけた。

「ハンナさん、頼みがある。エララ・フォン・クライシュと、ルナ・アステリア。この二人に、明日の昼、ギルドの会議室に来るよう通達してくれ。ギルドマスターからの正式な業務命令だ、と念を押してな」


 俺の言葉に、ハンナは持っていたペンを取り落としそうになった。

「はぁ!? あんた、本気で言ってるのかい!? あの二人を、同じ部屋に!? それは、火薬庫の隣で焚き火をするようなもんじゃないか!」

 彼女の剣幕に、周囲の冒険者たちが何事かとこちらを見る。


「パーティクラッシャーのエララと、引きこもり寸前の『木偶の坊』ルナだろ? あの二人を組ませるなんて、ギルドマスターも何を考えてるんだか」

「自殺行為だな。あのオッサン、ついに頭がおかしくなったんじゃないか?」


 聞こえてくる野次は、もっともな意見だった。

 だが、俺は動じない。

「だからこそ、だ」

 俺はハンナに静かに告げた。

「火薬は、正しく使えば強大なエネルギーになる。焚き火は、管理すれば暖を取ることも、調理をすることもできる。要は、マネジメントの問題だ。俺の仕事は、そのマネジメントをすることだ」


「ま、まねじめんと……」

 ハンナは、俺の訳の分からない物言いに、もはや反論する気力も失せたようだった。

「……分かったよ。伝えればいいんだろ、伝えれば。ただし、会議室がどうなっても、あたしは知らないからね!」

 彼女は、大きなため息をつきながら、伝言用のメモを書き始めた。


 翌日の昼。

 俺は、ギルドの二階にある、埃っぽい会議室で二人を待っていた。テーブルの上には、俺が昨夜のうちにまとめた、簡単なプロジェクト計画書と、二人の個人データの分析レポートが置かれている。


 やがて、約束の時間の少し前。

 バンッ! と、まるで扉を蹴破るかのような乱暴な音を立てて、一人の少女が入ってきた。

 燃えるような赤い髪をポニーテールにし、気の強そうな瞳でまっすぐに俺を睨みつけている。動きやすそうな軽鎧を身に着けているが、その立ち姿には育ちの良さが滲み出ていた。

 エララ・フォン・クライシュ。その人だ。


「あんたが、サトウか!」

 彼女は、挨拶もなしに、敵意むき出しの声で言った。

「ギルドマスターから話は聞いた! だが、勘違いするなよ! 私がこんなところに来たのは、あくまでギルドの命令だからだ! あんたみたいな、得体の知れないスキルを持ったオッサンに、教わることなど何一つない!」


 やれやれ。典型的な、プライドだけが高い問題児か。前職にもいたな、こういうタイプ。実力もないくせに、口だけは達者な若手エンジニアが。


 俺は、彼女の剣幕にも全く動じず、椅子に座ったまま、穏やかに返した。

「時間厳守、結構なことだ。まずは座りたまえ、クライシュ嬢。話はそれからだ」

 俺が、あえて彼女の貴族としての姓で呼ぶと、エララは一瞬、虚を突かれたように目を見開き、そして悔しそうに唇を噛んで、乱暴に俺の向かいの椅子に腰掛けた。


 その直後。

 今度は、扉が、おずおずと、数センチだけ開いた。

 その隙間から、銀色の髪の少女が、怯えた小動物のように室内を窺っている。長い前髪で顔の半分が隠れており、その表情はよく見えない。

 ルナ・アステリア。


「あ……あの……」

 消え入りそうな声が、部屋に響く。

「ちっ、トロい奴だな!」

 エララが、いらだたしげに舌打ちをする。その音に、ルナの肩がビクリと大きく震えた。


「構わない」

 俺は、ルナに向かって、できるだけ穏やかな声で言った。

「5分程度の遅延は、計画のバッファの範囲内だ。それより、よく来たな、アステリア君。君が、この部屋の扉を開けて、中に入ってくること。それが、このプロジェクトにおける、最初の関門だと思っていたからな」


 俺の言葉に、ルナは驚いたように顔を上げた。前髪の隙間から見えた紫色の瞳が、戸惑いに揺れている。彼女は、ゆっくりと部屋に入ってくると、エララから最も遠い席に、音も立てずにそっと座った。


 やれやれ。これで、役者は揃ったか。

 片や、攻撃性の塊のような少女。

 片や、自己肯定感が地の底まで落ち込んでいる少女。

 見事に機能不全に陥った、最悪のチームだ。


 俺は、内心で深いため息をつきながらも、表情には出さず、テーブルの上に用意していた羊皮紙を広げた。


「さて、二人とも揃ったところで、最初のキックオフミーティングを始めようか」

 俺の言葉に、エララが訝しげな顔をする。

「きっくおふ……? なんだそれは。ふざけたことを言っていると、そのふざけたツラを殴り飛ばすぞ」

「まあ、そういきり立つな。要は、顔合わせと、今後の活動方針についての説明会だ」


 俺は、二人に交互に視線を送り、宣言した。

「これは、君たち二人を、クロスロードで最も効率的に稼げるパーティにするための、新しいプロジェクトだ。俺は、そのプロジェクトマネージャーを務める、サトウだ。よろしく頼む」


「プロジェクト? マネージャー? やはり、あんたの言ってることは、さっぱり分からん!」

 エララが、苛立ちを隠そうともせずに叫ぶ。ルナは、ただ俯いて、自分の膝を見つめているだけだ。


「まあ、細かい用語は、追々覚えていけばいい。重要なのは、中身だ」

 俺は、一枚の羊皮紙を、二人の前に滑らせた。

 そこには、太い文字でこう書かれていた。


『プロジェクト目標:三ヶ月以内に、パーティランクをCランクまで引き上げる』


「Cランク……!? 馬鹿なことを言うな! 私一人ならともかく、こんな木偶の坊と一緒では、不可能に決まっている!」

 エララが、ルナを侮蔑の目で睨みつけながら叫ぶ。ルナの体が、また小さく震えた。


「不可能かどうかは、やってみなければ分からない。そして、それを可能にするのが、俺の仕事だ」

 俺は、淡々と続けた。

「そのためには、まず、現状の課題認識の共有が必要だ。エララ君、君がなぜ『パーティクラッシャー』と呼ばれるか、自分なりの見解を聞かせてもらおうか。次にルナ君、君がなぜ前のパーティを追い出されたのか、その経緯を、事実ベースで報告してくれ」


 俺の言葉に、エララは「なっ……!?」と絶句し、ルナは、さらに深く顔をうつむけてしまった。

 部屋に、重く、気まずい沈黙が流れる。


 やれやれ。

 前職の、炎上したプロジェクトの立て直し会議の悪夢が、鮮やかに蘇ってくるようだ。

 俺の平穏なリタイア生活への道は、どうやら、かなり険しいものになりそうだった。

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