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第15話 市場の独占

 俺の「ゴブリン・オートメーション・ハーベスター・マークワン」は、驚異的なパフォーマンスを発揮し続けた。毎日、ギルドのカウンターにゴブリンの耳の山を築くのが、俺の新たな日課となった。その結果、クロスロードの市場には、静かだが、しかし確実な変化が訪れ始めていた。


 まず、ギルドが買い取るゴブリンの耳の単価が、銅貨2枚から1枚に引き下げられた。俺が供給する圧倒的な物量の前に、市場価格が暴落したのだ。需要と供給のバランスが崩れたことによる、当然の帰結である。


 この影響を最も受けたのは、俺以外の冒険者たちだった。特に、ゴブリン討伐を主な収入源としていた低ランクの冒険者たちは、死活問題に直面していた。


 その日の夕方も、俺はいつものようにギルドの酒場で、一人静かにエールを飲んでいた。今日の討伐数は62体。報酬は銀貨6枚と銅貨2枚。単価は下がったが、討伐数が倍以上に増えているため、俺の収益はむしろ向上している。


 しかし、酒場の空気は、以前とは明らかに異なっていた。俺が席に着くと、周囲の会話が途切れ、突き刺さるような視線がいくつも向けられる。その視線には、もはや畏怖や好奇心だけでなく、嫉妬と敵意が色濃く混じっていた。


「……ちっ、また来たぜ、あの『耳刈り屋』が」

「あいつのせいで、ゴブリン狩りはもう商売にならねえ。森に行っても、一匹も見つからねえんだ」

「一体どんなカラクリなんだ? 魔法か? それとも、魔族とでも手を組んでるんじゃねえのか?」


 やれやれ。根拠のない誹謗中傷か。業績が好調なプロジェクトには、必ずと言っていいほど、外部からのネガティブキャンペーンが付きまとうものだ。俺はそんな雑音を意に介さず、エールを一口飲んだ。


 その時だった。

 ガタン、と大きな音を立てて、俺の前の椅子が引かれた。見上げると、三人の屈強な冒険者が、俺を見下ろして立っていた。


 中心にいるのは、赤髪で、顔に大きな傷跡がある、いかにも粗暴そうな男。その両脇を、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべた仲間が固めている。彼らの胸には、燃え盛る牙をかたどった、同じ紋章が刻まれていた。


「よう、あんたが噂のサトウとかいうオッサンか?」

 赤髪の男が、威圧的な口調で話しかけてきた。


 俺は、彼らに向かって【分析】スキルを起動する。


『対象:ガイン』

『職業:戦士』

『レベル:15』

『所属:Cランクパーティ「紅蓮のぐれんのきば」リーダー』

『備考:短気で直情的。ゴブリン狩りを主な収入源としていたが、サトウの出現により収益が激減し、強い敵意を抱いている』


 なるほど。彼らが、今回のプロジェクトにおける主要な「競合他社」というわけか。

 俺は表情を変えずに答えた。

「いかにも、俺がサトウだが。何か用かね?」


「用があるから来てんだろうが!」

 ガインは、ドン、とテーブルに拳を叩きつけた。エールのジョッキが揺れ、酒がこぼれる。

「てめえ、最近調子に乗ってるらしいじゃねえか。どんな汚い手を使って、ゴブリンを独り占めしてるんだ? ああ?」


 やれやれ。利害関係者との摩擦ステークホルダー・フリクションは、どんなプロジェクトにも付き物だ 。だが、彼のやり方は、あまりにも非生産的すぎる。


 俺は、こぼれたエールを布巾で拭きながら、冷静に答えた。

「汚い手などと、人聞きの悪い。私はただ、効率的な方法を模索し、実行しているだけです。市場原理に基づいた、正当な企業努力ですよ」


「きぎょうどりょく? 市場原理? てめえ、さっきから小難しい言葉を並べやがって、俺たちを馬鹿にしてんのか!」

 ガインの顔が、怒りで赤く染まる。


「馬鹿になどしていません。事実を述べているだけです」

 俺は、あくまで淡々と続けた。

「あなたのパーティの収益が減少している件については、市場環境の変化によるものと認識しております。ビジネスの世界では、より優れたサービスを提供する者が、市場シェアを獲得するのは当然のこと。旧態依然としたビジネスモデルに固執していては、淘汰されるだけですよ」


「んだと、こらぁ!」

 ガインの仲間の一人が、俺の胸ぐらを掴もうと手を伸ばしてきた。

 だが、その手が俺に届く前に、俺は言葉で彼を制した。


「待ちなさい。その行為は、明確な規約違反だ。ギルド内での私闘は、罰金及びライセンス停止処分の対象となる。そのリスクを冒してまで、君に得られるメリットは何かね? 一時的な感情の発散か? それは、あまりにもコストパフォーマンスが悪すぎる判断だと思うが」


 俺のロジカルな指摘に、男の手がぴたりと止まる。彼は、悔しそうに顔を歪め、掴みかかった手を下ろした。


 ガインは、舌打ちを一つすると、さらに声を荒げた。

「へ理屈ばかりこねやがって……! いいか、これは警告だ! 俺たちのシマを荒らすような真似は、もうやめろ! さもねえと、どうなるか分かってんだろうな!」


「シマ、ですか」

 俺は、やれやれと首を振った。

「残念ながら、私とあなたの間には、何の契約関係も存在しません。よって、あなたに私の業務内容を制限する権限はない。もし、私の業務プロセスに改善提案、あるいは協業のオファーがあるのでしたら、具体的なデータとメリットを提示した上で、改めてアポイントメントを取っていただけますか? その際は、前向きに検討させていただきますが」


「あ、あぽいんと……?」


 俺が繰り出すビジネス用語の弾幕に、ガインたちは完全に思考停止に陥っていた。彼らは、腕力と暴力でしか物事を解決できないのだろう。だが、俺の戦場は、口と、頭脳と、そしてロジックだ。


 結局、ガインたちは、それ以上何も言えず、ただ「覚えてやがれ!」という、典型的な悪役の捨て台詞を吐いて、足早に去っていった。


 酒場は、再び静けさを取り戻した。

 俺は、何事もなかったかのように、エールのおかわりを注文する。


 やれやれ。面倒な競合他社が出てきたものだ。

 だが、これも想定内のリスクだ。

 俺は、頭の中のプロジェクト管理表に、新たなタスクを追加した。


『タスク名:競合他社(紅蓮の牙)との関係性マネジメント』

『リスクレベル:中』

『対応策:直接的衝突の回避、及びギルド上層部への根回しによる牽制』


 俺の平穏なリタイア生活への道は、まだ始まったばかりだ。

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