約束の魔物肉シチュー
小さな食堂の従業員として働いていたアリカは、職場にダンジョンが現れて、お店が壊れた。
壊れたお店の持ち主には、国から補償金が支払われるものの、お店を建て直せるほどじゃなく、経営者は引退。
アリカは失職し、失業保険のお世話に。
失職した以上、まず固定費を減らすべく、引越しをした方がいいと、貯蓄が減る前に実行した。
そこで目をつけたのが、相場の10分の1以下の値段なダンジョン付き事故物件。
自分が戦闘能力がないハンターということは明かさず、相場より安い値段で店と家を手に入れたアリカは、内見の時に、ダンジョン自体は危険が少ないことを確認している。
ちなみに内見時は、家を案内するはずの不動産屋の人は外で待っていた。
好きなだけ見たら、家から出てきてくださいという放置プレイであるが、これはすでに世間にも浸透している。
接客としてどうなんだ、ダンジョンがいきなり魔物のでるものに変化したらどうするんだ、などの意見が駆け回るも、自分の身を守る行動をすることが最優先です。という風に落ち着いたようだ。
「不動産屋の人がついてこなかったから、ハンターとバレずにダンジョンも確認できたしねー」
当時を思い出し、ニシシと歯を出して笑う。
「さて、仕入れに行くか」
ポツリと呟いたとき、ドアに掛けられた風鈴に金属棒がついているようなドアベルが鳴る。
「あ、いらっしゃい、肉兄さん!」
馴染みの顔がドアを潜ってきた。
「あぁ。すまない、今日は肉が無い」
「無事に戻ってきてくれれば、それでいいんですよ。毎回手土産のように、ダンジョン肉持ってこなくても、兄さんは半額サービス会員ですし。あ、こないだのお肉でビーフ……いや魔物肉のシチューできましたよ」
「じゃあ、今日はそれを……」
つい先程まで火を掛けていたこともあり、蓋を開けると湯気が出る。
「めっちゃアツアツにします?」
アリカが訊ねると、肉兄さんと呼ばれた男は首を軽く振った。
「湯気の出方からして、冷めてないから、そのままを」
「はーい。肉兄さん猫舌ですしね」
「あぁ」
親しげなあだ名で呼ぶも、お客さんなので要望は聞く。
もしかしたら、猫舌といえども、アツアツを食べたい気分だったりもするかもしれない。と思うが、少し温度が下がっている方をご所望されたようだ。
そして、深皿に盛り、バゲットと自家製ナッツソース(ダンジョン産木の実)をトレイに載せて、肉兄さんへシチューセットを渡す。
「もしかして、どこかへ出かける感じだったか?」
片付けられた店内を見て、肉兄さんはアリカに訊ねると、彼女は頷いた。
「仕入れに行こうかと思ってたとこです。あ、ゆっくり食べてくださいね、大丈夫なんで」
カフェのような店内、灯りがついていれば入っていい。それが、この店に来るハンターが知っているルールだ。
「とても美味かった。ご馳走様」
「いえいえ。……ところで、肉兄さんいつも私がオススメしちゃうもの食べてますけど、ちゃんとステータスアップしてます?」
「ああ。あのシチューは、俊敏さと視力が少し上がるようだ」
「おぉー。やっぱ誰が食べても、上昇するジャンルは一緒ですね。プラス0.1が2時間程度ですけど」
メニューには、上がるステータスを記載している。
自分が上がっていても、ほかのハンターは違うかもしれないので、念のため確認している。
――――――――――
カレーライス:体温持続、寒さ耐性
ハヤシライス:気分高揚
生姜焼き定食:腕力上昇
※ダンジョン産肉の場合、他ステータスアップある場合もあり
焼き魚定食:釣れた魚次第なので不明。お訊ねください。
フライ定食: 〃
ポテトサラダ:体力上昇
かぼちゃサラダ:ジャンプ力上昇
パスタサラダ:腕力上昇
中華スープ:声量微増
コーンスープ:疲れ目予防
※なお、上昇率は気まぐれで極微弱〜微弱で時限的
――――――――――
と、書いてあるメニュー。
温泉の効能のような気分になってくるけれど、この微弱アップでも、ダンジョンに潜るハンターには備えておきたいものらしい。
「うん? 俺は0.5ずつ上がったが……ほら。『ステータスオープン、パブリック』」
肉兄さんは空中に手を出して、ステータスを開いたが、本来自分にしか見えないステータスを、アリカにも見えるようにしてくれた。
「え、なんですか、それ。ってか見ちゃっていいんです?!」
ステータスというのは、数値化された個人情報みたいなもの。他者に公開できること自体知らなかったので、色々びっくりしてしまった。
問題ないと、肉兄さんは頷いて、ステータスウィンドウを見せてくれた。
――ステータス(簡易)―――
腕力: 87
俊敏: 66(+0.5)
体力:120
技術: 48
魔力: 77
運: 3
――――――――――――――
ほとんどが高い数値なステータスに、アリカはポカーンと口を開けてしまう。
そして、肉兄さんを真似て、自分もステータスを出してみようと呟いた。
「『ステータスオープン、パブリック』?」
すると、目の前に現れる、透過処理されたウィンドウ。
――ステータス(簡易)―――
包丁さばき: 38
鑑定力 : 22
鮮度維持 : 19
計量速度 : 21
腕力 : 22
鑑定速度 : 40
――――――――――――――
「なんでだよ!!!」
肉兄さんとまるで違うステータス項目。
同じなのは腕力くらいである。つい、ツッコミが出てしまうのも無理はない。
しかも、肉兄さんのステータスを見た後では、とても低いものに感じてしまう。
「なっ、た、高い!!」
だが、肉兄さんが仰け反って驚いていた。
「どこが?!」
数値は50を超えているものが何もない。
運以外は、ほぼ50以上な肉兄さんに言われても、何も響かずツッコミをしてしまったアリカ。
「うちのギルドにいる料理人より高い! 2桁もあるぞ!!」
低音ボイスな肉兄さんが、食い入るようにアリカのステータス画面を見て言葉を落とす。
おチャラけた雰囲気で、冗談の類をかるーく言うタイプでは、なさそうな肉兄さんだ。声色からして、真剣にそう思っているのだろう。
「……覚醒時から2桁はありましたけど?」
「え?」
「え?」
ハンターに覚醒後、初めて見たステータスは、いずれも全て10以上あったことを告げると、肉兄さんは固まった。
固まった肉兄さんを見て、アリカも固まった。
ちなみに、この『ステータスオープン』は、己の能力が数値化されているものを見る呪文のようなもので、動画配信をして収益を得ているハンター組織が、公開してくれている。
ハンターになったらこうなるよ、というのをCGを用いた動画を作り、一般向けに教えているので、ギルドなどの組織に所属していない隠れハンターも、どのように己のステータスを見れるかなど、知ることができる。
隠れハンターにとっては、マニュアル動画みたいなものである。
「ステータスって、その職次第で項目変わるんですよね……肉兄さんと私、ほぼ違いますし」
「というか……腕力高いな……?」
「料理って意外と力つくんですよ……初期値は11でした」
「うちの料理人は、いまだ4だぞ……」
かざしていた手を退けると、宙に浮いたスクリーンが消える。
「あ、ちなみに、ステータスオープンのパブリックは、カメラとかにも映るから気をつけてくれ」
「あ、はい。わかりました」
「パブリックについては、一般人には知らせないよう、ハンターたちの組織で決めた内容のひとつで、映像でも文字でも公開していないものだ」
「なるほどー」
健康診断の数値を見せ合ったような気分になってしまうアリカ。
まぁ、常連さんだし、ナンパしてこないし、連絡先聞いてこないしという、硬派な肉兄さんは、信頼している部類である。
ステータスを見せて、悪用することはないと思っている。
「あ、すまない。すっかり長居してしまった」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
アリカが仕入れに行くと言っていたが、話し込んでしまったことを謝る肉兄さん。
手早く代金を支払おうと思ったが、新メニューなこともあって、メニュー表に記載されておらず、値段を訊ねるとアリカは考えていなかったようで、ちょっとだけ首を傾けた。
「どうしましょうね……。提供はお肉次第になるから、レギュラーメニューにできるか不明だし。とりあえず500円にしときましょうか!」
「……またそうやって適当に……」
いつもこうなのだろう。
慣れたような口調の肉兄さんだが、呆れも混じっている。
そして過去に根負けしたこともあり、大人しく500円玉を取り出してアリカに渡す。
「魔物肉のブラウンシチュー、とても美味しかった。ごちそうさま」
「良かったです。お粗末様でした!」
次は肉を手土産に、この店に来たいと言って、肉兄さんはダンジョンへ向かっていった。
夏の終わり、秋の手前。そんな季節。
もうすぐ秋の実りがわんさかと、自分の家にあるダンジョンでは採れるはずだ。
時期として、収穫は最後になりそうな夏野菜の名残を収穫しようと、そして、アリカは自分の家にあるダンジョンへ入っていった。