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第14話 自動化システムの導入

 その夜、俺は安宿の自室で、一人静かに「新規取得機能の仕様確認会」を開催していた。もちろん、参加者は俺一人だ。議題は、レベルアップによって新たに取得したサブスキル【自動化】について。


「やれやれ、これが前職のプロジェクトなら、関係各所から十数人が集まって、数時間に及ぶ非生産的な会議が始まるところだが……。一人というのは、なんと効率的なんだろうか」


 俺は皮肉めいた独り言を呟きながら、目の前の半透明ウィンドウに意識を集中させた。


『サブスキル:【自動化】

 └ 内容:特定の条件下で、登録済みの簡易魔術キャンセレーションを自動的に発動させることができる。

 └ 条件設定:「トリガー(発動条件)」と「アクション(発動内容)」の組み合わせで定義する。

 └ 消費MP:システム構築時に一定量、及びアクション発動ごとに微量を消費する。

 └ 注意事項:複雑な魔術や、高度な判断を要するアクションは登録不可』


「……なるほど。IFTTTイフトか、あるいはRPA(Robotic Process Automation)ツールといったところか」


 俺の口元が、自然と笑みの形に歪む。

 これは、俺の「事業」を、根底から覆すポテンシャルを秘めた、とんでもないスキルだ。

 手作業による単純労働マニュアル・オペレーションから、完全に自動化されたシステム運用オートメーション・システムへの移行。これは、ビジネスにおける一つの革命だ。


「トリガーとアクション、ね。まずは、どんなアクションが登録可能なのか、だな」


 俺はウィンドウを操作し、登録可能な「簡易魔術」の一覧を表示させる。

 そこには、【土壁生成(小)】、【発火】、【捕縛網】、【音響発生】といった、ごく初歩的な魔術が十数種類ほど並んでいた。一つ一つは、大した威力も効果もない、いわゆる「生活魔法」の範疇を出ないものばかりだ。


 だが、俺にとっては、それで十分すぎた。

 重要なのは、個々の機能の強力さではない。それらをどう組み合わせ、一つの「システム」として機能させるかだ。


「よし。基本設計は固まった。明日は、プロトタイプの開発と実装だ」


 俺は、新たなプロジェクト計画書を頭の中で策定し、満足のため息と共にベッドに潜り込んだ。

 明日からの業務が、楽しみで仕方なかった。


 翌日、俺は再び西の森へと向かった。

 今日の俺は、もはや「狩人」ではない。「システムエンジニア」であり、「インフラ構築担当者」だ。


 俺は昨日までの狩りで得た知見と、【分析】スキルをフル活用し、新たな「ゴブリン狩りシステム」の設置場所を慎重に選定した。

 選んだのは、複数のゴブリンの巡回ルートが交差する、少し開けた窪地だ。三方を岩壁に囲まれており、逃走経路が限定される。まさに、システムを設置するにはうってつけの「キルゾーン」だった。


「ここに、第一号システムを構築する。プロジェクト名は、『ゴブリン・オートメーション・ハーベスター・マークワン』とでもしておこうか」


 俺は、誰に聞かせるともなく、そんな中二病的なプロジェクト名を呟きながら、作業を開始した。


 まず、窪地の入り口付近に、トリガーを設定する。

『トリガー1:重量20kg以上の動体が、指定エリア(半径1m)に侵入』

 これは、ゴブリンと、それより小さい森の動物とを区別するための設定だ。


 次に、このトリガーに連動するアクションを定義する。

『アクション1:トリガー1を検知後、窪地の入り口に【土壁生成(小)】を発動。退路を遮断する』


 これだけでは、ゴブリンは別の方向へ逃げてしまうだろう。そこで、第二のトリガーとアクションを設定する。


『トリガー2:アクション1の発動と同時に、窪地の中央エリアに指定の匂いを【物質転送(微)】で散布』

『アクション2:転送する物質は、昨日討伐したゴブリンの血肉。ゴブリンが好む、強い血の匂いで注意を引きつける』


 そして、最後の仕上げだ。

 窪地を囲む木々の枝に、武具屋で買ってきた丈夫な網を複数仕掛け、それを【自動化】スキルに登録する。


『トリガー3:窪地の中央エリアに、複数の動体が3秒以上留まる』

『アクション3:トリガー3を検知後、上方の木々に設置した【捕縛網】を複数同時に投下する』


 これで、システムは完成だ。

 餌でおびき寄せ、退路を断ち、網で一網打尽にする。完全に自動化された、モンスター捕獲トラップ。俺は、この一連のシステムを構築するためにMPを消費し、わずかな疲労感を覚えたが、その顔は満足感に満ちていた。


「やれやれ。あとは、定期的に巡回して、捕まったゴブリンを『処理』するだけでいい。これで、俺は危険な森の奥深くで、ゴブリンと直接対峙する必要がなくなったわけだ」


 俺は、完成したシステムを満足げに眺め、その場を後にした。

 数時間後、様子を見に戻ってみると、案の定、窪地では大きな捕縛網の下で、5匹のゴブリンがもがき苦しんでいた。


「ギギッ! ギャアア!」

 彼らは、何が起きたのか理解できず、パニックに陥っている。


 俺は、そんな彼らを冷静に見下ろし、安全な距離から、安物の投げ槍で一体ずつ確実に息の根を止めていった。

 作業が終わると、耳を切り取って【収納】し、システムをリセットする。血の匂いが残っているため、次の獲物もすぐに寄ってくるだろう。


「素晴らしい……。これぞ、真の『業務効率化』だ」


 俺は、自分の作り上げた完璧なシステムに、思わず陶酔した。

 これは、もはや「狩り」ではない。「養殖」であり、「収穫」だ。


 この日を境に、俺のゴブリン討伐数は、爆発的に増加した。

 毎日、決まった時間に森を巡回し、複数の「ゴブリン・オートメーション・ハーベスター」をチェックして回るだけ。リスクはゼロ。それでいて、一日に稼ぎ出す討伐数は、平均して50体を超えた。


 ギルドのカウンターに、毎日、麻袋一杯のゴブリンの耳を無言で叩きつける俺の姿は、クロスロードの新たな名物となりつつあった。

 ハンナは、もはや何も聞かなくなった。ただ、青ざめた顔で耳を数え、震える手で報酬を支払うだけだ。


 他の冒険者たちは、俺を遠巻きに眺め、「ゴブリン・スレイヤー」ならぬ「ゴブリン・ジェノサイダー」などと、畏怖と若干の恐怖を込めて呼ぶようになった。


 やれやれ。俺はただ、平穏なリタイア生活のために、効率的に資産形成をしているだけなのだが。

 どうやら、俺の「事業」は、このクロスロードという市場に、静かだが、しかし確実な地殻変動を起こし始めているようだった。

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