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第18話 新たな「業務命令」

 ギルドマスター、バルガスの部屋を後にした俺は、重厚な扉を背中で閉めながら、深く、そして静かに息を吐いた。

「やれやれ……」

 いつもの口癖が、自然と漏れる。だが、その響きには、いつものような諦念だけでなく、わずかな手応えと、そして新たな面倒事に対する覚悟が混じっていた。


『プロジェクト名:新人冒険者育成モデル構築プロジェクト』

『ステータス:計画策定中』

『概要:ギルドマスターからの業務命令に基づき、新人冒険者の生存率及び依頼達成率を向上させるための教育プログラムを開発・実施する』

『目標:パイロットプロジェクトを成功させ、ギルド内における自身のポジションを確立し、安定的かつ長期的な収益モデルへの布石とする』


 頭の中の管理ツールに、新たなプロジェクトの骨子が自動的に組み上がっていく。

 新人研修の講師など、面倒極まりない。俺の貴重なリソースを、他人のために割くなど、本来であれば全力で回避すべき案件だ。

 だが、今回の「業務命令」は、俺にとって無視できないメリットをもたらす。


 第一に、ギルドマスターという、この街における最強の後ろ盾を得られること。これにより、「紅蓮の牙」のようなチンピラからの物理的・社会的な妨害活動を、効果的に牽制できる。

 第二に、「ゴブリン狩り」という単一事業への過度な依存から脱却し、事業ポートフォリオを多角化できること。これは、長期的なリスク分散の観点から極めて重要だ。


「……まあ、必要経費、といったところか」


 俺はそう結論付け、思考を切り替えた。

 やるからには、このプロジェクトも完璧に、そして効率的に遂行するまでだ。


 俺が廊下を歩いて受付カウンターまで戻ると、ハンナが心配そうな、それでいて好奇心に満ちた目で俺を見ていた。

「サ、サトウさん……。マスターに、何を言われたんだい? まさか、追放処分とか……」

「いや。むしろ、新しい仕事を押し付けられた」

「新しい仕事?」


 俺は、カウンターに肘をつき、ハンナに単刀直入に告げた。

「ギルドに登録されている、FランクからEランクの冒険者全員のリストを閲覧したい。特に、過去三ヶ月間の依頼受注履歴、成功率、失敗時の状況報告書、そしてパーティの遍歴が分かるデータが必要だ。ギルドマスターの許可は取ってある」


「は……はぁ!?」

 ハンナは、目を丸くした。

「ぜ、全員分だって!? そんな膨大な書類、どこにあるか……それに、個人情報も含まれてるんだよ!?」

「構わない。それが業務命令だ。君の仕事は、俺が必要とするデータを、迅速かつ正確に提供すること。いいね?」


 俺が、バルガスの名前をちらつかせながら、有無を言わせぬ口調で言うと、ハンナは「う……」と呻き、やがて諦めたように大きくため息をついた。

「……分かったよ。分かればいいんだろ。まったく、あんたって人は……。少し待ってな。書庫から持ってくる」


 彼女は、ぶつぶつと文句を言いながらも、カウンターの奥へと消えていった。

 やれやれ。どうやら、彼女も俺の「業務」に巻き込むことになりそうだ。


 数十分後。

 俺は、ギルドの隅のテーブルで、羊皮紙の分厚い束と格闘していた。ハンナが、恨めしそうな顔で運んできた、新人冒D者の個人ファイルだ。紙媒体での管理とは、なんと非効率なことか。データベース化すれば、検索も分析も一瞬で終わるというのに。


「やれやれ。まずは、このアナログデータを、俺の頭の中にデジタルデータとしてインポートするところからか」


 俺は、一枚一枚、羊皮紙をめくりながら、【分析】スキルを発動させていく。

 膨大な情報が、高速で俺の脳内に流れ込み、自動的に整理・分類されていく。


『対象:新人冒険者リスト(78名)』

『データ分析開始……』

『依頼成功率、パーティ生存率、スキル構成、過去の経歴に基づき、ポテンシャルとリスクをマトリクス分析……』

『抽出条件:ポテンシャル『高』、かつ現状のパフォーマンス『低』。いわゆる、『問題児』に該当する人材をリストアップ……』


 数分後。俺の目の前のウィンドウに、数名の候補者の名前がリストアップされた。

 その中でも、ひときわ異彩を放つ、二人の少女の名前が、俺の目に留まった。


 一人目。

『名前:エララ・フォン・クライシュ』

『ランク:E』

『職業:騎士見習い』

『スキル:【剣術(中級)】【剛力】【不屈の魂】』

『評価:身体能力、特に筋力と体力はCランク冒険者に匹敵。しかし、極度に猪突猛進な性格が災いし、常に単独で敵陣に突撃。結果、孤立して返り討ちに遭うパターンを繰り返している。過去に組んだパーティは5つ。全て、彼女の無謀な行動が原因で半壊、あるいは全滅している。通称、『パーティクラッシャー』』


「……なるほど。ポテンシャルは高いが、パフォーマンスが著しく低い典型的な人材だな。戦術眼と協調性の欠如が根本原因か」


 二人目。

『名前:ルナ・アステリア』

『ランク:F』

『職業:魔術師』

『スキル:【四大属性魔法(初級)】【魔力増幅(中)】』

『評価:膨大な魔力量と、高い魔力制御の才能を持つ。しかし、極度のあがり症と自信のなさから、魔法の詠唱に常人の3倍以上の時間を要する。実戦では、詠唱が終わる前に敵に接近され、何もできずに無力化されることがほとんど。前のパーティからは、『木偶の坊』『歩く的』と罵られ、追い出された過去を持つ』


「……ほう。強力だが、活用されていないツール、か。詠唱時間を確保する運用フローさえ構築できれば、化ける可能性を秘めている」


 俺は、この二人の名前に、頭の中で赤丸を付けた。

 エララと、ルナ。

 騎士見習いと、魔術師。

 猪突猛進のタンクと、詠唱の遅いガラスの大砲。


 やれやれ。これほど分かりやすく、そして致命的な問題を抱えた二人組も珍しい。

 普通の指導者なら、まず間違いなく匙を投げるだろう。


 だが、俺にとっては。

 これ以上ないほど、「改善のしがいがある」最高の教材だった。


 俺は、この二人をパイロットプロジェクトの対象とすることを決定し、その場で簡単な育成計画書を作成した。

 そして、再びギルドマスターの部屋の扉を叩いた。


「……ほう。もう候補者を選んだのか。どれ、見せてみろ」

 バルガスは、俺が差し出した羊皮紙を受け取り、そこに書かれた二人の名前に目を通すと、苦虫を噛み潰したような顔をした。


「……サトウ。貴様、本気か? こいつらは、ギルドでも札付きの問題児だぞ。特にエララは、貴族の出で、プライドばかりが高くて、誰の言うことも聞きやしねえ。ルナの方も、もはや冒険者稼業に絶望して、引きこもる寸前だと聞く。こんな連中、どうにもならんぞ」


「だからこそ、です」

 俺は、自信を持って答えた。

「最も困難なケースで成果を出すことこそ、私の指導法の有効性を証明する、最高のプレゼンテーションになります。この二人を、クロスロードで最も効率的に稼げるパーティに育て上げてみせましょう。それが、私の『業務』です」


 俺の言葉に、バルガスはしばらく黙り込んでいたが、やがて、腹の底から笑い声を上げた。

「がっはっは! 面白い! やはり貴様は、面白い男だ! よかろう、許可する! その二人を、貴様に預ける! 存分に、その『ぎょうむこうりつか』とやらを、叩き込んでやれ!」


 こうして、俺の最初の「部下」が、正式に決定した。

 やれやれ。前途多難なプロジェクトになりそうだ。

 だが、なぜだろうか。面倒なはずなのに、俺の心は、不思議と高揚していた。

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