諦めなければ願いは叶う
ヤンデレです。ほんのり性描写あります。
政略結婚だった。でも、愛してた。誰にも負けないと思っていた。
けれど、この場にいる誰よりも熱い視線を『彼女』に向けている貴方を見て、分かったの。
嗚呼、私は負けたのね。
どれだけ優しい言葉をかけられても。どれだけ優しい抱擁をされても。貴方の瞳には『彼女』に向けられた熱は無い。
貴方の瞳と同じ色の青いドレスを着た『彼女』と見つめ合う姿を、私はどんな気持ちで見ていれば良かったのかしら。まるで悲劇ね。私は二人を引き裂く悪役かしら。
虚しい結婚式だった。張り付けた微笑みで頑張ったわ。この胸の痛みを押し殺したの。
『絶対に離婚なんかするなよ』と父に言われた。私を駒としか思っていないから、顔色の悪い私に気付かずに続けて言い放った。『お前に戻る家はない』と。
ようやく家族と離れて、愛する人と幸せになれると思ったのに。
結婚式を終えた夜、彼もまた張り付けた微笑みで初夜を行おうとした。けれど、彼の心と身体は私を拒絶しているのか使い物にならなかった。
「ごめん…」と申し訳なさそうに言う彼を無視して、部屋へ戻る為に走った。嗚呼、悲しいより悔しいのか、怒りで溢れそうなのか、ぐちゃぐちゃな感情のまま走った。
涙が止まらず、前を見ていなかったせいで大きな何かにぶつかった。ようやく足を止めるも、涙で視界がぼやけている。彼よりも大きな何かが私を抱きとめる。
「どうした?何があった?」
嗚呼、義父の声がする。常に険しい顔で、何を考えているか分からない人だった。それでも優しい声色で、私を心配してくれた。
「も、申し訳…ありません」
何とか絞り出した声。頭を下げて部屋へと向かおうとすると腕を掴まれた。
「結婚式の時から様子がおかしかっただろう。話をしよう」
涙が止まらない私を連れて、義父の部屋へと入った。私をソファーに座らせると、頭を優しく撫でてくれた。その優しさに甘えて抱きついてしまった。それを振り払うことなく、優しく抱きしめ返してくれた。
彼には愛する人がいること。結婚式では2人が常に見つめ合っていたこと、初夜も出来なかったことを告げた。そんなことで…と切り捨てられたらどうしようと思いながらも言わずにはいられなかった。
「馬鹿息子が…すまない」
「いえ…私こそ…」
「すまないが、離婚は出来ない…両家の繋がりを強化する為の結婚でな…」
「はい…」
「子も作ってもらわねばならない」
「…はい」
彼は無理だろうな。愛する人としか出来ないんだろうな。嗚呼、なんて人を好きになってしまったのかしら。涙を拭いながら少しずつ落ち着きを取り戻す。
…子供。必ず産むしかない。私には帰る実家はもう無いものだから。でも、彼は私を抱けない。それなら…最後の選択肢を選ぶしかない。
「お義父様…私に子を授けては頂けませんか」
…………………………
翌朝、義父の腕の中で目覚めた。私は単純なのだろうか。義父の優しい微笑みと口付けが、あんなにも好きだった夫への気持ちを薄くさせた。愛とはなんて身勝手なものだろう。昨夜、沢山の愛を貰ったから?
「体が痛むだろう。朝食は…ここで食べよう」
夫に会いたくなかったので了承した。朝食が運ばれてくると、ベッドの上でのんびり食べた。まるで恋人のように食べさせ合った。
朝食の後、ゆっくり休みなさいと義父は仕事へと出かけた。体が痛む為、遠慮なく義父のベッドの中でゆっくりと休むことにした。義父の匂いが私を安心させた。愛を返してくれる優しい人。
「父上…あの、彼女を」
「ほう。気になるか」
昨夜、彼女を傷付けてしまった。他に愛する人がいた為、彼女を抱くことが出来なかった。泣きそうな顔で走り去る彼女を追いかけもしなかった。だから、朝食に誘い、もう一度謝ろうと思ったが、どこにも彼女はいなかった。
この屋敷から出て行った…?慌てて探していた所、父が出かけようとしていたのを見つけ、話しかけた。
「お前にはお飾りの夫になってもらう。嫌なら出ていけ」
昨夜のことを知っていることに驚き、そして父から放たれる怒りに圧倒されながら聞いた。
「彼女は…どこですか」
無表情、けれど瞳は馬鹿にしたかのようで。僕の言葉を聞いて、珍しいことに少し微笑んで…いや、嘲笑った。
「私の寝室で休んでいる」
抱き潰したから今日は動けないだろうな、と。
「全て計画通りでしたかね」
家令が紅茶を用意しながら、ちらりと当主を見る。
「不能の薬を飲ませて正解だったな。ははっ、もう子も授けることも出来やしない」
自分の息子に薬を盛った。子種を殺す薬を飲ませ、不能にする薬まで飲ませた。この家の後継ぎだった息子を廃摘にする準備もされている。
「本来であれば、結婚式に入れなかった馬鹿女をわざわざ入れてやったんだ。馬鹿な奴らだ」
婚約者に決まった時点で、彼女はもう主に絡め取られていた。初対面で主の心は決まったのだ。『彼女を己のものにしよう』と。その為に息子を利用した。そしてこれからも利用する。飼い殺しにする為に。
これから生まれてくる子供の父親を息子にする。息子はもうただの操り人形なのだ。
『素敵なお庭…』
庭の一画にある花畑を見て彼女が呟いた。風が吹き、美しい髪がふわりと浮かぶ。その風を心地よさそうに美しい瞳を細めた。美しい彼女と花畑がまるで絵画のようで息を呑む。
今日は息子との顔合わせだったが、風邪で寝込んでいる為、私だけで対面することになった。共通の趣味があったおかげで話は尽きず、屋敷の中を案内しながら楽しいひと時を過ごしていた。
花畑に案内をしたのが、彼女と私の運命を変えることになろうとは。
その日からどうやって彼女を手に入れるか考えた。あの美しさならば、今いる恋人から乗り換えるかもしれない。家の為にと彼女を抱くかもしれない。殺意を抱いた。
自分が代わりに結婚出来ればいいのだが、彼女は初婚で後妻になるだなんて悪い噂がつくかもしれない。眠れぬ夜を過ごしつつ、ついに思いついた。
息子を不能にし、子種を殺してやろうと。
息子を恨んでいるわけでもない。政略結婚をした亡くなった前妻との子供で、愛がないわけでもない。
ただ彼女を手に入れたいが為に利用しようと思っただけだ。子への情など、あっさり捨てられた。それは男としての自分を優先したからだ。
息子より自分が優れている。彼女に似合う男は自分なのだ。恋人がいながら、どちらにも良い顔をする愚かな息子よりも。この一途な想いを彼女だけに捧げられるのは自分だけなのだと。
そして彼女を手に入れた。初夜が出来ずに泣きながら走ってきた彼女を優しく抱きしめた。泣かずとも大丈夫だ。私が愛そう。ずっと深く深く愛せるのは私だけだ。
私がずっと欲しかった言葉を言われた時、もう我慢の限界だった。
『お義父様…私に子を授けては頂けませんか』
噛みつくようなキスをして抱きしめた。ベッドへと連れていき、甘い言葉と共に彼女を一晩中抱き潰した。ずっと愛していたことを告げると涙を浮かべて微笑んでくれた。
愛しい人を手に入れた。
それから数年後。子供は3人生まれた。皆、彼女のように愛らしく優しく育った。息子は己の為に父親役を演じている。情けで置いてやっているのだと言い聞かせたおかげだろうか。子供が成人する前には恋人と共に遠くへ送ってやろう。
「君は幸せか?」
愛しい人に聞いてみた。
「とても幸せです。旦那様」
頬を赤らめ、そっと私の腕に寄り添う。
「私もとても幸せだ」
二人きりの花畑の中で、そっと優しい口付けをした。
この先、私が先に逝くだろう。彼女を一人残しては逝けない。その時は…苦しまないように連れて逝こう。共に逝けるだなんて幸せだろう?それとなく彼女に聞いてみた。
『私が死んだら…君はどうする?』
『勿論、ご一緒致します』
私の胸に寄り添い、潤んだ瞳で見上げてきた。何度も口付けをした。約束だ。私のものだ。
幸せを作ってくださったお義父様…いえ、旦那様に私の全てを捧げた。初夜の日から屋敷を歩く時は旦那様と。お風呂も、庭の花畑に行くのも何をするのも旦那様と一緒。
「愛しい君と離れ難いんだ」
常に触れ合い、目が合えば口付けをした。それが夫と呼ばれた人の前でも。
旦那様はわざと見せつけるようにすることもあった。恥ずかしいけれど、旦那様が喜んでくれるならばと受け入れた。
私はずっと愛されたかった。きっと夫じゃなくて良かった。旦那様の重たい程の愛が嬉しくて誰にも渡したくなかった。
ずっと欲しかった愛の言葉も。私だけを愛してると伝えてくる情熱的な抱擁も。私だけを見つめてくれる瞳も。愛しい愛しい旦那様。
貴方が死ぬ時は、私も共に逝きましょう。そこで本当の夫婦になれるのだから。そして来世もその先もまた旦那様と夫婦になれるよう祈るの。
「旦那様…愛しています」
僕が初老になる頃、父親が病に倒れ亡くなった。同時刻、彼女も後を追うように亡くなった。毒を飲んで死んだと子供達から聞いた。成人した子供達は全て知っていた。私達は見せかけの夫婦だったこと、父と彼女が愛し合っていたことを。
子供達が成人する少し前に、父に田舎へと追いやられた。もう必要ないからと大金と屋敷を渡され、押し込まれた。恋人とはもう既に関係を終わらせていた為、ただ一人寂しく過ごしていた。
そんな田舎暮らしを何年も過ごしていると、子供達が訪ねてきて二人が亡くなったこと、葬儀の話をしに来たことを告げられた。
「…父上は全てご存知でしたか?」
「…知っていたよ。僕がそうさせてしまったからね」
僕を愛していた彼女の想いを知りながら踏みにじったのは僕だ。父はそこを利用して彼女を手に入れた。
僕は恋人との愛を隠れながら育んだが、妻にはなれない、いつまでも愛人ではいたくないと拒絶されて関係を終わらせた。
何も残っていない。これからも残せるものはない。初夜では彼女を愛せないから抱けなかったのだと思ったが、恋人の前でも不能だった。どんな薬を飲んでも使い物にならなかった。
罰が当たったのだ。愛する人がいたくせに家の為だと彼女を娶ったからだ。本当は己の為だった。恋人を選べば、父は僕を平民に落とすだろうと予想していた。だから、仕方がないと言い訳をした。
彼女を抱き潰したと聞かされた時、あの時の父の恍惚とした表情を見て気付いた。とっくに見切りをつけられていたのだと。恋人の存在を知られていたこと。父が彼女に惚れていたこと。
『彼女に無理強いしたのでは…っ』
『はっ。今更、心配か?結婚式では他の女に夢中で、彼女を見もしなかったくせにな』
『そ、それは…』
『安心しろ。お前はただのお飾り。私達が子を作り、家を継がせる。好きなだけ愛人と遊んでいろ。父親という役目付きだがな』
蔑む目で僕を見下し、黙り込む僕を無視して馬車へ乗り込んでいった。
家令がやってきて僕に冷たく言い放った。
『奥様だけを愛していれば…いえ、恋人と一緒になり、何もかもを捨てて生きていくことを選択していれば…運命は変わったでしょうね』
僕には勇気がなかった。優雅な生活を捨てることも、身分を捨てることも。ただぬるま湯の中で、恋人と生きていきたいと思っていた。浅い、馬鹿な男だった。
それからは父は隠すこともなく、彼女と愛し合う姿を僕に見せ続けた。恋人のように口付け、体に触れ、どれだけ彼女を愛しているのかを見せつけてきたのだ。
父と目が合えば、嘲笑混じりに僕を見ながら彼女と愛を育んでいった。
子供達が生まれれば、父は祖父として育てていった。僕は父親としての役目を果たした。子供達の前では彼女と話をすることが増えた。勿論、父の目がない所では話しかけてはいけなかったが。
僕が田舎へ押し込まれてからは没交渉になった。それでも時々、手紙が届いた。父は知らないのだろう。子供達の話ばかりだが、幸せそうな手紙が届く度に僕の中に生まれた家族愛。
もし、過去に戻れたなら、僕は彼女を愛しただろう。こんなにも優しく、愛情深い彼女を蔑ろにした自分が許せない。彼女の愛はもう僕には向けられていない。
手紙を大切に保管していた。いつか僕が死んだ時、棺に入れてもらう為。今更、彼女を愛しく思う愚かな僕をどうか笑ってくれ。
彼女が父の後追いをしたことを羨ましく思ってしまう。そこまで父を愛していたのか。羨ましい。妬ましい。けれど、僕にそんなことを思う権利なんてないのだ。
…父上、どうか彼女とあの世でもお幸せに。
恐らくあの世でも彼女を離さないであろう父へ。
二人が埋まる墓の前に大きな花束を置いた。




