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セラン・ブルーと幸福の少女  作者: Annabel
第2部 テュリエール王国編
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20.見守り係

 ずぷり、と久しぶりの感触。


 毛深い体躯に刃が沈む。それに目を細めると、フェルシアは勢いもそのままに切り上げ、鈍色の半身を削いだ。

 肉塊がドサッと倒れ、足元に赤黒いものが滲む。


 ツウッと白刃をつたう穢れ。それを払って構え直せば、背後から鋭い声がした。


「おい!フェルシア」


 フェルシアの数メートル先で唸る獣達。彼女はそれらも難なく斬り捨てて、草原の中でやっと振り返る。


「……閣下、何かございましたか?」


 彼女がサッと歩み寄れば、相手もこちらを睨み…否、見ながら近付いてきた。


「一人で全部やれとは言ってねぇ。あと前に出過ぎるな。面倒だ」


 フェルシアの上官、ウォルフがそう言い放つ。これは突出した行動は控えろ、という意味だろう。

 彼と会って半年あまり。フェルシアもだいぶその言動を解釈できるようになった。


「了解しました。申し訳ありません」


「…戻るぞ。離れ過ぎた」


 答えればさっさと翻る青い裾。それを見てますます不思議に思う。何故彼がわざわざ自分といるのかを。

 しかしその姿はあっという間に遠ざかるので、フェルシアも小走りでウォルフを追いかけた。



 ロドグリッド国の使節団が王都を発ち、一週間が経った。



 今のところ道のりは順調だ。現在は国土の最北、テュリエールとの国境(くにざかい)にさしかかっている。

 ここは樹海と呼ばれる深い森、人里離れた危険地域だ。そのため出没する魔獣の凶暴性が高く、フェルシアもさっきからそれらの討伐に追われていた。


 歩き始めて間もなく、重なる茂みの向こうへ馬車の列が見えてくる。使節団のもとへ帰ってきた。

 だがそこでフェルシアが、戻ってきた、と思った途端。近くでまた隊員の声が響く。


「おい!まただ!注意しろ!」


「後ろだ!」


 目の前でチッと鳴る舌打ち。

 魔獣の出現頻度も上がっているので仕方ない。ここから二日間はずっとこの調子だろう。


 そうして配置へ戻り、己の馬に跨がった彼女へ「フェルシア」と呼ぶ声があった。

 見ると、馬車の窓から一人の男性が顔を覗かせている。使節代表のハース公爵だ。


 フェルシアは素早く馬を寄せた。


「はい。いかがなさいましたか?」


「いや。頑張ってくれているな、と思ってね。疲れてないかい?」


「問題ございません」


 恐れ多い労いだ。フェルシア慎重に返した。


「そうか…。何かあれば僕達か、ウォルフ殿を頼ってくれ」


 次いで同じ車内のもう一人が口を開く。


「フェルシア、お勤めご苦労様。本当にいつでも、何でも言ってちょうだいね」


「はい。お二人とも、そのように温かなお心遣い、おそれいります」


 ハース公爵夫人、チェルシーの言葉にもフェルシアは頷いて見せる。


 この王弟夫妻はライナスが不在の旅路にて、フェルシアの後見役を引き受けていた。ライナスの人脈らしく、なんとも豪華すぎる人選である。


 そうして馬車から離れれば、目前で馬に乗る背があった。なんと前列にいるはずのウォルフだ。


(先頭に行かなくていいのかしら?)


 …まさか自分を見張っている、ということはあるまいが。

 フェルシアは先ほどからのウォルフへの違和感をますます強めた。


 先ほどから自分は魔獣を討って出ては戻る、を繰り返している。しかしそれは他の隊員も同じこと。

 なのに出撃も三回目の頃、なぜかウォルフまで飛んでくるようになった。時には並んで戦い、時には舌打ちしながら先に魔獣を一掃される。


 それがついに、始めから一緒に歩くことにした、という可能性はないだろうか。


(…ううん。ただこの辺にいたいだけよね、きっと)


 心あたりといえば、「前に出すぎるな」と注意された通り、己は魔獣を深追いしがちなことくらいか…。

 それでも隊長自ら監視なんてありえない。そう考えてからフェルシアは頭上を仰いだ。


 視界の先、折り重なる木々の向こう。そこにはかすんだ空と白き峰々がある。

 あと一週間もすれば、自分達はあの山麓に広がる大都市へ到着する。

 

 …ということは…。


「…ああ。あいつも、そろそろ国を発っただろうな?」


 ふとした声に、フェルシアは驚いて前方を見た。


「あの…、閣下」


「呆けるなよ」


 するとウォルフは小さくニヤリと笑む。それへどうやら本当に悟られたらしいと、彼女は観念する。


「…はい。ご忠告痛みいります」


 彼の言う通りだ。折り返し地点だが、樹海といい国境越えといい、ここからが最も危ない。

 返事をしたフェルシアはそっと腰元の柄に触れた。今思い浮かべた、その贈り主から勇気をもらうように。



 その後も次々と魔をほふる二人と、大勢の隊員達の奮闘により。

 この翌日、使節団は予定よりも早く樹海を抜けることができた。

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