第一話 生きてりゃ良いことある
「ねえ、修弥。過去に戻れたら、何かしたいこととかってある?」
そんなことを聞いてきたのは幼馴染だ。そんで俺が好きだった相手。まあ、もうとっくに割り切った話だ。
当時付き合ってた彼氏との間に子供ができて、そんで学校を辞めた。世間の目もあって引っ越しまでした、そんなヤツがフラッと戻ってきた。
「後悔とかあんの?」
「…………そうだね」
彼女は目を伏せて言う。
「修学旅行とか、行きたかったな……って」
「ああ……そうだな。なんなら、修学旅行ってわけでもないけど、今から行くか?」
「子供じゃないんだよ。それにいろんな所見てきたし……ただ、行きたかったなって話。今さらすぎるでしょ」
それから彼女は俺を見て。
「てか、こっちの質問なんだけど」
「後悔ばっかだよ、こっちもさ」
「ふーん、そっか」
「反応薄っす」
「……いやー、昔の私もバカだね」
海の見える道を歩きながら俺たちは話してた。まあ、その海も夜だから全然綺麗だとかは分からんけど。
「なーんも考えてなかった」
「俺も似たようなもんだけどな。今だって何も考えてないし」
十年後とかどうなるかなんてちっとも考えてない。今を生きてくのに必死だ。
「修弥は考えてたじゃん」
「……そりゃ責任逃れの方法ばっかりだけどな」
考えなしに行動して責任を取らなきゃならない事態に巻き込まれたくないだけ。今だって極力責任問題に発展する事態からは逃げてる。
「……親としては最低かもなんだけど、慎が居なかったらって考えちゃうこともあるんだよね」
慎ってのは彼女、伊南咲羅の息子のことだ。今はそろそろ小学校に入る頃じゃなかろうか。
「もっと……自分にも人生があったんじゃないかって」
そのあとで「なんて……本気では思ってないけどさ」と誤魔化す。まあ、普通に本心だと思う。
「アイツ……柴崎とはどうなんだ?」
「賢人? とっくに別れたよ。まあそれから、シングルマザーでね。それもなかなか厳しくて」
「……別れてたんかい」
「あはは……デキ婚だったんだけどさ、お互い中卒なんて学歴じゃマトモに生きてくのも難しくてね」
「慎くんはどうなんだ?」
「……親に頭下げに行った。すっごい怒ってるって思ってた。私が子供できた時、すごい怒ってたし」
俺には親の気持ちってのはまだよくわからんけど、心配してたんだろう。
「本当、はさ……賢人と付き合うつもり、なかったんだよね」
「知らんかった」
「……言ってないからねー」
なら、なんで付き合ったんだか。
「最初は友達に紹介されてさ……それで、まあ。毎回ほぼ無理矢理なんだけどさ、でも避妊はしてたんだよ」
「それ言えよ、その時にさ」
「…………たはは、そうだよね。何やってんだろ、ホント馬鹿だ」
否認してたけど妊娠して、最低限の責任をとって結婚もして。でも、結局離婚とか。
「マジで相談しろ……って」
なんて、今さら言っても遅すぎるんだよなぁ、俺も。
「怖かったんだよね、ずっと。怒られるって思って。修弥も怒るって思って。賢人にも怒鳴られてばっかで……テンパってた。それからも忙しくて、冷静になるタイミングなくて。でも慎のお金のこと考えなきゃで」
「…………」
何て言えばいいんだよ。
「何回か、死にたくなって。でも慎がいるから死ねなくて……慎を、残して死ねなくて」
でも。
と、続けて彼女は海を背に笑った。その顔があまりにも儚げに見えて。
「今さ……死んじゃってもいいやなんて思っちゃった」
そのまま海に落ちていこうと後ろ向きに倒れていく。夜の錯覚か。
いや。
これは……錯覚なんかじゃ、ない!
「ふざけんな!」
俺は手を伸ばす。
「死んでもいいじゃないんだよ! 俺の後悔は今さっき再燃したんだ!」
こいつが死んだら、俺は一生引きずる。責任なんてのは大嫌いだ。でも、こいつに。
「生きてりゃいいことあるって!」
俺がそれを見せてやりたい。
俺は、大人になったから。何もできない子供じゃないから。
「あっ」
手だけじゃ体は支えられなくて、二人揃って海に落ちる。
ああ、着衣泳練習しときゃ良かった。
* * *
「……なにここ、天国?」
目を覚まして開口一番がそれだった。目を覚まして、目に入ったのは見慣れた天井だ。身体を起こして周りを見ると、レイアウトがなんか違う気がする。
「沙羅は!?」
俺は起き上がって慌てて部屋を出る。
「あら、修弥? まだ学校早いわよ?」
「沙羅んとこ行ってくる!」
俺は家を飛び出して、伊南家に向かう。
「────沙羅って居ますか?」
と伝えれば、すぐに呼んでくるとのこと。現在時刻、午前六時十分。沙羅が寝ぼけ眼を擦って出てきた。
「修弥?」
「沙羅! 良かった、無事だったか!」
「そ、そっちも……って、修弥、なんか縮んでる?」
「んあ? あー……んん?」
そういや母ちゃんが学校とかなんとか言ってたような。
「ま、まさか……」
これはあれか。
「私たち、タイムスリップしてる!?」
海に落ちたあの日から八年前。
現在、高校一年の春。