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セラン・ブルーと幸福の少女  作者: Annabel
第2部 テュリエール王国編
88/97

30.一番の

「フェルシア!」


 馬車から降りたフェルシアは目をみはった。目の前には自分へ走り寄る姿。


「ライナス様?なぜ……」


 彼女は立ち止まる。まさか王宮に帰還してすぐ彼がいるとは思わなかった。

 だが驚いていると彼はどんどん近付いてくる。そして。


 瞬く間にぎゅうっと抱き締められ、フェルシアは一瞬、呼吸を忘れた。


「よかった…!」


 耳元で囁かれたひどく苦しげな声。それは心からの安堵あんどを示し、相手を心配させたのだと気付いたが…。



 ―――抱き締められている。ライナスに。



「あ、あのっ…!?」


 フェルシアは遅れて声を上げた。

 こんなことは初めてだ。心臓が飛び出るかと思った。


「…ああ、すまない。つい」


 すると彼が顔を上げるが離してくれる様子はない。

 服越しの温かな体温。それにドキドキと落ち着かぬままフェルシアは尋ねた。


「あ……あの、ライナス様。顔色が悪いのでは…大丈夫ですか?」


「今治るよ。君がこうして帰ってくるまで気が気ではなかったから」


「それは、大変ご心配をおかけしました…」


 間近で見上げる瞳は憂いに揺らいでいる。それには心から申し訳なく思ったが。


(…凄い、やっぱり夜空よりも綺麗かもしれないわ…)


 やはり気を抜くと、その深い輝きへと吸い込まれそうだった。

 ああ彼のもとに帰ってきたのだと、心いっぱいに満たされる。


「いいんだ。こうして帰ってきてくれただろう?」


「は、はい」


 顔をよく見せてくれと片頬をとられ、その掌の熱さにまたしても心臓が跳ねた。珍しくもぎこちないライナスの微笑みに目を奪われる。


「怪我はないか?どこか痛いところは?」


「私は問題ありませんでしたが、二名負傷者が出ました」


「そうか…。君が無事で本当に良かった。襲撃犯は全部で三十人ほどいたと聞いたよ」


「はい…。半分ほど逃がしましたが、皆で連携してなんとか帰ってこられました」


 フェルシア達はあの襲撃を軽症者二名で切り抜けることができた。相手はやはり反乱軍残党だったらしいが、ハース公爵含め要人は全員無傷だ。

 例の伯爵からも隊員一同へいたく感謝され、とりあえずは職務を全うしたと、フェルシア達は早々に引き上げてきた。

 ライナスまで詳細を知っているのは驚きだが、きっと隣にいる人物から聞いたのだろう。


「ライナス様…今夜はご用事があったのでは?」


「…ああ。事態を聞いて早めに切り上げた。王宮こちらでも騒ぎになっていたから全く問題ないよ」


「あ、そうですね…。マクダ様の御身に関わる一大事でございましたから」


 納得しフェルシアは深く頷く。事態が激化し国賓を失えば、両国融和どころではない。

 だがそこで、彼女はまたしても驚愕した。


「それはそうだが…。俺は知らせを聞いた時、君の安否しか頭になかった。現場に向かおうか真剣に悩んだ」


「ら、ライナス様…?」


 耳を疑う。大げさに言われているだけか、まさか本心なのかと

 眉を寄せた真摯はとても冗談には見えない。心からフェルシアの側に駆け付けたかったと、そう言われているようで。


(え、えっと……?)


 今までにない態度に狼狽うろたえた。それに先ほどからライナスと距離が近すぎる。

 決して嫌ではないが、こうしているとそわそわとし、ともすればまた抱き締められてしまいそうで…。



「おい、いい加減にしろ」



 その声にフェルシアはパッと振り向いた。反射的にライナスから離れ敬礼をする。


「中佐、ただ今戻りました」


 それに、上官のウォルフも応えてくれるが。


「ああ。…あと何度も言わせるんじゃねぇ、俺の目の前でいちゃつくな」


「は………」


 後半は背後のライナスにも向けられた。その鋭い視線は、また揶揄からかっているのか、本気で詰っているのかよくわからない。


「今夜の報告は部隊長から聞く。お前は医療班の問診の後、速やかに部屋へ戻って休め」


「了解しました。……しかしその前に、負傷者の様子を見てもよろしいでしょうか?」


 ウォルフも伝令で事件のあらましは聞いたのだろう。そこでフェルシアは控えめにうかがった。


「行け。長居はするなよ」


 ホッとした彼女が隣を見れば、今度はいつもの優しい笑みがあった。


「俺はここで待ってるよ。用事が済んだら戻ってきてくれ。部屋まで送ろう」


「……わかりました。では少々お待ち下さい」


 その答えにまた胸が温かくなり、フェルシアは小走りにその場を離れる。

 心だけでなく、するりと離れたライナスの温もりを肌に残したまま。

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