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第17話 ギルドマスターの呼び出し

 重厚な樫の木の扉を開けると、そこは戦士の仕事場といった趣の、無骨で機能的な部屋だった。壁には巨大なワイバーンの頭蓋骨や、刃こぼれのした大剣が戦利品のように飾られている。革張りのソファは使い込まれており、部屋の隅には手入れの行き届いた鎧一式が置かれていた。


 そして、部屋の中央に鎮座する大きな執務机の向こう側。そこに、このクロスロード冒険者ギルドの頂点に立つ男が、腕を組んで座っていた。

 ギルドマスター、バルガス。

 日に焼けた顔に刻まれた深い皺と、歴戦の証である傷跡。その体躯は、俺の倍はあろうかというほど屈強で、ただ座っているだけで、部屋の空気を支配するほどの威圧感を放っていた。


 俺が部屋に入り、静かに扉を閉めると、バルガスは鷹のような鋭い目で、俺の頭のてっぺんから爪先までを、値踏みするようにじろりと見つめた。


「……お前が、サトウか」


 低く、腹の底に響くような声だった。

 その声だけで、並の新人冒険者なら震え上がってしまうだろう。


「いかにも」

 俺は、動じることなく短く答えた。

 やれやれ。前職で対峙してきた、偏屈なクライアント企業の役員たちの方が、よほど面倒で性質が悪かった。それに比べれば、このギルドマスターの威圧感など、想定の範囲内だ。


「単刀直入に聞く」

 バルガスは、組んでいた腕を解き、机の上に置いた。その拳は、岩のようにごつごつとしている。

「貴様のやり方は、少々、波風を立てすぎているようだ。ギルド内の和を乱す行為は、看過できん。何か申し開きはあるか?」


 いきなりの詰問。だが、俺は冷静だった。これは、交渉における典型的なジャブだ。相手の出方を探り、主導権を握ろうとしている。


「申し開き、と申されましても。私はただ、ギルドの規約に則り、依頼を遂行し、対価を得ているに過ぎません。私の業務内容に、何か規約に抵触する点でも?」

「へ理屈をこねるな。貴様のせいで、他の冒険者たちから苦情が殺到している。『サトウのせいで仕事にならない』『あいつは何か不正をしているに違いない』とな。この状況を、貴様はどう考えている?」


「それは、市場競争の結果発生した、不可避な摩擦と認識しております」

 俺は、淀みなく答えた。

「私の効率的な業務遂行能力が、既存の市場参加者の収益性を脅かしている。それが、彼らの不満の根本原因でしょう。しかし、それは私の責任ではなく、市場の変化に対応できない彼ら自身の問題かと」


 俺の言葉に、バルガスの眉がピクリと動いた。

「……面白いことを言う。貴様、自分が他の連中より優れていると、そう言いたいのか?」

「優劣の問題ではありません。アプローチの違いです。彼らが筋力と経験則で業務を遂行するのに対し、私はデータ分析とプロセスの最適化によって、リスクを最小化し、リターンを最大化している。ただ、それだけの話です」


 俺とバルガスの視線が、空中で火花を散らすように交錯する。

 部屋に、重い沈黙が流れた。


 やがて、その沈黙を破ったのは、バルガスの方だった。

 彼は、ふっと、それまでの険しい表情を緩め、意外なことに、豪快な笑い声を上げた。


「がっはっはっは! データ分析に、プロセスの最適化、か! まるで商人のようなことを言う冒険者もいたものだ!」


 彼はひとしきり笑うと、再び真剣な表情に戻り、俺を見据えた。

「……気に入ったぞ、サトウ。貴様の言う通りかもしれん。俺も、ガインたちの連中が、ただ自分たちの怠慢を棚に上げて、貴様に嫉妬しているだけだということは分かっている」


 これは、意外な展開だった。俺は、てっきり懲罰か、あるいは業務停止命令でも下されるものと覚悟していた。


「だがな、サトウ」

 バルガスは、言葉を続ける。

「貴様のやり方が、ギルドにとって有益なことばかりかというと、そうでもない。貴様は、ゴブリンを狩りすぎだ。そのせいで、森の生態系のバランスが崩れ始めているという報告も上がってきている。何より、新人が腕試しをするための『練習台』がいなくなってしまっては、長期的に見て、ギルド全体の戦力低下に繋がる」


「……なるほど。それは、私の分析にはなかった視点です。貴重なご指摘、感謝します」

 俺は、素直に頭を下げた。確かに、サステナビリティ(持続可能性)の観点を欠いていた。これは、俺のプロジェクト計画における、重大な欠陥だ。


「そこで、だ」

 バルガスは、机の上で指を組んだ。

「貴様に、一つ『業務命令』を出したい」


「……と、申しますと?」


「貴様のその、ふざけた名前の『効率的なやり方』とやらを、他の冒訪者に指導してみろ。特に、毎年、無謀な依頼で命を落とす新人が後を絶たん。貴様のその『リスクを最小化する』とかいうノウハウは、奴らにとって、何よりの薬になるはずだ」


 つまり、新人研修の講師になれ、と。

 やれやれ。面倒なこと、この上ない。俺の貴重なリソースを、他人のために割くなど、俺の主義に反する。


 だが、俺は即座に、この「業務命令」が持つ、潜在的なメリットとデメリットを計算した。

 デメリットは、俺自身の時間が奪われること。

 メリットは、ギルドマスターという、この街で最も強力な後ろ盾を得られること。そして、「紅蓮の牙」のような連中からの、直接的な妨害を牽制できること。


(……悪くない取引だ)


 俺は、数秒で結論を出した。

 だが、ただ唯々諾々と従うのは、三流のビジネスマンだ。一流は、ここからさらに交渉し、自分にとって最も有利な条件を引き出す。


「……ギルドマスターのお言葉、大変光栄に存じます。ですが、一つ、条件がございます」

「ほう、言ってみろ」


「私の指導方法は、極めて特殊です。従来の根性論とは、根本的に思想が異なります。よって、いきなり大規模な研修を行うのは、混乱を招くだけでしょう。まずは、試験的な運用として、特定のパーティを対象とした、小規模なパイロットプロジェクトとして実施させていただきたい。そして、その対象は、私自身に選定させていただけますか?」


 俺は、この面倒な「業務命令」を逆手に取り、プロジェクトの主導権を完全に掌握する提案をした。


 バルガスは、俺の言葉を黙って聞いていたが、やがてニヤリと口の端を吊り上げた。

「……面白い。いいだろう、その条件、飲んだ。貴様の好きにやってみろ」

「感謝いたします」


「ただし」

 バルガスは、付け加えた。

「その代わり、貴様の『ゴブリン狩り』は、当面、規模を縮小してもらう。いいな?」

「承知いたしました。需要と供給のバランスを考慮した、適切な市場調整と理解します」


 こうして、俺とギルドマスターとの間の、奇妙な契約は成立した。

 俺は、部屋を辞去する際に、最後に一つ、尋ねてみた。


「ところで、ギルドマスター。なぜ、私のような新参者に、そこまで目をかけていただけるのですか?」


 その問いに、バルガスは、窓の外に広がる街並みを見やりながら、静かに答えた。

「……俺は、このギルドで、多くの若者が死んでいくのを見てきた。才能がありながら、無謀な勇気だけで突っ込み、命を落とす奴らをな。もし、貴様のその『効率』とやらが、一人でも多くの命を救うことになるのなら……。俺は、それに賭けてみたいと思っただけだ」


 その横顔には、ギルドを束ねる者の、深い苦悩と覚悟が滲んでいた。

 やれやれ。どうやら、この上司は、前職の無能な連中とは、少し違うらしい。


 俺は、何も言わずに一礼し、静かに部屋を後にした。

 頭の中では、新たなプロジェクトが、すでに動き出していた。


『プロジェクト名:新人冒険者育成モデル構築プロジェクト』

『ステータス:計画策定中』

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